第46話 アルバス、修羅場に遭遇する

「……ということなんですルルアリア王女様」


 僕はガラテアとの関係性などをルルアリアに全部話す。


 僕とガラテアは許嫁だ。昔から割と遊んでいた気がするけれど……、あまり思い出せない。恐らく、僕が魔法に夢中になっていたのが原因だからだろう。


「大方は理解しました。しかし、すごい偶然もあるものですね。許嫁同士がこうして王族の側にいるなんて」


 たしかに言われてみればそうだ。


 僕はルルアリアの護衛。ガラテアはブレイデンの騎士。


 ガラテアは昔から文武両道で魔法の才能もあったから王族の騎士に選ばれたのは納得だ。


「しかし、驚いたぞ。まだ一部の人しか知らされていない、ルルアリア王女様の声を治療した人物がアルバスだったなんて……」


「偶々! 偶々試してみようって思った魔法がうまくいっただけだよ! 属性の力を借りただけだよ」


「確か君の属性は音だったか? 君の弟がそう言っていた気がするが……」


 ガラテア、アイザックとどこかのタイミングで会ってたのか……。


 アイザック、僕のことなんて言ったんだろうか。ちょっとだけ気になるけど、アイザックが触れられたくない黒歴史だったら嫌だから、それは気にしないようにしよう。


「そう、音属性。音と振動に操ることに特化した属性だ。ハズレ属性だけど、この力がなければ僕はここにはいなかっただろうね」


「そして、アルバス様にその力が無ければ私もこうして話していることはなかったでしょう」


 ずずずいと近寄るルルアリア。ルルアリアさん、なんか近くありません?


 そして、僕の近くでぶちっという何かがはちきれたような音がする。気のせいか……?


 気のせいだよね?


「ああ、オレの木刀!!」


 気のせいじゃねえ!!!


 いつの間に拾い上げていたのだろうか。ガラテアの持っていた木刀が握力でへし折れてる!? 


 そりゃあ魔法使わなくても魔力を手に集中させれば、多少なりとも強化されるけどさあ!? 木刀を握力だけでへし折るって、どんなに魔力を込めたんだ!?


「…………ほぅ? 失礼を承知で申し上げますが、少々距離が近いと思いますが? そして私の方がアルバスとの付き合いは長いのですが?」


「いいえ、これは私達の適切な距離ですよ。それに付き合いが長いと言われましても……アルバス様が覚えていられないようなら、それって関係性としてどうなんでしょうかね?」


 前と横からの視線が怖い。というか痛い。


 言うなればこの二人の距離は達人の駆け引きだ。後一歩踏み込めば致命になるが、同時に必殺となりうる間合いの取り合い。


 ルルアリアとガラテアの周囲に円が浮かび上がって、それがせめぎ合っているイメージ……現実逃避している場合じゃないねこれ。


「これこれ、やめんか二人とも。そんな喧嘩犬も食わんぞ」


「ぎ、ギルドマスターの貴女が言うなら……」

「せ、先生が言うなら……」


「なにこれ」

「なんだろうねあれ」


 ガラテアとルルアリア、僕とブレイデンは口を揃えてそう言う。


 口ではそう言ってても、エレノアが入り込んでくれなかったら危なかった。主に僕のメンタルが。


「そういやガラテア。少しオレと付き合え。久しぶりに訓練とやらをしてやるよ」


「な、な……訓練嫌いのブレイデン様が自分から訓練の誘いを!? お付き合いします!!」


 そういえば訓練サボってたねブレイデン。


 ガラテアの驚きようを見るに、いつもこの人は訓練をサボっているのだろう。


 ガラテアを引き連れてブレイデンが中庭から出ようとした時だ。ブレイデンは僕の方を見て、ビッと指を向けて。


「次戦う時には魔力解放を完成させておく。だからアルバスは次までにその技を完成させておけ。

 じゃあなアルバス! 兄者との決闘楽しみにしてるぜ!」

 

