第52話 アルバスとルルアリアの約束

 それから僕とルルアリアは思う存分、英雄祭を楽しんだ。


 大道芸を見たり、色んな物を買い食いしたり、ルルアリアにアクセサリーなども買った。そして僕らが向かった先というのが……。


「……で、わしの部屋に来たと」


「はい。先生の部屋ならバレずに安心して転移の魔法が使えますしね」


 ルルアリアは実務机で仕事をするエレノアに対して笑顔でそう言う。


 ここは冒険者ギルド、エレノアの執務室。


 エレノアは机に積まれた大量の書類と睨めっこしていた。


「まあ構わんよわしは一向に。それよりも羽根は伸ばせたか? 二人とも」


「はい! それはもちろん。アルバス様にとってもいい思い出になったと思います。ね? アルバス様」


「ルル……ルルアリアの言う通りです。いい経験をさせてもらいました」


 と応えると、隣に立っていたルルアリアがどこか不満げな表情を見せる。


「なんで言い直したんですか名前。私、その呼び名が気に入っているんですけどっ!」


「いやだって、あれは咄嗟の判断というか周囲にバレないようにするためであって……。ここは知っている人しかいないし」


「そ、れ、で、もです! ねえ先生、ルルっていう呼び名いいですよね?」


「ほう? アルバスからそんな風に呼ばれたのか。いいじゃないか、アルバス、それで呼んでも。減るもんじゃあるまいし」


 興奮しているルルアリアとニヤニヤと笑うエレノアを前にしたら、僕もそう呼ばざるを得ない。


 ……こういうのあまり慣れないんだけどなあ。


「……で、ではルルと」


「おぉ〜〜! アルバス様の顔が真っ赤ですよ先生!! カメラという物があったら写真に収めたいくらいです!!」


「そうじゃのう! そうじゃのう! どれ今度買っておくかのう!!」


 ……勘弁してくれ!! 自分がどんな顔になってるか分からないけれども! こんなの写真に残されたら一生の恥だ!!


「こらこら、ギルドマスターまで悪ノリでアルバス君を虐めたら可哀想だろう。そろそろやめてやらないか」


 一連の流れを聞いていたのか、エレインが執務室の中に入りながらそういう。竜騎士の姿ではなく、私服姿だ。


「面白い反応をするもんでな。ついつい」


「お久しぶりですエレインさん。今日は鎧じゃないんですね」


「ん……まあな。それよりもアルバス君聞いたぞ。ザイールと戦うそうじゃないか」


 エレインと前に会ったのはグレイフィールド領での戦いだから……かなり久しぶりということになる。


 それなのにザイールと戦うことを知られているのか。まあ、プロローグがド派手だったし。


「エレインって……大兄様と同年代の!?」

「あれ……、そういや、ルルはエレインさんと会ったことがないんだっけか」


「む、言われてみればそうだな。初めましてルルアリア王女様。私はエレイン。普段は竜騎士と呼ばれています」


「そんな敬語だなんて……。貴女のことは大兄様からよく聞いています。なにせあの大兄様を一方的にボコったとか」


 ……ザイールをボコった? いやでもエレインなら出来そうか。聞いたところによれば魔族相手に無双していたくらいだし。


「はは、それはザイールが学園国家に行く前だからな。今は正味わからんな。あいつは強くなった。今日久しぶりに見てそう思ったよ」


 エレインが僕の方を見て、目をすっと細める。


「アルバス君、ザイールは強いぞ。当日、私も見に行くから応援しているよ」


「ありがとうございますエレインさん」


 ……と、エレインから応援の言葉を貰っていると隣から鋭い視線を感じる。ルルアリアが頬を僅かに膨らませていた。


「……どうかしたのかい?」


「別になんでもありませんが、そろそろ帰ろうと思うので腕を失礼しますね」


 ぐぐぐとルルアリアが僕の腕を掴む。力が強い、強い! 少し痛いって!!


「……なあ、ギルドマスター。ルルアリア王女様はなんであんな笑顔で私を見てくるんだ?」


「……お主もアルバスと同じパターンか」


 なんか同類認定されているけどどうして……?


