第70話 アルバス、トリスメギストスと相対する

 トリスメギストスが名乗った直後だ。訓練室の中に多くの人が入ってくる。


 黒いローブで姿を覆い隠している人たち。みな手には杖や指輪、腕輪、鎖といった多種多様な魔道具を握っている。


 そしてもう一つ。彼らからトリスメギストスの魔力をわずかに感じる。どうやら彼らはトリスメギストスの手下のようだ。


「さて、アルバス・グレイフィールド。いくら神童と呼ばれた君でも足手纏いを抱えて、どれだけ耐えられる?」


 彼らが一斉に襲いかかる。


 指輪や腕輪が光ったかと思えば、簡単で出力は弱いけど魔法が発動される。なるほど、魔力出力と引き換えに完全無詠唱で魔法を発動可能とする魔道具か……!


障壁音ウォールサウンド!!」


 自分の四方に音の障壁を展開。魔法を相殺する!


「私のことを忘れていないかい? その程度の防御魔法が貫けないとでも?」

『呪いよ、空を覆う黒き鳥となりて敵を穿て。黒鳥レイヴン


 トリスメギストスの正面に魔力で作られた全身がさらに黒くなったカラスが現れる。それは音速にも近い速度で僕へと突っ込んでくる……あれに当たるのは勘弁したいな。


過剰衝撃音オーバーショックサウンド二重奏デュオ!」


 カラスへと攻撃を当てて相殺する。高密度に圧縮された魔力の塊とはいえ、見た限りトリスメギストスの魔力出力は高くない。過剰衝撃音クラスの魔法なら対処可能だ。


「いいのかい? 私の魔法に気を取られていて。君の障壁も長くは保たないだろう?」


 トリスメギストスが言う通りだ。トリスメギストスに魔法戦を仕掛けていたら周囲への対応ができなくなる。


 幸いこの部屋の近くに人はいない。なら多少破壊しても許されるだろう。


「ルルアリア王女様、


「ええ。第一王女わたくしの勅令です。やりなさい」


「御意。——衝撃音ショックサウンド最大出力オーバードライブ!!!」


 手のひらに魔力をためて、周囲を薙ぎ払うように衝撃音を放つ。衝撃音の薙ぎ払いは、トリスメギストスの手下たちを吹き飛ばし、訓練室を破壊していく。


『ギルアアアア!!』


 手下たちを薙ぎ払った後、スカルワイバーンの咆哮が僕の魔法をかき消す。


 あの魔物が別格という僕の予想は正しいか。正直、実力や手札を隠しているとはいえ、トリスメギストス単騎なら相手にできる。


 しかし、あれが付いているとなると話は別だ。あれ込みで戦うのはおいしくない。少なくとももう一人か二人、仲間が欲しいところだ。


「君を正攻法で崩すのは難しいようだ。なので、少し賢しく行こうか」

『呪いよ、奈落よ、深き闇よ』


 ……あの詠唱、僕の勘が正しければ二属性以上の複合魔法の詠唱!


 その詠唱を許すほど僕だって優しくない……詠唱破壊で……。


「アルバス様気をつけて!」


「ッ!?」


『ギリャアアア!!』


 スカルワイバーンが巨大な爪を振り上げ、それを勢いよく振り下ろす。刹那、五つに分かれて放たれる縦の斬撃。それは王城の床と天井を切り裂きながら、僕の方へと突っ込んでくる。


「ルルアリア王女様動きます! 舌を噛まないように!!」


「んん! お願いしますんんむむむむん!!」


 脚に衝撃音を付与。起動させて回避行動。隙間を縫うように回避するが……。


『ギルルルル!!』


「……うっとおしい!」


 スカルワイバーンの骨の尻尾による薙ぎ払いを蹴り返す。スカルワイバーンは僕に魔法を使わせないためか、次々と攻撃を放ってくる。それも僕ではなくてルルを狙うように。


 ルルを守りながらだと対処するのが精一杯。いや、トリスメギストスの魔法まで意識が向かない……!


 ルルを逃すか……いや、彼女を一人にする方が危険。今は僕の側が一番安全なはずだ。


『聖者を逆十字にはりつけよ。聖者に激痛と苦痛、後悔の嵐を。永遠に、永遠に底へと沈んでいけ。奈落の門よ開け。奈落の逆さ十字』


 そしてトリスメギストスの魔法が発動される。瞬間、床がなくなったような感覚。自分が高いところから落とされているようなそんな風景が広がる。


 僕らの周囲を取り囲むのは無数の骨や人の死体、血塗れの手や臓腑。僕の背後には逆十字架に磔にされた人のオブジェ。


 僕らは底なしの深い穴の中を落ちていっている。これがトリスメギストスの魔法か……!


「結界魔法!? あんな短時間で! 気をつけてくださいアル……バ……」


「ルルっ!?」


 手を離していないはず。なのに両手で抱えていたルルが霧のように霧散した……!?


衝撃音ショックサウンド!」


 衝撃音を周囲に放つ。衝撃音は骨や死体に当たり、それを容易く砕くが、すぐにそれらは再生してしまう。


 ……やられた。これはもう結界の中。僕の響音室は僕の強化や相手の妨害に特化させるため、対象を閉じ込めたりはしない。だから結界としては少し邪道だ。


 正しい結界というのは今まさに、僕が喰らっているこれのことを言うだろう。


 相手を拒絶したり、閉じ込めたりする魔法領域。それが正しい結界だ。


 ルルと僕を隔離するために、一旦僕たち二人を結界に閉じ込めた後、魔法の使用者であるトリスメギストスがルルだけを外に出したのだろう。


 恐らく、手下もスカルワイバーンも全部わかりやすいブラフ。本命はこの魔法……全く厄介なことだ。けれど。


「この程度の策で僕を出し抜いたつもりかよ……!」


 強固な結界であることは認めよう。


 結界構築までの流れには素直に感服した。僕にはできない芸当だ。トリスメギストスは魔法使いとしての性能はともかく、経験値はずば抜けて高い。


 けど、僕のやることは変わらない。ルルが攫われたのなら見つけ出すだけ。すぐに追いついてみせる。


「すぐにこれをぶっ壊す……!」


 僕はさらに魔力を昂らせる。頭に血が上りそうなほどの感情の昂りが、僕の魔力をさらに強めていくのであった。

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