第38話
「くっ」
「おい! 転校生! なにやってんだよ!」
ドタバタと涼が晶に駆け寄り、晶の行動を見てギョッとする。
晶は粉々になった櫻岩をどかしながら穴に入ろうと奮闘していた。
「涼くんは高麗先生に連絡して! 理事長が怨み屋に捕まったの! 私は【蜥蜴】を追うから」
「は、はあ!?」
晶はそう言い残してひらりと穴へと潜っていってしまった。
ポツンとその場に取り残された涼は、人一人分空いた穴を恐る恐る覗き込む。
「んのバカ! 勝手なことすんなーー!!」
「涼!」
頭を抱える涼の背に鋭い声がかかった。
そこには弓矢を携えた覚が顔の血を拭いながら立っていた。
覚は無言で涼に一組の弓矢――上桜神社に古くから伝わる
使い慣れた
家のしきたりで鍛えられ、涼は幼い頃から弓を使える。
覚の言わんとすることを察し、涼は目を瞠った。
「手負いの私が追っても足手まといになるだけだ。諸連絡はしておく。――涼、彼女を一人にするな」
神具であるこの破魔矢弓は遥か昔から櫻場の地に突き刺さっていたものだ。
桜中央学園建設時に引き抜かれ、その後ずっと上櫻神社で保管されている。
言わずもがな強い魔除けの力を持つ。
「あーくそ、やりゃいいんだろやりゃあ! 待ちやがれ転校生ーー!」
その有り難く貴重な魔除けを握りしめ、涼は晶を追って地下へと飛び込んでいった。
▽
各クラスで体育祭の打ち上げが終わった頃に、斗真と辰海は高麗からの連絡を受け取っていた。
『地下集合』。そのたった四文字に込められた非常事態に、それぞれがすぐに動き出す。
「何が起こってるんだ!?」
「分からないけど行くしかないでしょ」
運悪く二人はもう自宅付近まで帰っていたため、大慌てで駆け足で来た道を引き返すことになった。
携帯電話で辰海と通話をしながら、斗真は唇を噛む。
「本野と連絡つかなかったから、変だとは思ったんだ。くそっ」
「後悔先に立たずってね。――俺は先に行く。お前も急げよ」
「分かってるよ!」
斗真のクラスは体育祭の打ち上げを少し離れた場所で行なっていた。
桜中央駅から二駅ほど離れた場所から線路に沿ってひた走るが、電車やタクシーを使っても学園まで二十分はかかる。
学園に戻るなら辰海の方が早く着くだろう。
辰海は先程から妙に嫌な空気を感じていた。
これまでにない強烈な不安感に、胸元の十字架を押さえる。
体の中で蠢く気配さえ、辰海の精神を逸らせるように騒ついていた。
落ち着け。辰海は己に言い聞かせる。
突然招集がかかっただけでこの有り様では、今後が知れる。
色々あったが共に邪霊に立ち向かうと決めたのだ。
辰海は既に引き返せないところまで足を踏み入れている。
日は既に落ちていた。櫻場の地には微かな地鳴りが響いたが、殆どの人間はそれに気付かなかった。
▽
一人きりで邪霊を追いかけるなんて馬鹿なことをしている。
白鷺が居たら間違いなく雷が落ちているだろう。
けれど晶が行動しないことで、地下で取り返しのつかないことが起こったら?
一生後悔する。そして自分を責め続けるだろう。
晶は【蜥蜴】の気配を追い、苔むした石畳を跳ねるように駆け抜け、道なりに設置されたLEDライトを頼りに階段を走り下りる。
徐々に明るさが増す視界がぱっと開けると、白い柱が建つ巨大な空間に出た。
「やっぱり封印の場に繋がってた……」
その神秘さに今は構っている暇はない。
何故ならば滑らかに白光を反射する床は掠れた血で汚れていたからだ。
この地下空間の中央にそびえ立つ石柱の側には、しばらくこの場に留まったかのように濃い血痕があった。
「血……?」
晶はその視線をつつっと滑らせ、血の行き着く先を見据える。
落盤した地面のその向こう。微かに開く石扉。
新たな部屋が空いている。何かを引きずりながら、誰かがその中に入っている。
そして、晶の追う強大な気配もそこに留まっていた。
緊張し強張る体とは裏腹に、晶の心は急いていた。
扉を開けなければならない。その意思に突き動かされ、重い足を動かす。
慎重に扉に背をつけ、中を垣間見る。
薄く開いた扉の向こう側では、見慣れたスーツが地に伏していた。
「り、理事長!?」
それを見た晶は分厚い扉をこじ開け、脇目も振らず白鷺に駆け寄った。
しかし晶の足は意図せず止まってしまう。
「いらっしゃい、晶ちゃん! やっぱり来てくれたね。待ってたよ」
嬉々とした声が部屋に響く。
そして開いた扉の内側の、丁度外からは見えない位置から伸びた手に晶は捕まった。
「理事長に何をしたの!?」
ばっと掴まれた腕を振りほどき、目の前の男――若菜を睨みあげる。
若菜は愉快げに口元を歪め、視線を倒れている白鷺に遣った。
「大丈夫。ちょっと殴っただけだよ。」
「どうしてこんなこと!」
「一人健気に追いかけてくるなんてねえ。このおっさんにそんな価値があるのかな?」
白鷺はぐったり体を地に投げ出している。
その青白い顔と頭部からの出血に、晶は慌てて駆け寄るが、文字通りの見えない壁に阻まれてしまった。
バンバンと透明な壁を叩きながら晶は嘆く。
「何これ……通れない!?」
「結界だよ。晶ちゃんと話がしたくてね」
「なんでこんなことするの? それに、なんでここにいるの!?」
この封印の場は白鷺達【監視者】しか知らないはずだ。
まさか白鷺を拷問して場所を吐かせたのか。
晶は目の前の男をギッと睨み上げる。
「それが聞いてくれよ晶ちゃん。仕事のためとはいえかなり無茶したんだ。学園にも結界、地下にも結界。もう結界だらけで入り込むのが大変だったよ」
そう言って若菜はじりじりと晶に近づき、己のネクタイに手をかける。
一体何をと吠えかけた晶の視界に、奇妙なものが映った。
「ホラ……見て」
胸元まで開かれたシャツの隙間。
肌色のはずのそこは、酸化しどす黒くなった血の色をしていた。
「ひっ!」
「僕のカラダ、こんなことになっちゃった」
若菜の肉体には何枚もの呪符が縫い付けてあった。
黒々とした糸が何度も何度も皮膚をくぐり、真っ赤に爛れた縫い目には血が滲んでいる。
晶は必死に目を瞑るが、瞼の裏にはそのグロテスクな体が焼き付いてしまっていた。
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