第11話

「晶くん!」


「理事長……?」


 声のする方を見上げると、穴から白鷺が顔だけ出している。


「今高麗先生が呪器を持ってくるから!」


「理事長! ライトか何か持ってませんか!?」


 このままでは暗すぎて斗真を追えない。晶のスマホは教室の鞄の中だ。


 白鷺は晶の要求を聞き、上着の内ポケットからフタの先に小さなLEDライトが付いているボールペンを取り出し、穴の中に投げ入れた。


「ないよりマシか……!」


「晶くん、高麗先生を待つんだ! 晶くん――」


 晶は白鷺を無視してライトを口に咥え、足元を照らしながら防空壕の奥へと走り始めた。

 

 少し進んだところで一気に空間が開ける。天井は想像以上に高く、大型のトラックでも余裕で通れるほどだ。


 地面は粗いが、天井や壁はならされているように見える。明らかに自然にできた空間ではない、と晶は思った。


 よく見ると壁に切り出した石が埋め込まれている。苔むしているから相当古くからこの状態だということだ。


 防空壕に見えない。むしろ地下遺跡と言った方が正しいかもしれない。


 進めば進むだけ方向感覚が狂いそうだ。


 足元を照らしながら小走りで進む晶は、薄暗い中見えてくる周囲の荘厳な雰囲気に圧倒される。


 ふいに晶の足がコンッと小石を蹴った。


 その後すぐにカンカンカンッと石が段差を跳ねる音が続く。


「――!? 階段?」


 闇の中から急な階段が現れ、晶は慌てて足を止めた。晶はペンライトで確認しながら軽快に段差を駆け降りる。


 ここまで一本道。斗真は必ずこの先にいる。


 階段を降りた先には道が続く。


 しかし晶の視界には不思議なものが入り込んでいた。


 晶の視線の先には、道なりに点々と光る複数の小さな明かり――小型のLEDライトが道を示すように設置されていたのだ。


 斗真の状況ではライトの設置など不可能。つまり最近誰かがこの場所に立ち入ったということだ。


 晶は走りながら更に坂になった道を下る。一体どこまで下に向かうのか。


 ふと顔を上げると、晶の目の前には更に広い空間が広がっていた。


「なに……ここ」


 開けた場所に辿りついた晶は、数多のLED小型照明に照らされた空間に目をみはった。


 今まで通った道より遥かに大きいその部屋の中央には、大きな白い石の柱が建っている。


 見たことのない模様が彫刻されたその柱から五つの小道が続き、その先にそれぞれ巨大な石の扉があった。


 晶が下ってきた坂は、丁度石の柱の正面に位置しているようだ。


 そのあまりに神秘的な、そして立ち入りづらい光景に晶は足を止め言葉を失った。


 坂で止まっていた足を動かし、その空間に入る。


 床に敷かれた岩も白みがかっており、この部屋が今まで通ってきた道と違うことを感じさせる。


 晶は石の柱に近づき、そこから分岐する五つの道に舌打ちした。


「五叉路……!? 斗真くんはどこに」


 その時、カツン、と晶の靴が硬いものを蹴った。晶はビクリと肩を跳ねさせ、足元を見る。


 ピンクゴールドのきらめきが晶の目に入った。片手程の大きさの金属製の定期入れパスケースのようだ。


 晶は身をかがめてそれを拾い、ふと裏返す。


『佐倉 ひなこ』


 そこには見覚えのない名前が書かれていた。晶はそれをポケットにねじ込み、そこから一番近い道を選んで走り出す。


 道の先にある巨大な石でできた扉は少しだけ開いているように見える。


 晶は首を回して他の扉もちらちらと見るが、どうやら開いているのはこの扉だけのようだ。


 晶はそろりと扉に近づいてその隙間から中を覗き込む。暗くてよく見えない。


 ペンライトを向けると、扉の中は行き止まりで、石室のような空間になっているようだ。


