第27話 アルバス、故郷の危機を知る

 冒険者に言われた通り、僕らは馬車の中に入る。馬車の中には三本足のカラスが鎮座していた。


 僕らが入ってきたのを確認してか、カラスの瞳が妖しく赤く光る。


『すまんのぅ。本来なら労ってあげたいところじゃが、そうも言っとれん状況になった』


 カラスから聞こえてくる声はエレノアのもの。いつものどこかおちゃらけた雰囲気は見る影もなく、偉く真剣な声だった。


「私は大丈夫だギルドマスター。アルバス君は……」


「僕も大丈夫ですよ」


 いつもより魔力と体力は使ったけど、まだまだ余裕はある。


 というか激戦を繰り広げたというのにピンピンしているエレインは流石としか言いようがない。


『お主らならそう言うと思っておったが、一応魔法薬も用意した。時間がある時に飲めい。

 さて、本題じゃ。お主らにはグレイフィールド領に向かって欲しい』


「グレイ……フィールド領」


 それは僕の実家、グレイフィールドの領地だ。つまり父とアイザックがいる……。


 極力あの二人に近づきたくないと思う。彼らはきっと僕のことをよく思わないからだ。


 そんな感情が顔に出ていたのか、隣に座っていたエレインが僕の肩に手を優しくおく。


「大丈夫か? さっき知ったがアルバス君、君は……」


「大丈夫です。……グレイフィールド領で何かあったのですか?」


 僕は呼吸を整えて、カラスの向こう側のエレノアへそう聞く。エレノアは僕の声を聞いて、何かを悟っているみたいな息遣いをしている。


『そうか、アルバスという名は……ザカリーご自慢の息子だったか。その辺の話はおいおい聞くとして、結論から言う。グレイフィールド領が燃えた』


「……は?」


 瞬間、僕は反射的に馬車から降りて駆け出そうとしていた。それを止めたのは隣のエレイン。彼女は僕の腕をぎゅっと掴む。


「まずは状況を聞こう。行動の判断はそれからでも遅くないはずだ」


「わかり……ましたっ!」


『アルバスの気持ちも汲んで、簡潔に状況を説明しよう。数時間前、グレイフィールド領で巨大な魔力反応があり、グレイフィールドの屋敷が全焼。

 偶々近くに居合わせたナイトレイ卿によって市民の大半は避難できたが……ここからが厄介でのぅ』


 ナイトレイ卿ということはガラテアのお父さんか。ガラテアに追放のこと話していなかったから、おそらくそれ関係かもしれない……。


 けど前向きに捉えれば市民に被害が出ていないのは良いことだ。ナイトレイ卿は退役したとはいえ、王国でも有数の騎士団、その団長を務めていた方だ。ナイトレイ卿がいたのは不幸中の幸いといったところだろう。


 けどエレノアの声からまだ安心出来ない。市民もわざわざ大半って言ったあたり、何かまだありそうだ。


『グレイフィールド領は現在、魔族によって支配されておる。転移してきた魔族の人数は不明。しかし、中に上級魔族がおるのは確認済みじゃ』


「魔族……どうやって転移してきたんだ?」


 エレインが首を傾げる。


 魔族とは僕ら人間とは違う世界に住む種族の名だ。先天的に魔法を操ることに長け、魔法の練度、魔力量、魔力操作の精度、どれを取っても人間以上のスペックを誇る。


 そんな魔族は虎視眈々と人間の世界の支配を企む者達も存在する。彼らは転移の魔法で人間の世界にくるわけだが、そのためには幾つかの条件があるのだ。


「グレイフィールド領という王都近辺にピンポイントで転移してきたんだ。となると、向こうの世界たけではなく、こちらの世界側から大規模な魔力を出力する何かが必要となるが……」


 転移の魔法は無属性にも存在するが、そもそも簡単に扱えるような物でもない。


 簡単にやってしまうのは時空属性を持つルルアリアくらいだけだろう。あれはビビった。何せ魔法陣を書いた紙や簡単な詠唱だけで人を転移させたのだから。


 無属性版転移の魔法は大規模な儀式が伴う、正真正銘の大魔法だ。それに場所の指定には目印となる魔力が存在しないと、ピンポイントで転移することができないという、不便な魔法なのだ。


 今回みたいな遠隔からの転移では相応な魔力を目印として立たせないといけない。そんな大きな魔力を出力できるような物……ある。


「屋敷の魔力装置。あれを使えば目印くらいにはなるかも」


 グレイフィールドの屋敷にあった魔力装置。魔力を生活インフラに変換できる魔道具だが、あれの魔力量、魔力出力はとんでもなく大きい。


「なるほど、それで転移してきたと。ということは人間側に魔族への協力者がいるということだな?」


『まあ間違いないじゃろう。誰かは見当もつかんが。アルバスには悪いが……』


「分かってます。もしも屋敷の魔力装置を使ったのなら、魔族への協力者というのも絞れるはずです」


 僕は拳を握る。一体誰が?