「また会おうアルバス。何がともあれ、君が元気そうで良かったよ」


 ブレイデンとガラテアはそう言い残して、中庭から出て行った。


 上手く隠していたつもりだったんだけどバレていたんだ……。


「アルバス様の新魔法ってあれで完成じゃないんですか?」


「ワシの目にも完璧だと思ったが違うのか?」


「……はい。これを見ていれば分かります」


 僕は右手を突き出す。エレノアとルルアリアがそれを見たその瞬間だ。


 右手が内側から小さく弾けて血まみれになる。


「アルバス様、大丈夫ですか!?」


「ワシが治療しよう」

『聖なる光よ、癒せ。治癒光ヒーリングライト


 エレノアの魔法によって右手が急速に治療されていく。エレノアは魔法を発動させながら僕を見てこう聞く。


「あれは魔法の代償か?」


「……はい。同調シンクロの代償です。上手く行ったと思っていたんですが……」


 同調は複数の振動を一つに合成する魔法だ。


 アイザックとの戦い、僕は出力の差でアイザックに苦戦した。同調はそれを補うための魔法だ。


 ただ魔力の操作が難しく、エンチャントではない状態で衝撃音を手元に留めておくため、上手く使わないとさっきみたいにダメージを負ってしまう。


 まだまだ改良の余地がある新魔法だ。


「訓練室を吹っ飛ばした魔法はそれなのでしょうか……?」


「いいえ、それは違う魔法です。もっともあれは、今回のこれらよりも未完成ですが」


 同調と過剰衝撃音、それと今までの魔法から派生させた幾つかの新魔法。それらは今まで使っていた音属性魔法という下地があるおかげで、ザイールとの決闘までには完成するだろう。


 しかし訓練室を吹っ飛ばした魔法と、それを発動するために必要な魔法、これら二つは間に合わない。そんな予感がする。


「……大兄様との決闘、アルバス様は勝てそうですか?」


 不意にルルアリアがそう聞いてくる。


 新魔法開発は僕がザイールと戦うために始めたことだ。それの一端を目にしたことで、ルルアリアの中でそんな疑問が浮かび上がったのだろう。


 僕はザイールの戦いを目にしたことはない。ただ魔法使いだからか、幻影で出会った時、何となくだけど実力はわかった。


 ありとあらゆる要素を僕の中で結集させると……。


「今は勝てません」


 僕の言葉にルルアリアが少しだけ表情を暗くする。僕はそのルルアリアの表情を見つつ言葉を続ける。


「けど、決闘当日はどうなっているか分かりません。ただ予感はあります。数日後、今までの自分とは一つ違う自分になっているという予感が」


 その自分がザイールとどう戦うのか。それは今の僕では分からない。完全な未知の領域。


 ルルアリアはそんな僕の答えに満足したのかニコリと微笑み。


「では勝てるように祈っておきますアルバス様。さて、明日も早いことですし今日はゆっくりと休まなくちゃいけないですね」


「じゃな。念のため、ワシの使い魔がルルアリアの近くを常に徘徊する。王城の中じゃから余程のことはないと思うが……」


「僕も索敵音は継続します。範囲を絞れば魔力消費と回復が釣り合いますので」


「ありがとうございますお二人とも。私も時空属性を使いこなせれば自衛くらい出来ましたのに……」


 ルルアリアの時空属性はその何でもありな性能ゆえに自分に向けて魔法が使えないという縛りがある。


 ルルアリアとエレノアがそのデメリットを克服しようと時空属性の研究と鍛錬に励んでいるのは知っている。同時にそれが実を結んでいないことも。


「仕方ありませんよ。適材適所です。僕もルルアリア王女様がいなければ、魔力量元に戻っていませんでしたから」


「むぅ……。そうですね。アルバス様の言う通りですねここで凹んでいても仕方ありません。いつか絶対に時空属性の欠点を克服してみせます!」


 おお、燃えている燃えている。


「そのいきじゃ。ではワシは明日の警備についてギルドで少し詰めるとしようかのぅ」


「僕は無理のない程度に魔法の練習をします。魔法書も貰ったことですし」


「アルバス様、無理はしてはいけませんからね!! 絶対ですよ! いいですね!?」


 ルルアリアにビッと強く言われる。そんなに無理するように見えるかなあ……?


 いや、新しい魔法書手に入れた興奮で徹夜とかしそうだから、しないように注意しよう。流石に徹夜で護衛をするのはまずい……。


「無理はしないようにします……。流石に徹夜明けで護衛をやるわけにもいかないので」


「よろしい。では明日に向けて解散!」


 ルルアリアの言葉で僕たちは解散する。エレノアは冒険者ギルドへ。ルルアリアは自室へ。僕は魔法書を持って訓練室へと向かう。


 訓練室の中で僕は二冊の魔法書を並べる。


 さて、どちらから手をつけようか……?

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