第28話 ザカリー、屋敷が燃える

「ザカリー、これらの家具は差し押さえさせてもらう。持っていけっ!」


「やめろおおおおお!!! それは私こだわりの家具なんだアア!!」


 グレイフィールド家の屋敷。莫大な借金を背負ったザカリーは今、ナイトレイ卿の手によってあらゆるものを差し押さえされていた。


 高級家具から衣服、魔法の研究成果や資料など。金になりそうな物は片っ端から没収されていく。


「これだけ売ってもまだ残るか……。しかし、この大きさの屋敷を売るにも買い手がつかなさそうでな……」


「地下にあった魔力装置はどうしますか? ナイトレイ卿。かなり大型なので国に提供すればそれなりの金額になるかと」


「私も見たが、あれくらいの大きさになると持ち運ぶのにも一苦労だ。後日、作業者を手配する。さあ、ザカリー、次の部屋だ」


「やめろ! やめてくれ!! これ以上私から物を奪うのはやめてくれええ!!」


「何を言っているんだお前は。我々から金を騙し取っていたのはお前だろう。騎士団にその身体を突き出さないだけマシだと思え!」


「ひっひぃぃぃぃい!!!!」


 ザカリーはナイトレイ卿に引きずられながら屋敷中を駆け回る。


 選抜の時、ナイトレイ卿に連れ出されたザカリーはアルバスを追放したこと、それを隠してナイトレイ卿からお金を借りていたこと、全てを白状した。


 その結果が今だ。


「頼む……これ以上は……」


「何をいうか。……む、あれは?」


 一階の玄関まで降りてきた二人。ナイトレイ卿は荷物運搬のために開けっ放しにされた扉から、彼の姿を見る。


 まるでアンデットが歩くみたいな足取りでゆっくりと歩くアイザックが屋敷に近付いていた。それを見たザカリーがアイザックへ駆け寄る。


「き、貴様アアアアア!! この馬鹿息子ガアアア!!! お前のせいで私の、私の家がなあ!!!」


「待て、ザカリー。彼、様子がおかしくないか?」


 ザカリーに叫び声をかけられて、アイザックがゆっくりと顔を上げる。アイザックはニヤリと口を歪めた。


「なあ、親父ぃ……。何で俺には何も話してくれねえんだ? 本当は俺のこと、次期当主にしてくれないんじゃないか?」


「き、貴様! この期に及んで何を言うか!! ああくそっ! ハズレ属性を授かったのがアルバスではなくてお前だったら!! 私はこんなことにならなかったというのに!!」


 ザカリーのその言葉はアイザックの感情の起爆剤となった。


「やはり!! やっっっぱり! 親父は! 俺じゃなくて兄貴なんだ!! 結局、俺じゃなくて兄貴! 兄貴! 兄貴!!! 四大属性を授かった俺の方がどう考えても正しくて、どう考えても優れているはずなのに!! 親父も兄貴の名前を口にするッッ!!!」


「な、なんだ……! 何が悪いと言うのだ! お前のそういう短絡的なところが! 私の血を継いでいながら、属性以外何も魔法の才能に恵まれなかったお前が! 悪いと言って何が悪いのだ!!」


 ヒートアップしていく二人。それを傍目で見ていたナイトレイ卿は異変に気がつく。


(アイザックとかいう少年……あんなに魔力を持っていたか?)


 選抜の時とは違って、アイザックの魔力が見違えるほど大きい。その異変を察した時、ナイトレイ卿は悟る。


 ここにいるのは危険だと。


「劣っている? 恵まれていない? アハハハハハ!! それは過去の話だ親父! 俺は手に入れたんだよ! 兄貴……アルバスを超える魔力を!!」


 アイザックの魔力が一際大きなると同時、アイザックは詠唱を開始する。


『炎よ! 全てを焼き尽くす業火よ!! 我が眼前にある全てを焼き払い、滅却せよ! 粉塵爆滅!!』


 終わる詠唱と構築を始める魔法。ナイトレイ卿はすぐに詠唱を開始する。


「すぐに避難するんだ!! 間に合うか!? 『光よ! 魔力を遮断し、聖なる守護を我らに与えたまえ! 聖光結界!!』」


 ナイトレイ卿の詠唱と高速の魔力操作技術。ナイトレイ卿が魔法を展開するまで二秒とかからないだろう。


 しかし、アイザックはそれよりも早く魔法を構築。細かい粒子となった魔力が爆発を起こす。


「この威力は……!?」


「や、ヤメロオオオオ!!! こんなところでそんな魔法を使うなあアアアア!!!」


「親父ぃ! これで俺の力を認めてくれるよなあ! アハハハハハハ!!!!」


 連鎖して起こる大量の爆発。


 ザカリーとナイトレイ卿の背後にあった屋敷が爆発とそれで起きた炎で炎上する。


「わ、私の屋敷ガアアアアア!!!! も、燃えて!! う、ウワアアアアア!!!!」


「待て! 待つんだザカリー!! この状況で一人になるのはマズイ!!」


 ザカリーは屋敷の方に駆け寄って行き、爆煙の中に消えていく。


 結界の発動が間に合わず、ナイトレイ卿もまた爆発で傷を負う。


 近くにいたナイトレイ卿の部下達は各々防御姿勢などを取り、爆発から身を防ぐ。


 アイザックはそんな中を幽鬼のような足取りで歩く。アイザックの全身から発せられる魔力が爆発や飛んでくる瓦礫を弾くから、アイザックだけは無事だ。


 そうしてアイザックは崩落して、炎上した屋敷の中に入り、地下へ通ずる道に入っていく。


「ひひひひ……アヒヒヒヒヒ!!!!

