五、蜥蜴の儀式

第33話

 結局白鷺と連絡が取れたのが日の暮れた後だったこともあり、一夜明けた放課後、歴史研究部員が理事室に集められた。


 晶が上櫻神社でのことをその場で報告すると、斗真と辰海は大袈裟に驚いた。


「実家が神社で霊が見える、か。あの涼がねえ」


「しかもその神社にも地下の入り口があるって、もう訳が分からないね」


「涼くんのお父さんいわく、上櫻神社はこの学園と元々同じ土地にあったんだって。そうなんですよね理事長」


「そうだねえ」


 話を振られた白鷺は、理事室の壁に埋められた棚をごそごそとやり、丸まった大判紙を取り出す。


 それは所々が黄ばんだ古い地図だった。


 テーブルの上にそれを広げ、白鷺はトントンと指である箇所を示す。


「ここが今この学園が建っている場所で、こっちが上櫻神社。宮司さんの言うとおりここら一帯は元々『櫻場』と呼ばれていて、我らが桜中央学園の名前の由来にもなっているんだ」


「確かに、学園の場所が『櫻場』地域の中心なんですね。だから桜中央なんだ」


 晶が合点がいったように頷く。白鷺はそれを見て話を続けた。


「学園を建てる際の地鎮祭じちんさいは上櫻神社の神主を招いて行ったらしい。この土地の氏神を祀っている歴史ある神社だ。恐らく上ノ原君の霊感も本物だろう」


「地鎮祭?」


「ほら、家を建てる前に神主さんがやるやつ」


「まあ結局はこの地の邪霊が強すぎたせいで、地鎮にはなっていないわけなんだが。むしろ上櫻神社はこの地の邪霊が外に出ないように結界の役割をしている、と言った方がいいかな」


 宮司である涼の父、覚は晶の事を見てすぐに白鷺の名を挙げた。覚はもしかしたら、白鷺よりもこの土地に、邪霊に詳しいかもしれない。晶は白鷺に詰め寄った。


「神社に行きましょう、理事長」


「そうだな。神社の地下も調べようぜ」


「今の話からするとそうせざるを得ないでしょ。明らかに関係あるじゃん」


 斗真と辰海も賛同の声を続ける。しかし白鷺は三人を止めるように手のひらを向けた。


「逸る気持ちは分かる! よーく分かる! けれど危ないから準備が出来てからね。まだ地下二階に行けるルートを探している途中なんだよ」


「俺らがちゃっちゃと潜った方が早いって!」


「床が崩れているのを忘れてないかな?」


 白鷺が作る地下の地図があるとないとでは探索にかかる時間が大幅に変わってくる。


 歩ける道が可視化されるだけでなく方角、勾配、深度などが分かるようになっているそれは、白鷺がドローンを使って地道に作成しているのだ。


「という訳でまだ鋭意作成中だ! 全力で邪霊探しと体育祭に臨むこと! いいかね? ……ところで君たち、何の競技に出るのかな?」


「ドッジボール」


「バスケ」


「バレー」


「よし、見に行くからね!!」


「「「来ないでください」」」


 ▽


 来たる体育祭当日。


 桜中央学園高等学校の体育祭は、いわばクラス対抗スポーツ大会のようなものだ。


 生徒たちは何かしらの競技に参加し、勝ち点の多いクラスが優勝。


 自分の競技がない時間は自由に応援していていいため、晶はドッジボールをそこそこに終わらせて凪とぼんやり過ごそうと思っていた。


 しかしその目論見は大きく崩れ去る。


「まだ転校生が残ってるぞ!」


「やれーー! 当てろーー!」


「ひえっ」


 晶は別にボールを躱そうとしていない。ボールが勝手に晶を避けていくのだ。


 最後の一人になってしまった晶は青ざめながらコートのど真ん中に棒立ちになっている。


「あーあ」


 応援に来た辰海が呆れた表情で呟く。


 辰海の視界からはしっかりと見えていた。


 ボールが迫ると晶の背後から黒い脚がニョキッと生え、ボールに軽くタッチして上手いことその軌道を変えているのだ。


「ドッジボール最強じゃん」


「こりゃ終わらねーな」


 斗真も困った表情で晶を見守っている。


 あの【蜘蛛】の脚は霊感のある人間にしか見えない。


 斗真はふと周りを見渡す。


 誰も何も反応していないということはこの中に霊感持ちはいないということか。


「分かんないよ。涼みたいに隠してるかも知れない」


「心も読めるのかお前は」


「顔に出過ぎなんだよ。色々バレバレだよ。晶さんのこと好きなんでしょ」


「バッ……!!」


 バチーンといい音を立てて斗真が辰海の口を手で塞いだ。


 辰海はそれに苛ついたらしい。斗真を挑発するように悪い笑みを浮かべて言う。


「晶さんあれだけ強いんだから弱い男は眼中にないんじゃない」


「弱っ!? く、ねーし」


「俺、呪器の改良終わったら高麗先生に使い方の稽古つけてもらおうかと思う。これ以上晶さんだけに負担かけるわけにもいかないし」


「あーずりぃ! 俺も稽古する! ……でも本野は呪器もなしにどうやって【蜘蛛】の力を使いこなしてるんだろう」


「あれが使いこなしてるように見える? 俺達が井戸に落ちた時点では、自分から【蜘蛛】の脚が出てることにすら気付いてなかったのに。今でも分かってないぞあれ」


 棒立ちで固まる晶からひょいひょいと献身的にボールを遠ざけている【蜘蛛】を見て、斗真は「確かに……」としか言えなかった。


「何なのあの異様な盛り上がりは」


 転校前の学校ではあそこまで白熱しなかった。


 結局ドッジボールの結末は、晶が勝手に躓いて顔面からコートに突っ込み、鼻血を出して終了というなんとも情けないものとなった。


 晶はティッシュで鼻を押さえながら、保健室へ続く廊下をとぼとぼ歩く。


 大勢の前で鼻血を出して退場なんて恥ずかしすぎる。


 このままでは斗真の参加するバスケットボールの試合の応援も出来ない。


 絶対に見に来るようにように言われていたのに。


「はー。ごめん斗真くん。がんばって」


 鼻血は止まりかけていたが、ボールが当たった顔面が痛みがある。


 氷をもらって冷やそう。晶は誰もいない廊下を早足で進んだ。


 生徒と教師は校庭や体育館に集まっており、校舎はしんとしていた。


 先程まで人の熱気に包まれていた分、静寂がいやに耳に纏わりつく。


「本野さん」


 聞き覚えのある声に背後から呼ばれ、晶は振り向く。


 そこにはジャージを着た星野の姿があった。


「いや……『転校生』、本野晶。話がある」


 とうとう来たかと晶は身を固くする。


 星野と晶は若菜と遭遇した時以降まともに会話をしていない。


 星野は鼻を押さえたままの晶に気付き、「とりあえず保健室だな」と言ってスタスタと晶の前を歩き始めた。

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