 魔族を呼び寄せるなんてこと、誰にでも分かる重大な犯罪だ。グレイフィールド家に関わりのある人で、そんなことをする人なんて……。


 いや、そもそもグレイフィールド家は僕を追い出し、三属性持ちのアイザックが次期当主になるから何も問題はないはずだ。そんなことする理由がない。


『犯人のことを今考えたところで、我々には検討もつかぬ。それよりも話さなくてはならないことがある。グレイフィールド領の現状についてじゃ』


 僕は息を呑む。魔族が出て、グレイフィールド領が燃えた。だけど、王都近辺に転移してきた魔族がいつまでもグレイフィールド領に留まるわけではない。すぐにでも王都を攻めに来るだろう。


『ナイトレイ卿の要請もあって、グレイフィールド領全域に結界が張られているのが現状じゃ。魔族共を外に出さんようにな。

 しかし、中にナイトレイ卿と騎士が数名、そして避難が遅れた市民もおる。結界もいつまで持つか正味わからん』


「……なるほど。私に行けということか?」


『正確には竜騎士、お主とアルバスじゃ。アルバスの索敵能力の高さはナイトレイ卿達を見つけるために役立つじゃろう』


 確かに索敵音を使えば広いグレイフィールド領といえど、人を探すのは簡単だ。


 しかし、僕にはとても魔族と戦えるような魔法は持ち合わせていない。無詠唱がどこまでアドバンテージになるのかもわからない。


「私が目立つように行動して魔族を引きつけ、見つけ次第撃破。その間にアルバス君にはナイトレイ卿を探してもらい、見つけ次第避難という形でいいか?」


『それしかないだろうな。一応、近隣の冒険者には声をかけてある。わしもこっちでやることがすみ次第、向かうつもりじゃ。任せられるか?』


「私は大丈夫だ。アルバス君は?」


 エレインの視線が僕に向く。


 魔族と人間の力関係は知識とはいえよく分かっているつもりだ。下級の魔族だとしても、ゴールドランク冒険者が数名いないと倒すのは難しい。上級なんてプラチナやダイヤモンドが相手する敵だ。


 シルバーランクの僕には荷が勝ちすぎる。しかし、生まれ故郷のグレイフィールド領が燃えて、お世話になった人たちが危険に晒されていると思うと、こんなところで引けない気持ちの方が強い。


「僕の父、ザカリー・グレイフィールドと弟のアイザック・グレイフィールドの行方は掴めているんですか?」


『……ザカリー・グレイフィールドは事件が起こる直前、屋敷にナイトレイ卿とおった。ナイトレイ卿の報告によると、ザカリーは行方不明。アルバスの弟も行方が掴めないらしい。屋敷にいたのは確からしいが』


 数秒の間。エレノアの僅かに迷ったような言葉の始まり。話しにくいことだったのだろう。


 父もアイザックも行方不明。


 あれだけ酷いことを言われて追放されたんだ。今更二人を気にかけることなんてない。


 けど、こういう事態を防ぐのが貴族である二人の役目だ。何をやっていたのか聞かなくては。何かあったのか知るくらいの権利、元グレイフィールドの僕にだってあるはずだ。


「分かりました。その二人も探して事情を聞きます。二人は何をしていたのか。何故、こんな事態を防ごうとはしなかったのか」


『それも大切じゃが、アルバス、お主の役目を忘れるなよ』


「はい……肝に銘じておきます」


 グググと拳を握りしめる。なんだろうか、この腹が湧き上がる気持ちは。


「よし、話が決まったのなら私が送ろう。魔法薬を今のうちに飲んでおくんだアルバス君。恐らく、私の方が速い」


「分かりました……って、どうやって送るんですか?」


 僕はエレノアが用意したという魔法薬を口にする。紫色の液体ということだけあって変な味だ……。けど魔力と体力が回復していくのがわかる。


 エレインも兜を外してそれを口にする。そして、兜を嵌める前ニッと笑いながらいう。


「私の魔法でグレイフィールド領まで飛ぶぞ」


 僕の生まれ故郷グレイフィールド領。僕らはそこで起きた事件解決のために動き出すのであった。

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