第41話
「メソメソしてないでいい加減邪霊らしくしな」
「だめっ……!」
止める間もなく銃声が響いた。
金色の銃弾が複数【蜥蜴】の呪画に撃ち込まれる。
『ぎゃあアアアアアアアアアア!!』
耳をつんざく悲鳴とともに、大きな音を立てて床は砕け、破片がパラパラと地に落ちた。
その瞬間、呪画がある場所から強烈な邪気をを持った衝撃が発せられた。
放射状に広がるその衝撃波は若菜と晶に直撃し、晶は地面に放り出される。
「痛っ」
続いて凄まじい轟音とともに巨大な旋風が生じる。
その強い力は砂利を巻き上げ、そのままの勢いで天井に衝突し、ガリガリと石壁を削っていく。
立っていられないほどの暴風の中、晶は必死に白鷺の体に覆い被さる。
壁に背をつく辰海はもちろん、霧すら近付くことができない。
風に乗った小石が晶の頭や顔を掠め細かい傷をつけていたが、構わずただ襲い来る風圧に耐える。
「なんて強大な……。これが邪霊の力! 素晴らしい、必ず手に入れる」
暴風に晒されながら若菜は嬉々として荒れ狂う旋風を見つめていた。
▽
ずん、と下から突き上げる衝撃に斗真は足を止めた。
肩を上下させながら小さく揺れ続ける地面に視線を這わせる。
駅前から愚直に走り続けたその結果。過去最速と思しきタイムで学園まで辿り着くことができたはいいが、どうやら間に合わなかったようだ。
「始まった……!?」
地面の下から迫り上がる強烈な霊気に竦みそうになるのを、斗真は歯を食いしばって堪える。
「くそっ急がないと」
恐らく地下では邪霊が出現している。
そして高麗や辰海も既に向かっているはずだ。
斗真は逡巡し、理事室の正規ルートから地下へと入ることに決めた。
白鷺いわく封印の場まで階段が続いている。
しかし、校舎に入ろうとする斗真の体が突然ガクンと止まった。
「うわっ」
死角から伸ばされた手にがっしりと捕まえられ、身を捩る前に二の腕を抑えられてしまう。
慣れた動作で体の動きを封じた人物を視覚し、斗真は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「な、なんでここに……?」
「こんな時間に校内をうろついている生徒を指導するために決まってるだろう」
そう言って呆れたようにため息を吐いたのは星野だった。
「それで西條、お前どこに行くつもりだ」
「どこでもいいだろ。急いでるんだ。見逃してくれよ先生。用が済んだらすぐに帰るから」
「地震の直後だぞ。生徒の身の安全を優先するのが当然だ。それとも――この揺れが何か知っているのか?」
「そ、それは……」
斗真の視線が彷徨う。
一刻も早く辰海達と合流しなくてはいけないのだから、ここで長々と生徒指導される訳にはいかない。
「先生ごめん!」
ぱんと顔の前で手のひらを合わせた一拍後、斗真は掌から炎の柱を噴出させ、自身の姿を炎に巻いた。
そしてその炎が収まる時には、まるで手品のように斗真は消えていた。
実際はタネも仕掛けもない。その場から全速力で逃げ去っただけだ。
散々走った後で体も温まっている。
虚をつかれたであろう星野には絶対に追いつかれないという自信のもと、勢いそのままに理事室を目指した。
説教は後でいくらでも受ける。
けれどそれは仲間を守ってから。
ちっとも連絡のつかない白鷺の事が気がかりではあったが、どうせいつもどおり地上から指示を出しているに違いない。
「能力の危険使用で指導だな」
星野は斗真を追うことはせず、遠ざかる気配を辿るに留める。
邪霊の力を発動させたということは、斗真もまた星野が霊能力者であることを知っているということ。
星野はただ黙って懐から煙草を取り出し、先端に火を付けた。
どれだけ速く走ろうとも、滲み出る異形の気を辿ることは容易い。
「西條斗真。邪霊の気配をさせるようになったのは四月からだったか……。憑依されてなお活動に制限がないということは、元々ある程度の霊媒体質だったか。あるいは」
自身の限界に気付いていないか。
優秀なシャーマンは、降霊時に己の意識を遠ざける。
二つの意識が一つの体に共存する危険性を理解しているからだ。
そう、いくら眠っているとはいえ、邪霊に取り憑かれていて体や精神に影響がないわけがない。
星野は晶が授業中に何度も眠りに落ちるのを目撃している。
突然意識を失うようなあの入眠の様子はただの居眠りではない。
もはや防御反応に近いと言える。
意識を飛ばしてまで休息し、心と体を守ろうとしているのだ。
そして斗真もまた、気付かぬうちに無理をして邪霊の力を使っている。
早く邪霊を祓わないと、生徒達が保たない。
燻る煙がゆったりと自我を持つように斗真を追跡し始める。
星野は大きく息を吸い、再び煙を吐いた。
▽
紫煙がゆっくりと地下を潜る頃、石室では吹きすさんでいた風がぱったりと止んでいた。
晶達の眼前では若菜の手によって床から追い出された【蜥蜴】が、壁を這いながら横腹を波打たせている。
「お、おい。やばいだろこれ。あの銃持ってるやつ、一体何考えてんだ!? なあおい辰海、逃げた方がよくないか?」
辰海の背に庇われるように石室の隅に追いやられている涼の顔はすっかり青ざめている。
辰海は背後にいる涼と、そして限りなく敵の近くにいる晶と白鷺を逃す算段を立てようとしたが、どう考えても戦力不足だった。
せめてもう一人、戦える人間がいないと。
その人物が徐々に近づいてくる気配を感じ、辰海は険しい表情で目の前の邪霊を見据える。
『うぎゅるるるるるるるるるる――ッッ!!』
「げっ!?」
【蜥蜴】は鳴き叫びながら、まっすぐに涼に向かって飛びかかった。
旋風を体に纏わせながらとてつもない勢いで距離を詰める。
すぐさま辰海が霧で【蜥蜴】の首元を打ち付けるが、その体は一度地面を跳ねるとまたすぐに体勢を立て直し辰海に掴みかかった。
「涼! この部屋から今すぐに出ろ!」
獣のように喰いかかる【蜥蜴】を押し返しながら、辰海は涼に向けて叫ぶ。
「た、辰海……」
『ぎゃああああああーーーッ!!』
【蜥蜴】の絶叫が再び暴風を呼ぶ。
黒く溶けた眼窩から黒煙が噴き出し、風と混ざった。辰海は【蜥蜴】の腹を蹴って距離を取り、顔の前に十字架を掲げた。
辰海の視線に沿うように、空気が線状に凍り始める。
【鯨】の力を知っている晶は再び白鷺に覆いかぶさった。
その直後、ガリガリガリッと地面を削る音とともに氷柱が走った。
【蜥蜴】と若菜、晶と白鷺、そして辰海と涼を区切るように氷の柵ができる。
「憎たらしいほど
「は、あんたに褒められても嬉しくない」
若菜はぼやきながら防御姿勢をとる。
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