第51話 アルバス、ルルアリアと英雄祭を楽しむ②

 僕とルルアリアは人混みをかき分けて、屋台が立ち並ぶ広場に到着する。


 冒険者ギルドなどがある王都中央区。そこには大きな噴水広場がある。


 ここでは毎日色んな屋台が立ち並んで商売している。今日はいつもよりも屋台の数が多く、また人も多い。


「いつもは食べ物と鍛治師見習いが屋台開いてるイメージですけど……。今日は色んな人がいますね」


「アルバス様は冒険者やっていますもんね。ここの屋台には何度か?」


「ええ。この近くの宿をとっていましたから」


 王城で暮らすことになってからは広場に近寄らなくなったが、宿に住んでいた時はよく来ていた。夜ご飯とかここでよく済ませていたなあ……。


「今日からの英雄祭はいつもと違う屋台が並びますからね。ほら、これとか綺麗な時計だとは思いませんか? アルバス様」


 ルルアリアは屋台に並んでいる懐中時計を指さす。


 精巧な作りをした懐中時計だ。青と紫のフレームが目を惹き、小さい宝石らしきものが少しだけ散りばめられている。開けると小さな写真が入るスペースもあるみたいだ。


「こう言うのがお好きなんですか?」


「ええ。時計はなんだが親近感が湧くというか、持っていてしっくり来るというか……。でもこういう携帯できるものは持っていないんですよね。大きな壁掛け時計はあるんですけど」


 それはルルアリアの属性が時空属性だからだろうか? いや、流石に関係ないか。


 でも普段王城からでないルルアリアには、携帯できる時計は必要ないだろう。それに王族や貴族が時間を自分で確認することは滅多にない。大体は従者とかが聞かれた時に確認するものだ。


 でもルルアリアは心を奪われたみたいに目をキラキラと輝かせながら懐中時計を見つめている。まるで魔法書を前にした僕みたいに……。


「ではいつもの礼として買ってあげますよルル」

「え……、そんないいのですか? 私、そんなお礼をされるほど何かをした覚えもありませんが……むしろ、私の方がアルバス様に何か一つや二つ礼をすべきだと思っているのですが」


「何を言っているんですか。僕がルルにあげたものよりも、ルルが僕にくれたものの方が遥かに大きいですよ。だからこれはいつもの礼です」


 普段お金は使わないからお金には多少の余裕がある。王城を抜け出してお忍びで王都に来たのだ。ルルアリアには何か一ついい思い出を持ち帰って欲しい。


「これ一つください」


「あいよ。それにしても綺麗なお二人だねえ。英雄祭にはデートに?」


 僕は商人から懐中時計を受け取る。


 デート……? デートなのかこれ? 仕事の一環なだけだと思うけれど……。


「い、いえいえ。なんでもありませんよ。ただちょっと仕事帰りとかに二人で通りがかっただけでデートとかそういうものではありませんよ。ささ、行きましょうアルバス様」


「うわちょっと、ルル!? いきなりどうしたんだい?」


「アルバス様はいいからは、や、く!」


 急に早口になったルルアリアに背中を押される形で僕らは屋台巡りを再開する。


「ルル、こういうのは食べるんですか?」

「え!? あー、で、ではいただきましょうかね……」


「ルル、あちらで大道芸やっているみたいです。見に行きませんか?」

「ふぇ!? そ、そうですよね! 行きましょう!」


「魔法書市!? す、少しだけ見てもいいですか!?」

「え、ええ。いいですよ行きましょう行きましょう」


 ……なんかルルアリアの様子がさっきからおかしい。帽子を深く被って、表情を悟らせないようにしているみたいだけど、声からして動揺しているのは明らかだ。


 さっきの懐中時計を買った時だ。デートという言葉が思いの外彼女に刺さったのだろうか……?


 

 ……でも誘ってきたのルルアリアの方だし。それを他人に指摘されただけでこんなに動揺するのか!?


 だって、ルルアリアだぞ!? 王城の中ではあんなにベタベタしてくるのに!?


 こういう時、僕はどう接すればいいんだ……?


「ね、ねえルル……」

「は、はち、痛っ!? なんでしょうかアルバス様……」


 ルルアリアが噛むところ初めて見た。これは相当動揺していると見る。


「少し、人がいないところにいきましょうか」

「え……? あ、はい」


 僕はルルアリアの手を引っ張り、魔法書市を出る。


 人混みをかき分けるように道を歩く。目的地に近づくに連れて、人が少しずつ減る。


「ここは……大図書館ですか?」

「そう。王都のシンボル的なところだけど、わざわざ祭の日に図書館に来る人あんまりいないでしょ? 早速中に入ろう」


 僕はルルアリアと共に大図書館に入る。僕の読み通り、外はそれなりに人がいたけれど中は空いていた。


 属性の魔法書が置かれている区画はもっと人が少ない。こんな日に魔法書を漁りに来る人は変わっている人だけだろう。


「ここは……」

「僕が始まったところです。ここで僕は音属性の魔法書と出会いました」


 王都に来た日のことを思い出す。


 ここに初めて来た日は多くの人でごった返していた。その片隅で僕は音属性の魔法書と出会い、色んな経験をして今に至る。


「アルバス様、それはひょっとして……今から十年ほど前のことを言っているのでしょうか?」


「……え? 僕がここに来たのはここ最近が初めてだけど」


 王都には何度か来たことあったけれど、大図書館には来たことはないはずだ。


 ……ルルアリアの勘違いだろうか?


「い、いえ、恐らく私の勘違いですね。何でもないです」


「ふうん……。それよりも動揺は解けましたか?」


「え……、確かに少しは」


 僕はほっと胸を撫で下ろす。


 どうやら人目のつかないところで二人きりになって、ルルアリアの動揺が解けたみたいだ。


「なんで動揺していたんですか? いつもはむしろ沢山スキンシップ取ってくるのに」


「私ってそんなに取っていたでしょうか……。何となくなのですが、身近な人にアルバス様との関係性を言われるのは大丈夫なんですけど、赤の他人となると、私の中で何かが違って……。

 普段引きこもっているせいでしょうかね?」


 …………まあ、ルルアリアは見方によっては引きこもりだ。仕方のないこととはいえ。


 でもそうか。いつも元気いっぱいか、冷静沈着なルルアリアにも意外な弱点はあるのか。


「慣れますよその内。それにそうして動揺しているルルも僕は好きですよ」


 まあ見ていて退屈しない。それにそうして動揺している姿は年相応という感じがして、身近に感じられる。


 と思っていたら、隣でボフッ!という音が聞こえたような気がした。ルルアリアが顔を真っ赤にしながら帽子を深く被る。


「さ、さあ! あまりここで立ち話していても他の人の迷惑になりますし、早くいきますよ! まだまだアルバス様に見せたいところは沢山ありますから!!」


「うわっ! ちょ、ようやくらしくなったけど少し強引じゃないか?」


「そ、ん、な、こ、と、はありません!!」


 ルルアリアにぐいぐいと引っ張られるように僕らは大図書館を出る。


 その時だ。ふと彼女の口元が動く。小さく、けれど確かに言葉を紡ぐみたいに。


「…………アルバス様は本当にもう」


 その声は風にさらわれて僕の耳に入ることはなかった。

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