第49話 英雄祭の裏側

「……彼には期待していなかったんだ」


 英雄祭プロローグの歓声と熱狂。それからそう離れていない位置に彼らはいた。


 白と金の法衣を身に纏った中世的な顔立ちの男と、もう一人。


 法衣の男はティーポットの紅茶をカップに注ぎながら、もう一人の男へ話始める。


「アイザック・グレイフィールドはアルバス・グレイフィールドほど魅力に感じなかったんだ。高い魔力出力を持つが、魔力総量が並のせいでその才能を活かせず、呪いで上乗せすれば理性を奪われる程度の耐性。

 正味、彼はアルバス・グレイフィールドの劣化に過ぎないと思っていたんだけどね」


 法衣の男は紅茶を啜り話を続ける。その時、一連の動作のため視線を机に向けていた法衣の男が視線を上げた。


「結論として、私はアルバス・グレイフィールドをも凌ぐ天才を生み出すきっかけを与えてしまった。彼の才能は適応力なんだ。私も君もその才能をてっきり見落としていたということさ。なあ、ザカリー」


 視線の先、廃教会の巨大十字架。そこにムカデ型の魔物で拘束されたザカリー・グレイフィールドがいた。


 全身に無数の傷を負った彼は息も絶え絶えに法衣の男へ言葉を投げる。


「その顔……で、私に話しかけるな……ッッ!! 貴様、何者だ!?」


「ああ、そうか。この顔は君の親友のものだったね。かつて君が処刑した親友の」


「なんの魔法だ!? 変幻か、それとも幻覚か!? 私にその顔を見せて何をさせたい!?」


 必死なザカリーに対して、法衣の男は苦笑しながら首元をかく。


「今更君に私の手札を教えるかよ。

 話を戻そう。アイザック・グレイフィールドを利用したのは、屋敷の地下に行きたかったからだ。でも、私の求めている物はなくてね。君に直接聞くことにしたんだ」


 法衣の男が立ち上がる。磔みたく拘束されたザカリーへ一歩二歩と近寄り、右手をザカリーの顔へと伸ばす。


 法衣の男の袖口。その中から赤目のムカデが現れ、ザカリーの顔の前で暴れる。


「アイザック・グレイフィールドに植え付けた物を改良したものだ。より複雑に、より強く、私の意のままに動いてくれる人形になる」


「やめろ……!! それで私に何をするつもりだ!?」


 ムカデがザカリーの口へと近づいて来る。法衣の男は焦るザカリーを目にして笑う。


「英雄祭、それもザイール・フォン・アストレアとアルバス・グレイフィールドの決闘は大きなチャンスなんだ。アルバス・グレイフィールドの音属性、そして前回奪えなかったルルアリア・フォン・アストレアの時空属性を両方得られる機会だからね」


 法衣の男はザカリーの口を無理矢理開けさせ、ムカデを口の中に入れる。ムカデはザカリーの体内深くまで入り込んでいく。


 ザカリーは苦しそうにもがき、目を充血させて声にならない悲鳴をあげる。


「君の働きに期待するよザカリー・グレイフィールド。君を見ていると思うよ。肉体的にも精神的にも衰えたくないね。かつて魔王の側近魔族を倒した男とは、君の子供たちは思わないだろうね」


 ここにも一つ英雄祭への思惑。それもドス黒い思惑が一つ。


 歓声の裏側で人知れず大きな陰謀が動き出そうとしていた。

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