第18話
「あの、地下にLEDライトが設置されてたんです。道しるべみたいに。それと、防空壕の穴を塞いでいた岩にも蛍光ペンで目印があった。それも佐倉先生の仕業なら……」
「他の仲間のためにライトや目印をつけた。という可能性があるな」
つまり邪霊を解放して何かを企んでいるグループがいるということだ。その場に沈黙が流れる。
晶は額に手を当てて俯いた。
「本野、元気出せって! これからは俺も居るんだからさ。二人で邪霊を見つけてやろう」
斗真の頼もしい言葉に晶は目を細めた。
望み続けた仲間。ともに邪霊に立ち向かってくれる味方。
「私たち、仲間だね」
晶が噛みしめるように呟くと、斗真は照れたように笑った。
ごほん、と咳払いをする白鷺に二人が注目すると、真面目な表情で白鷺は切り出した。
「他に報告はあるかい」
「あ、はい。今日病院の帰りにまたあの若菜って人に捕まっちゃって」
「何?」
「また不審者!? 何かされなかったか?」
「それが変なことを言われて。スカートのポケットに入れていた佐倉先生の定期入れが見えるって……」
おかしいでしょ? と晶が不安げに尋ねる。怒りの感情を表す斗真に対し、白鷺は冷静だった。
「本当にポケットの中が見えると言うのなら、それは透視だ」
聞き慣れない言葉にきょとんとする晶と斗真。
「透視ってまさかそんな、」
「そうでなくても晶くんに付きまとっている訳だから、対策を練ろう」
ぶつぶつと何か呟きながら机に向かい始める白鷺を、黙って見つめる二人だった。
それから数日間、邪霊の手がかりは見つからず。
さらに学生にとって恐ろしいイベントが待ち構えていることに、晶はまだ気付いていなかった。
▽
まだ昼間だというのに、陽が雨雲に喰われてしまったかのように薄暗い。
教室の電灯がペンを握る手元に影を作る。
窓側の席に座る晶はペンを走らせていた手を止め、陰鬱とした空気を感じさせる空を見上げた。
「はい、終了。筆記用具を置いてー」
たった今終わったもの。
学生にとって恐ろしいイベント、中間試験。
学生の本分は学業だと分かってはいても、晶はこの学園に転校してまだひと月しか経っていない。
そしてその間に邪霊に取り憑かれるという大事件が起こってしまった。
晶は自分に言い訳をした。
「勉強なんてする暇なかった」
予想通り大爆死に終わった中間試験は、無情にも赤点を取った生徒は追試となるのだった。
「晶ちゃん元気出して! 追試の一つや二つ気にしない気にしない」
「俺も今回は追試だなー」
そう言ってぐったりと机に伏せる斗真はすっかり怪我も治ったようだ。
白鷺からは試験期間は学業を優先させるようにと言われた二人は、邪霊探しを一旦止め普通の学園生活を送っていた。
そんな生活も今日で終わり。また邪霊探しに奔走する日々が始まる。
「ねー晶ちゃん、試験終わったし午後どっか行く?」
「ごめん、今日は部活。また今度ね。行こう斗真くん」
「おう。また明日な和屋」
「あら。あららら?」
そう言って足早に教室を後にする晶と斗真を、凪はにやけた表情で見送った。
▽
「すげーなこれ。理事長が作ったのか」
「うん、そうみたい。ちゃんとした地図があると地下でも安心だね」
中庭にあるベンチで昼食を取りながら、晶と斗真は白鷺から支給されたタブレット端末を眺める。
それには地下の封印の場までのマップが映し出されていた。
距離や方角はもちろん、勾配もデータ化されたそれは、次に地下に行く時大いに役立つだろう。白鷺が試験期間中に作成したのだそうだ。
散々だった試験の結果が出るのには一週間ほどかかる。
その間は追試が有ろうが無かろうが時間が過ぎて行く。
それならばもう開き直ってこの部活動に専念するのが一番いい。
普段は凪と昼食を取るが、今日は斗真と二人きりだ。
晶は凪の誘いを断り続けていることに罪悪感を抱いていた。
凪にひと言詫びメッセージを入れておこうか。
晶がぼんやりと卵焼きを口に運びながら思考に耽っていると、斗真からまっすぐな視線を受けていることに気がつく。
「どうしたの?」
「偉いよなあ。毎日弁当作って」
「朝詰めてるだけだよ」
「毎日学食か購買の俺からしたら、それだけで偉いんだよ」
晩ごはんの残り物と卵焼きを入れただけの弁当を凄い凄いと褒める斗真に、晶はもう少しちゃんと作れば良かったと後悔する。
そんな晶の乙女心を知らず、大きな口でジャムパンを頬張る斗真は片手でタブレットを好きに弄っていた。
「で、今日行くか?」
斗真のその飾りのない問いに、晶は食事の手を止め考える。
それはつまり、今日霊杭を探しに行くかという質問だ。
晶と斗真が部活動を行う際に、白鷺から強く言われていることがある。
ひとつ、勝手に地下に入らない。
ふたつ、万が一のために白鷺か高麗のどちらかに行き先を伝える。
みっつ、探索での出来事は全て情報共有する。
「地下の封印の場も調べたいよな。佐倉先生の手がかりがあるかもしれない」
「うん。でも地下は勝手に入れないから……とりあえずまた学園周辺を探そうか。斗真くん何時まで居られる? 夜も平気かな?」
「俺はいつでも大丈夫! 飯食いに一旦帰るけど、家近いし。待ち合わせは倉庫裏でいいよな?」
「うん。よかった。じゃあそろそろ行こうか」
「あ、理事室でコーヒー淹れてから行こうぜ。あのコーヒーなんか力が湧いてくるんだよ。変な物質でも入ってるんかな」
「分かる」
斗真の言葉に晶がうんうん頷いていると、ふと晶の視界に影が差した。
「俺もコーヒー飲みたい気分だな」
背後から響いた声に、二人は慌てて振り向く。
そこには、ベンチのすぐ後ろの窓に肘をつき身を乗り出している男子生徒の姿があった。
その端正な顔立ちに見覚えがある晶は、驚きながらもじっと彼を見る。
「辰海!? お前いつからそこに」
斗真の言葉に記憶が蘇った晶は、「あっ」と口に手を当てた。星野に捕まっていた時に現れた男子だと気付く。
彼は目を白黒させる晶にニコリと笑いかけた。
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