 ルルアリアは僕の腕を引っ掴んだまま、懐から紙を取り出す。王城で使った物と同じ物だ。


「ああ、そうそう。わしが常に護衛出来るとは限らんが、引き続き使い魔をお主らの周りに待機させておる。よほどのことがない限り、出てこんとは思うが」


 そういえば前も使い魔がいるって言っていたな……。けど索敵音を常に使っている感じ、僕らの近くにそのような生物の反応はない。存在を隠蔽できる高位の使い魔なのだろうか……?


「ありがとうございます先生。では行きますよアルバス様! 転移門起動!」


 ルルアリアがそういうと魔法が発動する。


 次の瞬間には僕らは王城の中庭に立っていた。まだ数えるほどしか転移していないけど全然慣れる気がしない……。


「今日はいい思い出になりましたか? アルバス様」


 ルルアリアがパッと手を離す。一歩二歩と僕の前に出て、くるりと身体を振り向かせながら僕へそう言った。


 そんなに長い時間遊べたわけじゃないけど、でも普段じゃ見られないようなルルアリアが沢山見れてよかったから……。


「楽しかったですよ。ルルにも可愛いところあるんだなあって」


「……っっ!! やっぱ今日のことは忘れてください!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶルルアリア。こういうのを見るとやはり親近感が湧く。


 ルルアリアは数秒間、ムーっと僕を見つめた後、こほんと咳払いをし、話を切り出す。


「…………本当に大兄様と戦うのですか?」


 そう聞くルルアリアの表情はいつもの明るい調子ではなく、心配するような暗い物だった。


「どうして今更そんなことを?」


 ルルアリアがそう言い出したのはなんとなく想像が付く。


 決闘が近くに連れて、僕とザイールとの戦いが現実味を帯びてきたせいだろう。元々ルルアリアはザイールとの決闘には反対していたわけだし。


「決闘祭にはいつも高度な治癒魔法を使える魔法使いが待機しています。四肢の欠損くらいなら完治するでしょう。

 ……けど、大兄様とアルバス様の戦いはそれ以上に過酷になるかもしれない。なんだかそんな予感がしてしまって」


 ザイールの戦いがどんな物なのか僕もわからない。けどプロローグで直に見て、よりザイールの実力を肌で感じた。


 グレイフィールド領で戦ったアイザックとあの時の僕。二人で戦ったとしてもザイールに勝てる見込みは薄いだろう。


 ……けど、一度受けてしまったからには。


「それでも僕は戦います。ここで勝負を投げ出したら、貴女に相応しくないって……そう思うから」


「そんなことは思いません!! 勝ち目がないとは言いません。けど、それは限りなく薄いものですっ! そんなものから逃げることを私は責めたりはしません!」


 驚いた。こんなにもルルアリアが本音を出すなんて。


 それだけルルアリアの中で決闘への実感が湧いてきたのだろう。そして恐らく、両者の実力を知っているからこそ、ルルアリアは僕にこう言っているのだ。


 ルルアリアの身体が震えているのが目に見えてわかる。だから僕は、そんなルルアリアの手を掴むのだ。


「わがままだし無茶を言ってると承知しています。けど決闘に挑まれて僕はそれを受けて、貴女は協力してくれた。……ならばこそ、僕は貴女に僕の勝利を捧げるべきだと思っています」


「〜〜〜〜ッッ!!!!」


 言葉にならない声だった。


 無茶言ってるし、支離滅裂かもしれない。けど受けたし、ルルアリアにも協力してもらった。ここで決闘から退いたらそれこそ、僕は僕を許せなくなる。


「そんな風に言うなんてずるいですよアルバス様。こんなことになるんだったら協力するなんて言わなければ良かった……ってすごく後悔しますよ」


 はあとため息をついたルルアリアは、次の瞬間目をキリッとさせて僕へこう告げる。


「ではお願いです。勝ってください。そして、大兄様にぎゃふんと言わせて、アルバス様が私に相応しい人だって認めさせてくださいね」


「ええ、必ず約束しますよ」


 そう言う僕に対して、ルルアリアは眩しいものを見るかのように目を細める。


「えぇ、約束です。ここまでして負けたら、私アルバス様のこと嫌いになってしまうかもしれないですよ?」


「それは……ごめん被りたいな。貴女といる時間は思ってたよりもずっと楽しいから」


 この言葉の後、ルルアリアがどんな反応をしたのかは僕だけの秘密にしておこう。


 

 決闘祭は間違いなく刻一刻と近付いているのであった。

 

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