第45話 アルバス、許嫁と再会する

「お見事でした。小兄様もアルバス様も」


 ルルアリアが拍手しながら僕らへと近づく。ルルアリアの背中を追うようにエレノアもやってくる。


「いやはや、魔力解放にアルバスの新魔法、そのどちらも見れてわしとしては大満足じゃ」


「小兄様の魔力解放、初めて目にしましたが何が起きているのかさっぱりわかりませんでした。アルバス様はあれがわかって……?」


 満足げなエレノアと首を傾げているルルアリア。


 ブレイデンの魔力解放を目にして分かったことが一つだけある。それは……。


「どういう魔力解放か分からないけれど、多分ですけどあれ未完成ですよね?」


「……気がついていたのか。上手く隠したつもりだったんだがな」


 僕の言葉にブレイデンは観念したような口ぶりでそう言葉にした。


 僕が魔力解放について知っていることは少ない。けれど一つ言えることがある。それは魔法では魔力解放に敵わないということだ。


 魔力解放は魔法を超えた先にある異能ゆえ、そもそも魔法とは根本からして異なる。完成された魔力解放は、魔法を一切寄せ付けることはないだろう。


 僕が魔法で相対できたのはブレイデンの魔力解放が完全ではなかったから。もし完成していたら、僕は間違いなく負けていた。


「そもそも本来の運用とは大分異なるからな今のは。その本来の運用も、まだまだっていうとこだが。こういう時、兄者の才能が羨ましく思えるぜ」


「兄者……ザイール王子様の?」


「そうだ。ま、これは勝負に関わらないし、別にいいっか」


 魔力解放に関わるような才能……それは一体どんな才能なのだろうか? 興味が尽きない。


「兄者の才能は適応力だ。魔法使いには稀にいるらしい。環境、外的要因、自分自身の才能、それらに高い適応力が持つ人間が。だろ? エレノア先生」


「うむ、後お主には触りしか教えとらんから先生呼びはやめい。背中がむずむずする」


 エレノアは深く頷く。というか、ブレイデンもエレノアから何かを教わっていたのか……。


 王族にぽんぽんと魔法やら何やらを教えているこの人にも興味が尽きることはない。ただ、それは後回しだけれど。


「魔法使いにとって、女神の儀による属性の授与や魔法書を読んで魔法を覚えるといった行為や出来事は、魔法に適応しようとしている状態じゃ。

 一般的に複数属性を持つ者ほど、その適応力は高いと言えるのぅ。魔法の才能は並、魔力も平凡、しかし適応力の高さだけで数多の魔法を使いこなし、未知の進化を遂げる魔法使いはおる」



 ……待てよ、それって。


 エレノアの言葉は僕の中である仮説を生み出していた。けれど、それを口にしたり、深く考えるよりも前に、聞こえてきた大声が僕の意識を引き戻す。


「ブレイデン第二王子探しましたよ! 訓練をサボって何を……って」


 僕はその声によく聞き覚えがあった。


 長い黒髪、紫の瞳、僕よりもやや大きい背丈。凛とした佇まい。


 僕の許嫁……いや、グレイフィールドを追放された今では元なのか。ガラテア・ナイトレイが驚いた様子でこちらを見ていた。


「アルバスなのか!? なぜ、アルバスがここに……?」


「んだよアルバス。期待の新人騎士と知り合いだったのかお前?」


「ま、まあそうですね。久しぶりガラテア。元気にしていたかい?」


 ガラテアが呆けていたのも束の間。


 次の瞬間、彼女は瞳をいつもみたいに鋭くして、僕へとズカズカと駆け寄ってくる。そして。


「なぜ!! 私には何言ってくれなかった!? 私はそんなに頼りなかったのか!?」


 珍しく聞く怒号だった。いつもクールなガラテアからは信じられないような、感情剥き出しの声。


 ガラテアは射抜くような視線でこちらを見つめると、怒涛のように言葉を浴びせかけてくる。


「追放された時、何で私のところに来てくれなかったのだ……!? 私はそんなにも、そんなにも……!!」


「違うガラテア。それは僕が愚かだったからだ」


 それ以上の言葉を言わせるわけにはいかない。アイザックとの戦いで決めた。自分の愚かさと……人間と向き合うって。


 僕が天才であり、グレイフィールドの神童であり、魔法使いであるがゆえに向き合わなかった、見捨てていたものと、逃げないようにしようって。


 正直、こういう日が来ること、いつかは覚悟していた。


「追放された時、君に頼るという手段が選択肢にも上がらなかったのは、僕が愚かで歪んでいたからだ。君の責任じゃない」


「アルバス……君は」


「まあ、今でも魔法に夢中になって、見落とすことはたくさんあるけれどね。……うん、君に頼るべきだった。ごめん」


 僕の言葉に対して、複雑そうな表情を見せるガラテア。ガラテアがどんな風に思っているのか、どんな言葉を投げかけるのか、僕はただただじっと待っていた。


 ガラテアは何度か、声は出さず、不器用に口を動かした後、彼女はこう口にした。


「君はいつもそうだ。アルバス。安心したよ。こちらこそすまなかったな。出会い頭にこう、強く言ってしまって。君と再会した時、何て言おうか考えていたつもりだったんだけどな……」


「一件落着と言ったところだなアルバス。いい女を泣かせるとは、お前罪な男だぜ」


「な、泣いてなどはいない!! 訂正してもらいます、ブレイデン王子!!」


 ガシッと僕の肩を組みながら口にしたブレイデンに対して、ガラテアは顔を赤らめながらそう口にする。


「ま、大変なのはこれからだぜアルバスよ。見ろよ後ろを。オレは振り向きたくねえ」


「後ろ……? あ……」


 僕はブレイデンの言葉に釣られて後ろを見る。僕はこの行動を後悔することとなる。


 何故なら、僕の視線の先には、静かな笑みを浮かべながらも、どこか恐ろしいオーラを纏っているルルアリアがいたからだ。


 ルルアリアはいつもと変わらない話し方で、いや、いつもと変わらないように見えて、威圧感に満ちた声で僕へこう言う。


「アルバス様、事情をお聞かせ願えますね? 命令ですよこれ」


「……はい」

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