 これだ! これがグレイフィールド家の魔力装置だ!!」


「案内ご苦労様。流石はグレイフィールド家次期当主、アイザック・グレイフィールドだ」


 アイザックの背後。暗がりから一人の人間が現れる。中性的な顔立ちに声、ゆったりと幅の広い体型が分からないような服装。


「なあ? これで俺は兄貴を越えられるのか? 兄貴よりも優れているってみんな認めてくれるのか?」


「ああ認めるとも。君が優れていること、誰もが疑わないはずだ。だって、今の君はアルバス・グレイフィールドに匹敵する魔力と魔法の才能を得ているからね。同じ条件なら君の方が優れているのは当然さ」


「だよなあ!! だよなあ!! 俺は優れているんだ……あの兄貴よりも!! 俺の方がずっと!ずっと!!」


「ああ、本当に君は優れているよ」


 影から現れたそれはニヤリと笑いながら、魔力装置を操作し、詠唱を開始する。


『我が魔力は遥か遠く。果ての果てへ、かの者の道を示せ。転移の導』


 魔力装置から膨大な量の魔力が柱となって、空を貫いた。次の瞬間、魔力の柱から数名の影が現れる。


「ここが人間共の世界か。この俺を楽しませてくれるんだろうな?」

「あー早く人殺してえ〜〜」

「人間の皮っていいアクセになるのよねえ。たくさん殺したいわ〜〜」


 現れたのは魔族達だ。そんな魔族達の最奥にいた、一際強い魔力を持った男性の魔族。肩まで伸びた深紅の髪が特徴的だ。


「感謝する。我が名はバラム。上級魔族だ。これには魔王様もお喜びになるだろう」


「いやいや、私と君たちはギブアンドテイクの関係性だよ。君達が王国で暴れてくれた方が私も助かるのでね」


「そうか。だが……こんな人間がいるなんて聞いてないぞ?」


 

 話しながら視線をアイザックへと向ける。


 それはああと口にした後。


「何。彼は必要な人材でね」


「……お前がそう言うなら我々は干渉しない。む!?」


 魔族達が魔力を察知する。次の瞬間、空間に響くような声が聞こえる。


『偉大なる王達の化身よ。異界の来訪者を封じ込め、無垢なる民、我らの国土、その威光で守護せよ! 国土結界:天聖!!』


 聞こえてきたのは国王の声。


 大規模儀式による魔法発動。グレイフィールド領全域を覆う大規模結界だ。


「……人間共に先手を取られたか!」


「やるね国王。私たちはしばらくの間、ここから出ることは出来なさそうだ」


 それは笑いながら口にする。


 だが残された魔族達は不満そうに言葉を投げかける。


「おいどうなってんだ!? 人間を殺せるんじゃねえのか!!」

「話が違うな〜〜! お前から殺されてえか〜〜?」

「いいわね! 先ずはその二人の皮を剥ぐところから始めましょうよ!」


「やれやれ、これだから低脳な下級魔族は嫌いなんだ」


「やめろお前達! ここで争ったところで何も起こらない!!」


 バラムの一声で争いが寸前で止まる。バラムはそれに深々と頭を下げる。


「すまない部下達が。だが、先手を打たれるとは思ってもいなかった、どうする?」


「あの手の結界は時間稼ぎ。時が経てば解除されるさ。それに随分と性急に発動させたんだ、結界の内側に人がいてもおかしくない」


 それの言葉に魔族達の瞳が強く、まるで獲物を狙う肉食獣のように煌めく。


「ほう? そいつらは狩っても?」


「当然大丈夫さ。暇つぶしくらいにはなるだろう」


「了解した。では誇り高き魔族共よ。狩りの時間だ散れ」


 バラムの一言で魔族達は音もなく屋敷の外へと出る。バラムもまた自身の身体が煙のようになって消えていく。


 それは一通り目にした後、やれやれとため息をつく。


「さて、アイザックくん、我々もそろそろ……って完全にキマってしまったか」


「ひひひ、兄貴ぃ……兄貴ぃ!!」


 それとアイザックも屋敷から出て行く。


 この時、その場にいる誰もが知らなかった。このグレイフィールド領にアルバスとエレインが向かっていることに。


 そして、その先で起こる戦いを知る者はまだ誰も……。

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