第50話 アルバス、ルルアリアと英雄祭を楽しむ①

 英雄祭のプロローグが終わり、僕らはルルアリアについて回ることとなった。


 といっても表向き話せないルルアリアの出番は少ない。なので王城にいることも多いのだが……。


「お忍びで街に行きましょう!」


 ……正気なのかこの人。


 止めようか一瞬悩んだけど、いつものドレスではなく、炭鉱夫が着るような作業着につばが大きい帽子をかぶって、変装の準備は万端と行った様子だ。


「どうですか? アルバス様。似合っています?」


「似合っていますけど……たくさん人がいる街に降りるのは危険ですよ。ルルアリア王女様の身に何があるか分からない!」


 今、王城の外は沢山の人でごった返している。不穏な動きをしている貴族もいるらしいし、王城から出るところを見られたら後をつけられるに決まっている!


 そんな僕の心配を彼女はお見通しみたいな表情で、ふふんと鼻を鳴らす。


「私には秘策があるんですよ。秘策が。時空属性の魔法、転移門という優れた魔法が!!」


「でも確か、ルルアリア王女様の魔法は自分を対象に発動出来ないんじゃ……。結界みたいに自分が範囲内にいると効果がなくなってしまうのでは?」


 度々彼女が使う転移門の魔法であれば、安全に王城を出ることができるし、後をつけられるリスクも減るだろう。


 しかし彼女の魔法は自分自身に向けて使うことができない。結局それでは自分を転移出来ないから意味がないのでは……?


 そんな僕の予想なんかお見通しなのか、ルルアリアは懐から自慢げに一枚の紙を取り出す。小さい正方形の紙だ。その紙には精巧な魔法陣が描かれていた。


「先生お手製の魔道具です。使い捨てになりますし、コストもバカならないのですが、この紙を通して魔法を使うことで私のデメリットを一時的に無効化できます」


「ということは時空属性を自分自身に向けて使えるということなのか!? それってある意味革命では?」


 時空属性の唯一無二の魔法を自分自身に使えるのなら、多少のコストは気にもならないだろう。


 時間と空間を操ることに特化した属性。それこそ不老不死や転移で世界中どこでも行けるような超常の力が手に入るだろう。


「アルバス様が思っているほど便利ではありませんよ。空間を操る魔法ならともかく、時間を操る魔法を自分に使うのは相当な難しいみたいなので」


「そうなんだ。でもそれは大きな進歩じゃないか! ルルアリアがその力をどういう風に使うかは分からない。けれど、力を使えるように努力するのはきっと大切なことだと思うから」


 ルルアリアは王女という人の上に立つ人。だからこそ、彼女自身に求められる力は僕よりもずっと重たいだろう。


 時空属性の選択肢が一つ増えた。それはとても喜ばしいことだ。


「……ま、まあアルバス様に褒められるのは気が悪くないですけど? なんならもっと褒めて欲しいところあったりするんですけど? いやいや、私が言いたいのはそう言うことではなくて……」


 聞き取れないくらいの早口で何かを言ったかと思ったその直後だ。ルルアリアは僕の手をガシッと掴む。


「ほら! 取り敢えず行きましょうアルバス様! というか行きますね! アルバス様が何かを言ってしまう前に!!」


「あ、ちょ! それは反則でしょ!! 自分の立場を分かっているんですかルルアリア王女様!」


「分かっている上での行動です! 転移門起動!!」


 ルルアリアがそう口にするとだ。彼女が掲げた紙が炎に包まれて魔法が発動する。


(……無詠唱? いや、もっとべつの)


 頭の中に浮かんだ一つの小さな疑問。


 それに気を取られている内に僕とルルアリアの身体は王都のメインストリートに転移していた。


「ル……ルル! 手を離さないでください!」

「え!? 何ですかその呼び方は! 気に入りました! これからはそう呼ぶように!!」


 こんな人混みの中、流石にルルアリア王女様とは呼べない。咄嗟の判断で口にした呼び名に、ルルアリアは頬を赤く染めながら喜ぶ。


 ……とまあ、人混みの流れに流されないようにルルアリアの手を掴み、僕は人混みをかき分けて人の少ない方へと行く。


 転移してから早々すごい目に遭った……。でもこんな人混みの中に転移するのは誰も予想出来ないし、特定もしにくいだろう。


 けど油断は出来ない。人混みの中だと範囲が狭まってしまうけれど、索敵音は常に発動しないといけないだろう。


「すっっっごい人ですね。こんなにいた記憶なかったけれどなあ」


「決闘祭前ですからね。決闘祭までは旅行客も含めて盛り上がりますから……。

 それよりも、アルバス様アルバス様! いつもとは違う呼び名に私、感動しちゃいました!! これはアルバス様からの好感度が上がった証拠ですよね? ね?」


 ぐぐいと顔を近付けるルルアリア。


「ち、近いですル……ルル! たしかに前までの僕だったらこんな呼び方しなかったですけれど……」


「きゃあああ!! また呼んでくれました!! やっぱり私の日々の努力は無駄ではなかったということですね!」


 ルルアリアは何か勘違いしているかもしれないけど、僕がルルなんていう呼び方をしなかったのは恐れ多いからだ。


 これはルルアリアの安全のために必要な呼び名であって……断じて祭の熱気に当てられて浮かれた呼び方をしたとかではない。うん。そう言うことにしておこう!


「ふふん! やはり良いことはあるものですね。ではではやりますよ! 屋台巡り!!」


 ルルアリアは僕の手を握り返して、僕を先導するかのように人混みの中へ駆け出していく。

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