第37話 新たな舞台へ

「……アルバス君は一体何者なんだ?」


 アルバスがルルアリアと話している頃。冒険者ギルド、エレノアの執務室にて、竜騎士エレインはエレノアにそう聞いていた。


 エレノアは書類仕事をする手を止めて、エレインに視線を向ける。まるでそう聞かれるのをわかっていたみたいな様子で口を開く。


「十中八九聞かれるだろうとは思ったよ。少し長くなる。お主も座れ。茶はいるか?」


「貰おうギルドマスター」


「ん、了解した」


 エレノアは立ち上がり、紅茶の準備を始める。エレノアはエレインに紅茶を出すと、自分の分を啜る。


「さて、どこから話したものか……。いや、竜騎士よ。お主、どこまで見た?」


「私が着いた時、戦いは終わっていた。頭部だけをピンポイントで破壊された上級魔族、血まみれになって倒れていたアルバス君と、その弟。弟君の方は傷は深かったが、命への危険はさほどではなかった。それよりも……」


「重傷よりも、死にかけていたアルバス。大した傷はない、ただ魔力が異常なまでに削れていたアルバスを見たのだな?」


 こくりとエレインはうなずく。


 エレインが魔族達を殲滅した後、見た光景は先ほど二人が口にした通り。


 エレインはその時初めて見たのだ。死にかけになるほど魔力を消費した人間というのを。


「魔法や魔道具の使用……いや、呪いにかかった場合でもあそこまで魔力は削れない。彼は何をしたんだ?」


 魔力を使い切った状態を言い換えると、すごく疲れた状態だ。生存本能がそこで魔力の消費を止める。何故なら、それ以上に魔力を使うと命に危険性が及ぶから。


 でもアルバスは本来生存本能が止めてしまうラインを超えて魔力を消費していた。結果、重傷のアイザックよりも目覚めるのが遅く、数日生死の境を彷徨うことになるのだが……。


「あれはアルバスが持つ二つ目の属性によるものだとわしは思っておる」


「二つ目の属性? アルバス君は確か音属性だけだったはずじゃ……」


 アルバスは属性を一つしか持っていない。


 それはアルバスを知る者であれば、誰だって知ることだ。


「わしもそう思っておった。じゃが、アルバスが彼女の息子ならば話は別じゃ」


「彼女……? アルバス君の母親は一体……?」


 エレインは首を傾げる。そんな彼女にエレノアはすかさずこう問う。


「お主は王国最強の冒険者。そう呼ばれておるし、そうわしも認めておる」


「その呼び名はいかめしくてあまり好きではないがな、いきなりどうしたんだ?」


「彼女は王国歴代最強の女騎士じゃ」


 エレインはその呼び名に覚えがあるのか、話を聞く態度や顔つきが一気に変化する。


 王国最強や王国最優など、肩書きを持つ人間は何人かいる。エレインもその一人だ。王国最強の冒険者、それが彼女の肩書き。


 しかし、王国歴代最強と呼ばれた人物は長い歴史上、一人しか存在しない。


「十年以上も昔故、彼女の名は少しずつ聞かなくなったし、彼女の存在も少しずつ風化しておった。じゃが、奇しくもアルバスが放った魔力は彼女と同質の物。彼女が持つ属性の魔力じゃった」


