第29話 アルバス、弟と再会する

「アルバスくん、振り落とされていないかい!?」


「は、はい! なんとか!!」


 僕は今、エレインの背中にしがみついて飛行している。エレインは剣に火属性付与を使い、火を自分の後方に噴出することで飛行しているのだ。


 その飛行速度は速く、必死にしがみついていないと振り落とされてしまう。


「そろそろグレイフィールド領だから速度を落とす。作戦の確認をしよう」


 エレインは飛行速度を落として、空中で一旦滞空する。僕は下を見ないように出発前に立てた作戦を思い出す。


「先ず、僕が上空から索敵。ナイトレイ卿の位置を把握し次第、竜騎士さんが近場で僕を降ろす。

 その後は竜騎士さんが魔族を各個撃破して、時間稼ぎしている間に、僕らはグレイフィールド領から脱出ですよね」


「ああ。恐らくギルドマスターが君たちを見つけてくれるはずだ。では行くぞ!」


 エレインが地面に向けて速度を上げる。雲の上からどんどん下がっていて、眼前にグレイフィールド領が広がる。


 僕はこの時、魔法のみに集中する。音属性魔法を覚えてからずっと使い続けている魔法。それをいつもよりも広範囲に使用するため。


索敵音ソナーサウンド:広域音波』


 響く僕の魔力と音。グレイフィールド領全域という広大な範囲も、全て僕の魔法の範囲内だ。


 報告された通り、グレイフィールドの屋敷はほぼ形も残っていない。領内の至る所にいる魔物とは比較にならないほど大きな魔力反応。


 領内の中央。そこに何人かの反応がある。恐らく、そこにナイトレイ卿がいるだろう。


 そして、グレイフィールドの屋敷があったところ。そこに見覚えのある魔力と、とてつもなく強い魔力があった。


「見つけた……っ! 中央にあるグレイフィールド領の教会に人がいます!」


 屋敷が気になるけど、今はナイトレイ卿のところに向かうのが先決だ。


 エレインは飛行速度を維持したまま教会へ向かって落下する。グレイフィールド領を囲う結界へと速度を落とすことなく。


「ちょちょちょ!! 結界! 結界ありますよ!!」

「大丈夫だ。舌を噛まないように歯を食いしばれ! 着地まで後三、二、一……」


 僕とエレインの身体は結界を素通りして行く。素通りしたのを確認してか、エレインは一段と速度を上げた。


「なんだ!?」

「あの強大な魔力……いい獲物がいるじゃないか」

「アハハ!! 誰があいつらを倒せるか、競争よ!」


 索敵音の効果が継続しているせいで、そんな声が僕の耳へと入ってくる。


「僕らを狙ってきますよ。恐らく」

「あれだけ派手にやったんだ。魔族も馬鹿じゃない。魔族は任せて、アルバス君は行くんだ!」


 エレインに教会の近くに降ろしてもらう。僕は教会に向かう前に、エレインの方を見て。


「ご無事で」


「……君こそ死ぬなよ」


 そう言葉を交わし合って、僕らはそれぞれの道を行く。僕の頭上でエレインが大量の魔力を発したのを肌で感じる。


「誰だ!? これ以上近づくな!」


 教会に向かって走っている時だ。軽装の騎士が壊れかけた教会の扉から出てきて、僕に剣を向けてきた。


 僕は警戒されないよう急ブレーキをかけて立ち止まり、両手をあげて敵意がないことを示す。


「皆さんの救出のために来ました冒険者のアルバスです! ナイトレイ卿はここにいますか!?」


「冒険者だと……? 素性の知れない人間をこれ以上近寄らせるわけにはいかない!」


「いや、大丈夫だ。彼は信頼のおける人物だよ」


 軽装の騎士が警戒姿勢を崩さなさそうだった時だ。教会から腹部を手で押さえたナイトレイ卿が出てくる。


「久しぶりだねアルバス君。元気そうで何よりだ」


「ナイトレイ卿……その傷は?」


「何、大したものではない。治癒魔法もかけてある。救出に来てくれて助かった……」


 ホッとしたのも束の間。近くで魔力が弾ける気配と共に、爆発音が聞こえる。


 どうやらエレインが戦闘を開始したようだ。ここに留まり続けるのも危ないが、傷を負ったナイトレイ卿とその部下、そして市民達を一斉に逃すのは中々にリスキーだ。


 僕一人だけでどうするべきかと考えていると、僕の元に向かって白い鷹がやってくる。あれは確か……。


「ルルアリア王女様の……。どうしてここに?」


 鷹は僕の肩に着地し、足に持っていた魔石を渡してくる。僕がそれを手にすると魔石が紫色に淡く光る。


『ご無事でしたか!? アルバス様!』


「る……ルルアリア王女様!? なんで貴方が……?」


 魔石から聞こえてきたのはルルアリアの声。そんな予感はしていたが、実際に聞こえてくると驚いてしまう。


 それを聞いてなのか、周囲の人たちが若干ざわめき始める。ナイトレイ卿も驚いているようだ。


「何故、君が王女様とご連絡を? 知り合い……なのかい?」


「色々ありまして……おいおい話します。けど、どうしてルルアリア王女様が使い魔なんて?」


『先生……冒険者ギルドのギルドマスターから要請がありまして。協力している状態です』


 ルルアリアの先生ってエレノアだったのか……。先生がいることはチラリと聞いていたけど、まさかあの人だったとは……。