 その中央に、運動靴が見えた。


「斗真くん!」


 晶が石扉を開けると、背中を向けて石室の中央に直立していた斗真がふと後ろを振り返った。


 晶は安堵の表情を浮かべ斗真に駆け寄る。


「よかった無事で! 早く逃げよう……斗真くん? ――斗真くん?」


 斗真は晶の方を振り返った体勢からピクリとも動かない。


 それどころか晶の声かけに返事もせず、じっと空虚な瞳で晶を見ていた。


「斗真、くん」


 暗い瞳。曲がった背中。人形のような表情。


 どれも晶の知る斗真とはかけ離れていた。


 晶が一歩下がった瞬間、背後の石扉がバタンと大きな音を立ててひとりでに閉まる。


 晶は斗真から目を離さず、できるだけ距離を取る。


 壁に背をつけると、ジュッと服が焼ける音がし、晶は慌てて壁から離れた。


 石室の壁からは何本もの細い炎が立ち昇っていた。


 それらは天井に収束する。晶はゆっくりと、上を見た。


 晶の視界に飛び込んできたものは、天井いっぱいに広がる巨大な『絵』だった。


 見覚えのある形だ。理事室で説明を受けた五つの絵のうちのひとつ。


「【蜂鳥】の呪画……!!」


 シンプルな曲線で描かれたその天井画は、巨大な翼を持った鳥の姿をしていた。


 壁に伝う炎を吸い込み、天井の【蜂鳥】の絵は黒い炎に縁取られていく。


 ゆらりと炎が揺れ、絵がそのまま炎として天井から脱落した。


 その時、大きく【蜂鳥】が羽ばたいた。


 ドォン!! と大きな音を立てて天井から熱風が放たれる。


「きゃあっ!!」


 晶は爆風に押され壁に激突した。体が瞬間的に水平になる。


 必死の思いで体をひねり、晶は肩から落下した。


 石の床を転がり終えると、右肩に走る激しい痛みに、晶は顔を歪める。


 いつの間にか斗真を中心に渦状の炎が発生している。


 それはどんどん大きくなり、ついに天井にまで到達する。


「斗真くん! 逃げて!」


 渦巻く炎に晶の声は飲み込まれてゆく。斗真の目は虚で、なんの反応もない。


 ついに斗真を取り巻く炎の渦が【蜂鳥】に到達する。


【蜂鳥】はドロリと炎にその身を溶かし、黒色の炎が斗真を取り囲んだ。


 黒い炎が斗真の口から侵入する。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッッ!!!」


 ジリジリと斗真の口内を焼きながら、巨大な炎の渦が体の中に入ろうとその身をくねらせる。


 斗真は全身を硬直させ、目を剥いたまま【蜂鳥】を飲んでいく。


「ダメ!!」


 晶は反射的に地面を蹴っていた。


 ドンッと鈍い音をたてて晶が斗真の腰のあたりに飛びつくと、何の抵抗もなく斗真の体はそのまま地面に倒れる。


 一緒になって転がった晶は震える足を無理やり立たせ、なおも斗真の口で蠢く黒い炎を手で捕まえた。


 ジリッと袖口が焼ける音がする。しかし晶の皮膚を焼くことはない。


 高麗の言ったとおり、この炎は晶を焼かないのだ。


「ぐ、あ゛あ゛あ゛あ゛!! はあ゛ッはあッ!!」


「斗真くん飲んじゃダメ!!」


 凄い力で斗真の中に入ろうとする炎のしっぽを掴みながら、晶は必死に斗真に向かって叫ぶ。


 しかしのたうち回る斗真の足が晶の脇腹を直撃し、晶の手から炎が逃げてしまった。


「ぐっ!!」


「あ、あ、 あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛ あ゛――――!!!」


 ゴボゴボと斗真の喉を歪ませながら、【蜂鳥】が完全に斗真の中に入った。


 

 

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