「それがアルバス君の二つ目の属性……。だとしたらそれは一体どんな属性で、どんな魔法なんだ?」


「……共鳴」


 エレノアは懐かしむように、そう口にした。


「共鳴属性……? そんな属性」


「聞いたこともないじゃろう? この属性は彼女しか持ち得なかった希少属性の中でも一等希少な属性じゃ」


 この世界には無数の属性が存在する。


 アルバスは幸運な方だ。何故なら、音属性には魔法書があったから。


 中には本当にハズレ属性。魔法書すら存在しない属性もある。それらの属性は自分で魔法を開拓するしか他はなく、その道は果てしなく険しい。


 共鳴属性はまさにその属性だ。


「魔法書はなく、文献の記述も存在しない。彼女はたった一つの魔法しか使えない癖して、たった一つの魔法だけで王国歴代最強の座まで上り詰めた」


「その魔法とは……?」


 一つの魔法だけで成り上がる。そんなことは不可能に等しい。どんな魔法でも状況によって使い分け、取捨選択をすることで性能を最大限発揮する。


 一つの魔法しか使えない属性なんて、欠陥以外の何者でもない。音属性が可愛く見えるほどのハズレ属性だろう。


「共鳴という属性と同じ名を冠する魔法。他者と共鳴することで、他者が持つ属性、魔力、魔法の知識などなど、全てを自らの物として得ることが出来る魔法じゃ」


 エレインは言葉にすら出来ない感情を抱いていた。


 そんな魔法があるなら世界はひっくり返っている。誰もがその魔法を欲しがろうと殺到するだろう。無数の属性、それを操れるだけの知識、魔力が手に入ってしまうのだから。


「アルバスの音属性には恐らく、この共鳴と同じ力が内包されているのじゃろう。共鳴という言葉じたい、音に関するワードじゃからな」


「だけど……だとしたら、アルバス君は誰と共鳴したんだ?」


「んなの、一人だけじゃろう。アルバスは自らの血を辿り、自分の母親と共鳴した。王国歴代最強の女騎士、ソフィア・ルージュ・グレイフィールドに」


 ソフィア・ルージュ・グレイフィールド。


 それはアルバスの母親にして、ザカリーの妻。そして王国歴代最強の女騎士と呼ばれた唯一無二の魔法使い。


 彼女のことを知る人物は少ない。何故なら彼女達が活躍した世代では、今よりも戦争が激化していて、記録や語り継ぐ人が少ないからだ。


 しかし、エレインは断片的ながら彼女のことは知っている。単独で飛竜百体を殲滅した竜殺し、獣人にも劣らない身体能力を持つ超人、千の武具を操ることが出来た武芸者、そして、たった一人で大量の魔族と魔王達と渡り合い、戦争を終結させた英雄。


「アルバスは弟を傷つけられた怒りで無意識にソフィと共鳴したのじゃろう。結果、ソフィの膨大な魔力が流れ込み、上級魔族を蹂躙した。生死の境を彷徨ったのはその代償じゃな」


「強くなりすぎた反動として、アルバス君はありえないほど消耗したということか。それで? まだ代償はあるんじゃないのか?」


 エレインはそう聞いたのには理由があった。


 代償が軽すぎる。規格外の魔力、上級魔族が手も足も出ないほどの戦闘能力、それらを一時的に得たにしては、生死の境を彷徨うなんて代償は不釣り合いだ。


「……まあ、今は大丈夫じゃろ。アルバスが成長すれば問題はない程度の代償じゃ。それよりも目下気にしないといけないのは、こいつと中央貴族に見られる不穏な影じゃな」


 エレノアは視線を机の上の資料に向ける。


 アイザックが語った三重に偉大なる者トリスメギストスと一部中央貴族に見られる不審な動き。


「私では目立ちすぎて、あまり力になれそうにないなそっちは」


「んなもんわかっておるわい、適材適所じゃ適材適所。アルバスと、わしの教え子ルルアリア。この二人が成果を拾ってくることを願うばかりじゃな」


「……そうか。第一王子の帰還とあの祭りの時期かもう」


 王都では毎年、ある時期は大きな盛り上がりを見せる。


 数年前から外国留学している第一王子が帰還する時期。それは王国の一大イベントの開催時期と重なるのだ。


 このイベントでは他国からも多くの観光客や要人達が王都に集まり、王国は最大の盛り上がりを見せる。


 先程エレノアが語った一部中央貴族に見られる不穏な影。多くの人でごった返すからこそ、それが動くには絶好の機会だ。



「王国最大の祭典。英雄祭の時期じゃ」

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