第26話 アルバス、詠唱を破壊する

心音詠唱共鳴スペルビートレゾナンス


 僕はエレインの背中に手を当てて魔法を発動する。エレインはそれを見てか、静かに呼吸を整えた。


 心音詠唱共鳴。無詠唱の核となる心音詠唱を他人に与えるという魔法だ。


 しかしこれは簡単な魔法ではない。僕が対象に触れて、僕自身はこの魔法しか使えなくなる。


 それに難しい魔法であるほど、僕への負担は大きくなる。


「……っ!?」


「無事か? アルバス君」


「ええ、大丈夫です」


 心臓が大きく跳ねて、全身から魔力が大量に消費されていく。


 詠唱時間が長くなればなるほど、この魔法を使う際の魔力消費は大きくなるのだが……これは僕の想像以上だ。


 エレインが持っていた二本の剣。そこに宿った火が色を変える。一つは煌々とした紅に、もう一つは神秘的な蒼に。


 エレインはそれを前に突き出す。そして、魔法名を口にする。


『魔力融合:竜炎解放ドラゴンブレス


 二色の炎が2頭の竜となり、デスナイト目掛けて飛翔する。今まで見たどんな魔法よりも美しく、激しい、魔力の塊。


 そして、エレインの魔法発動と同時に僕が使用していた心音詠唱共鳴も解除される。


 業火弾どころか火魔弾以下の大きさだというのに、内部の熱はそれらを軽く超えるだろう。そんな魔法が二つ。デスナイトでさえ、これを受ければただでは済まない!!


『オオ、偉大ナル絶対ノ君主ヨ。我ハ願ウ。アリトアラユル全テヲ喰ラウ漆黒ヲ』


 しかし対するデスナイトは冷静であった。デスナイトの詠唱も長い。


 それにこのタイプの上位者に対する言葉を含んだ詠唱は、魔法の中でも奥義とされるほど超高度な魔法だ。


 これを完成させてはいけない。そう直感し、僕は今までの魔法の知識をフル稼働させる。


 闇属性を付与されたデスナイトの詠唱を中断させるほど、それだけの威力を持った魔法は僕にはない。僕の魔法では意識を割くことなく、デスナイトは魔法を完成させるだろう。


 ならどうするか?


 その詠唱自体を無効化してしまえばいい。


詠唱破壊スペルブレイク


『我ガ主……ッッッ!?』


 デスナイトの詠唱が途切れる。


「アルバス君、君もしかして……詠唱を無かったことにしたのか!?」


 それを見ていたエレインが驚いた声で言う。


 エレインの言う通り。僕は詠唱そのものを今、破壊した。


 詠唱破壊。それは……。


「逆位相の音をぶち当てて、詠唱を無かったことにする魔法です。魔法を使う敵は初めてだったので、使うのに手間取りましたが」


 対魔法使い用に存在する音属性魔法。その一つが詠唱破壊。対象の詠唱を逆位相の音を当てることで無効化する魔法だ。


 音と振動。その2種を操ることに特化した音属性だからこそ出来る魔法。それが詠唱破壊だ。


『ソノ魔法……!? マサカ貴様ハ!?』


 デスナイトが驚きに満ちた声で言った次の瞬間、エレインの竜炎がデスナイトを貫いた。


 デスナイトを動かしていた核となる魔石。それが砕かれたことで、デスナイトの身体はボロボロと崩れていく。


 その前に一つ聞かなくては……!


「ひとつだけ聞きたい! デスナイト、その身体に纏っている呪いは一体なんだ!?」


『呪イ……呪いか。なるほど、君は件の王女とでも出会ったのかな?』


 デスナイトから発せられる声が、片言から流暢な言葉に変わる。低い男性の声から、中性的な声へ。


 まるで中身が変わったみたいだ。


『あの呪いは常人には察知できるはずじゃないんだけどね。だが、君なら納得だ。アルバス・グレイフィールド』


「……!? どうして僕の名を?」


『質問が浅いよ。君ほどの魔法使いを少し調べれば幾らでも分かるさ。まあでもこれを倒したご褒美に君の知りたいことについて教えてあげよう』


 ……なんか余裕そうな声調なのが妙に腹立つ。


『これは件の王女にかけた物と同一の呪いだ。というよりも同じ属性の魔法といった方がいいかもね』


「……同じ属性ということは、それを知っているお前が呪いをかけた魔法使いなのか?」


 僕でも声のトーンが一つ低くなる。


 呪いのことを知りながら、今こうして話すことができる謎の人物。崩れかけのデスナイトの向こう側にいるそいつこそ、ルルアリア王女から声を奪った張本人ではないだろうか?


『その通りだとも。こちらの呪いは実験的な物で、ブラックダイヤモンドの冒険者一人と、音属性魔法使いを一人と戦えたということだけで十分成果だ。

 王女の方はまだ解除されていないところを見ると、本命は上手くいっているらしい』


 僕の属性を知っている!? いや、戦いをデスナイトを通じて魔法で見ていたとかなら推測は可能なのか? かなりマイナーな属性だから特定するのは難しそうだけど。


 いやそれよりも気になることが……。もしかしてこの人、ルルアリア王女が声を取り戻したことを知らないのか?


 僕の魔法で呪いの上から声帯付与で声を与えている状態だから、呪いが解除されていないと考えてもおかしくないのか……。


『おっと、デスナイトの身体も崩壊が近い。これ以上は話すこともできないか』


「待て、最後に一つ聞かせろ」


 僕の隣にいたエレインが冷たい声でそう聞く。


「お前、何者だ?」


 エレインはこれ以上なく簡潔にかつ、的確に声の主のことについて聞いた。


 わずかな笑い声が聞こえた後、声の主はいう。


『ネームレス。私はその程度の人間だよ』


「そうか」


 エレインは必要なことを聞き終えたのか、剣でデスナイトの身体を切り払う。


「王女の件といい、今回の件といい、お前は絶対に仕留めるぞネームレス」


 塵になって消えていくデスナイトと呪いの気配。その微かな残香みたいな物から、最後に一言。


『くくく、楽しみにしているよ。王国最強の冒険者。そして音属性魔法使い』


 今度こそデスナイトと呪いの気配は消滅する。


 エレインは苛立たしそうな雰囲気だ。


「報告しなくちゃいけないことが多いな今回。アルバス君、すぐに王都へ戻ろう。どうやら私達はとんでもないものに巻き込まれたかもしれない」


「同感です。僕も幾つか相談したいことがあるので戻りましょう」


 僕らは坑道から出て馬車が待機させてある場所まで戻る。そこには先発で偵察に来ていた冒険者がまだ残っていて、僕らを見つけるなり駆け寄ってくる。


「すみません、ギルドマスターからの緊急要請です。使い魔を馬車に待機させていますので、中でお話を。竜騎士様、アルバス様」


「……なんだか穏やかではなさそうですね」


 どうやら一息つく暇もなく、僕らに次なる何かが迫ろうとしていた。

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