第48話
斗真の進言に星野は頷いてから、ふと晶を見る。
授業に姿を現さなかったため体調不良かと思ったがそうでもないようだ。
白鷺が襲われてショックを受けているのだろう。
星野はそう思考を走らせ、晶に負荷をかけるべきか計算する。
「んじゃお前はどうすんだ?」
「私は」
星野が逡巡する中、涼がさくっと晶に尋ねた。
「最後の一体――【猿】の邪霊を探す」
晶は少しだけ迷いを見せた後、凛とした目で前を見て言う。
「やることは変わらないんだ。誰に何があったって、私にできることは限られてる。霊杭探しして邪霊を見つける。――うん、それだけだね」
「じゃあ特訓は?」
ぶすっと唇を突き出して言う辰海に対し、晶は真剣な目線を返す。
「さっきも言ったけど、私には呪器がない。だから邪霊の能力の扱いに関してはみんなに任せたい。諦めてるんじゃなくて、頼りにしてるって意味」
「まあ、それなら別にいいけどさ」
辰海を納得させ妙にすっきりとした表情になった晶を見て、星野はにやりと口角を上げた。
「であれば授業を休む理由はないな?」
「うっ。分かりました。ちゃんと出ます」
「なら、話は以上。帰ってよし」
ゾロゾロと小さな部屋から出る晶達。
茜日が射す中で、それを待っている人物がいた。
「晶ちゃん」
職員室の前の廊下に静かに佇んでいたのは、遠慮がちな笑顔を浮かべた凪だった。
「凪」
晶は目を丸くして凪の名を呼ぶ。
足を止めてしまった晶の背中を、男子達が押し出した。
たたらを踏んで凪の前に飛び出す晶に、柔和な声がかかる。
「晶ちゃん、元気そうでよかった」
「あ、うん。元気だよ。その、今日はサボりで……連絡返さなくてごめんね」
「ううん、いいの。体調悪くないなら、ちょっと出かけない? ほら、前に遊びに行こうって言ったでしょ。テストも体育祭も終わったし、どう?」
「ええと、」
凪の誘いに晶はちらりと背後の三人を確認した。
先程「邪霊を探す」と宣言してしまった手前、大手を振って遊びに行くのはどうだろう。
そんな考えを察してか、斗真が笑顔で「いってらっしゃい!」と晶の肩を押した。
「これ以上塞ぎ込まれると面倒だし、息抜きしてくれば」
辰海も素直じゃない台詞で晶を送り出す。
「――うん、行こう凪!」
▽
ワッフルが有名な駅前のカフェに来た晶と凪は、穏やかな音楽が流れるテーブル席で向かい合っていた。
「そうそう、学校に警察が来てたよ。理事長の誘拐未遂なんて……怖いよね」
「うん」
凪は深刻な表情でワッフルにナイフを入れる。
晶はカラカラとアイスティーをかき混ぜながら、ちらりと凪のことを盗み見る。
髪を耳にかける仕草。小さな口でうさぎのようにワッフルを噛む動作。
「見すぎだよー」と言われるまで晶はじっと凪の一挙手一投足を眺めていた。
「食べないと固くなっちゃうよ?」
「あ、うん」
凪に促され、晶はワッフルを口に詰め込む。
今度は凪が晶を見つめながら口を開いた。
「実はサボりだって斗真から聞いてたんだ。今日なんでサボったの?」
「んー。ちょっとね」
甘味を飲み下した晶は答えに悩む。
「部活忙しそうだね。もしかして文化祭で発表したりするの?」
「あー、文化祭かあ。準備が間に合えば簡単な展示とかはするかも」
他愛のないお喋りに花を咲かせ、皿の上のワッフルがなくなった頃、晶は意を決して凪に尋ねた。
「な、凪。あのね、変なこと聞くけど、凪って霊感あったりする……?」
キョトンとした瞳が晶を見つめる。凪はグラスに刺さったストローを咥えながら、端的に言葉を返した。
「なに? 今更」
「い、今更!?」
「晶ちゃんだって霊感あるから私と仲良くしてくれてるんでしょ」
「いやいや知らなかったよ!」
「えーほんと?」
驚愕する晶に対して、さも当たり前のことを話すように、凪は普段の様子のまま話を続ける。
「さすがにもう気付いてるとは思うけど……私ってクラスで浮いてるでしょ。転校生の晶ちゃんと、コミュ力おばけの斗真としかまともに話してない。私の家って地元で有名な霊能商売してる一家だから、ばれたくなくてあんまり話してないんだ」
「霊能商売?」
聞き慣れない単語に晶は首を傾げる。
「そう、昔から和屋家は幽霊に取り憑かれたり、困っている人のケアを請け負っていたの。でも最近じゃ、高額な除霊を勧められる! 詐欺師だ、近づかないでおこう。って煙たがられてるんだ」
「そんな……ちゃんとしたお家なんでしょ?」
「昔はちゃんとした霊媒師の家だったんだけど、本家が金儲けに目がくらんじゃって。荒稼ぎしてたら一気にインチキ詐欺霊能力者なんて噂が広まっちゃってさ。自業自得だよね。だから最近は息を潜めて暮らしてるってわけ」
凪があまり他のクラスメイトと喋らないことは晶も気付いてはいたが、家のことが関係しているとは露にも思っていなかった。
返す言葉が見つからない晶に、凪はおしぼりをいじりながら言う。
「じゃあ次は晶ちゃんのこと教えてよ。斗真達と、本当はなにしてるの?」
凪は恐らく言いたくないことを答えてくれた。
晶に邪霊が憑いていることも気付いているだろう。
今まで言わなかったのは、こちらの追求を待っていたからかもしれないと晶は思った。
凪の暴露には当然、晶の暴露も伴うからだ。
「私は――」
晶が口を開いたその瞬間、テーブルの上に置かれたスマホが震え始めた。
画面には高麗の名前が出ている。晶は凪に一言断って電話に出た。
『理事長の容態が急変した』
「え!?」
開口一番に伝えられた内容に、晶は戦慄する。
「すぐに行きます! 桜中央病院ですよね!?」
慌ただしく通話を終えた晶は、凪に頭を下げて言った。
「ごめん凪! ちょっと急用が……」
「う、うん。大丈夫? 病院って」
「分からない……ごめん、また今度!」
ばちんと両手を顔の前で合わせ、晶は適当にお金をテーブルに置いてからバタバタとカフェを出て行った。
ポツンと取り残された凪は晶の背中を見送り、ふうとため息を吐く。
「やっと話できると思ったのに」
凪にとって晶は唯一の、地元のしがらみを知らない友人だった。
例え妙な霊の気配を引き連れていても、得難い存在なのだ。
「帰るかなー」
スマホで帰りのバスの時間を確認している凪の体に、ふっと影がかかる。
「晶ちゃんのお友達?」
「え?」
凪が見上げた先には、昏い笑顔を浮かべた茶髪の男が立っていた。
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