 しかし、これは助かる。ルルアリアの魔法さえあればすぐにでもここから脱出することはできるだろう。


『アルバス様、そして皆様方。只今より王国の魔法で貴方達を安全なところに転移させます。一箇所に集まってください』


 ルルアリアの声は、いつも僕と話す時のような年相応の物ではなく、王女としての威厳と落ち着きに満ちた声だった。


 ルルアリアの指示通り、人々が集まる。その中で白い鷹がそれを見届けると、僕らを囲むように円を描いて飛行を始めた。


『鷹の描く円から出ないようにしてください。では行きます! 転移……』


「アヒャヒャヒャ!! 見つけたぞ兄貴イィィィ!!!!」


 ルルアリアが魔法発動のために詠唱を始めた瞬間だった。


 忘れられない声が教会に響いた。刹那、彼は詠唱を開始する。


『火よ! 集いて、我が敵を撃て! 業火弾!!』


 それは先のデスナイト戦でエレインが使った魔法で、エレインよりも詠唱が遥かに短い。


 それに詠唱から発動までの間も、エレインよりもわずかだけど早い! これでは転移が完了するまでに業火弾が着弾してしまう!


衝撃音ショックサウンド!」


 僕は鷹の描く円から飛び出して、魔法を発動する。衝撃音で業火弾を相殺しようとしたが、業火弾は少し勢いを弱めるだけで完全に消えない。


「威力が高い……! 障壁音ウォールサウンド三連!」


 業火弾の射線上に障壁音を三つ配置。ひとつめ、ふたつめは容易く破られたが、みっつめで完全に相殺する。


『アルバス様! 早く円の中に!』


「そうだ! 彼は危険すぎる! 早く転移の中に!!」


 ルルアリアとナイトレイ卿の言葉が背後から聞こえてくる。


 転移の魔法は直に発動するだろう。ここで一歩下がって、転移するのが賢い選択なのだろう。けれど、出来なかった。


 だって、僕の目の前に立っていたのは追放された僕以上に変わり果てたアイザックだったから……。


「兄貴ぃ! 兄貴ィ!! ようやくミツケタ! ミツケタゾ!!! なあ兄貴! 俺はお前を超えたんだよ!! ようやく俺はお前より優れた魔法使いになれんだよ!」


 アイザックから漂う、デスナイトとルルアリアの呪いの気配。それを発し続けるネックレス型の魔道具。


 アイザックの瞳は僕ではない虚空を見つめていて、アイザックとは思えないほどの大量の魔力が全身から立ち昇っている。


「ルルアリア王女様。貴方の呪いに一つ近付けそうです」


『退いてくださいアルバス様! そこは危険です!! 私の呪いのことなんていいから! アルバス様は生き残ることを……』


「出来ません。そこにいるのは僕の……僕の大切な弟ですから」


 アイザックに……グレイフィールドに何が起きたのか分からない。僕は追放された身だ、関係のない話だろう。


 だけど、弟の異変を目の当たりにしてそれを見なかったことには出来ない。


「彼は僕をご指名です。大丈夫ですよ。心配しないでください。必ず帰ってきますから」


『……ッ!! 必ず帰ってきてくださいね!! 貴方にはたくさん言わなくちゃいけないことが出来たので!!』


 その声を最後に転移の魔法が発動し、白い鷹ごとナイトレイ卿達はその場から消える。使い魔がいなくなったことで、ルルアリアの声も聞こえなくなった。


「兄貴ィ! 兄貴ィィ!! 見てくれよ俺の魔法! 俺はようやく……ようやくお前を越えるんだよ!! 今ここで!! なのにヨォ、兄貴の声が! 姿が! 消えないんだ!! 俺から消えてくれないんだ!!

 だから消えてくれよ!! 兄貴は追放されたんだからさあ!! 俺の前から消え去ってくれよオオオ!!!」


 一層昂るアイザックの魔力。これは僕に匹敵する……いや、出力量だけでいえば僕以上だ。


 短期間でこんなに成長することなんてありえない。魔道具を使っているとしても、これはあまりにも異常な伸び幅だ。


 ルルアリアと同じ呪いの気配を発するネックレス型の魔道具。恐らくそれがアイザックの魔法使いとしての性能を無理矢理上げているのだろう。


「それは精神だけじゃなくて肉体も蝕むような猛毒だ。そんな物を使ってまで、僕を超えたかったのか?」


 答えはない。


 今のアイザックはマトモなコミュニケーションを取れるほど正気を保っていないからだ。


 ただ、おぼつかない足取りで僕に近付いてくるだけ。


「兄貴! 俺はもうお前から魔法を教わることなんて何もない!! 俺の魔法! 俺の属性の前で消えてくれよ兄貴ィィィ!!!」


「分かった……君の気持ちは分かったよアイザック。その気持ち、全部受け止めよう。それが僕の義務だ」


 僕は兄だから……。


 例え、グレイフィールドを追放されても、アイザックと血の繋がった兄弟っていうところは変わらないから。


 母は違くとも、父は同じだから。


 だからアイザックの気持ちは全て受け止めよう。アイザックの言葉も一つ残らず。


 それが今の僕にできる精一杯のことだと思うから……。


「けど、帰りを待つ人がいるんだ。信頼してくれている人達がいるんだ。ここで死ぬつもりも、君を殺すつもりもないよアイザック」


 僕とアイザックの魔力が同時に昂りを見せる。

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