第71話 英雄祭は混沌と堕ちていく①
「これでアルバス様と私を引き剥がした……ということですか」
「その通り。君の身体は傷つけるのは忍びない。大人しくしていてくれると助かるね」
ルルアリアは背後にある巨大な黒い球体を背に、目の前のトリスメギストスを睨みつける。
部屋の七割を埋め尽くすような黒い球体。表面は金属のように光っており、触感も金属のそれと同じ。硬く、とても壊せそうにはない。
ルルアリアの目の前にいるのはトリスメギストスとスカルワイバーン。アルバスでさえ一筋縄では行かない強敵だ。魔法使いとしての能力や経験が乏しい彼女が適う道理はない。
だからルルアリアは……。
「降参です。貴方にはどう足掻いても勝てなさそうですし、足止めしているんでしょう? 大兄様たちも」
ルルアリアは潔く両手をあげて降参の意を示す。勝ち目がない上に、これ以上戦うのは得策ではないという判断だ。
その様子にトリスメギストスは小さく笑う。
「話が早くて助かるよ。念の為だ、少し乱暴になるが君は拘束させてもらうよ」
「……っ!」
トリスメギストスの法衣。その袖口から現れたムカデ型の魔物にルルアリアは全身を縛られる。トリスメギストスはルルアリアを自分の手元に引き寄せて、自分の側に置く。
そして、そこでようやく気がつく。
まだルルアリアの瞳に闘志が宿っていることに。彼女の戦う意思はまだ一片たりとも萎えていない。むしろ、黒幕に自ら近付けた。そのことに勝機すら覚えているようなそんな瞳。
「この状況下で何とかなるとでも思っているのかい? アルバス・グレイフィールドが施した付与魔法とはいえ、時間をかければ解除可能だ。次は声を出なくするなんて回りくどいことはしない。直接、その属性をいただく」
「やはり、私の属性が目当てですか。ですが……やるなら急ぐことです。今日が貴方の命日になる前に」
「おいおい。まさか君は……いや、君たちはここから勝つつもりなのかい? この状況で」
頼みの綱であるアルバスは結界に閉じ込められている。
王城の外も中もトリスメギストスの手下たちによって大混乱。
数分後には自分の属性が失われているかもしれない……そんな中。
ルルアリアはわずかに笑ったあと、こう返す。
「勝ちますよ」
たった一言。これ以上になく簡潔に。
その言葉を聞いて、スカルワイバーンが翼を大きく広げる。トリスメギストスの表情が一瞬だけ曇り……その後、いつも通りの表情に戻る。
「なら見せてもらおうか。何、万が一アルバス・グレイフィールドが来たとしたら、その時は彼の属性も奪うまで」
スカルワイバーンが飛び始めた直後だ。
銃声と共に魔弾がトリスメギストスを狙う。しかし、魔弾はトリスメギストスが全身に纏う魔力に阻まれてしまい霧散する。
「君には興味ないんだけどね。ザイール王子。随分と早い到着じゃないか」
「あの程度の魔物で俺を食い止められると思ったら大間違いだ。ルルアリアの呪い……解いてもらうぞ!」
「大兄様!」
ルルアリアとトリスメギストスの下に駆けつけたザイールはそう口にしつつ、魔銃の銃口をトリスメギストスへと向ける。
魔銃から姿勢制御用のアンカーが飛び出し、ザイールを固定。魔力が銃口へと集まっていく。
「魔砲……解放!」
ザイールが持つ最大の一撃。
ルルアリアも巻き込むような魔力の奔流がトリスメギストスを襲う。トリスメギストスに到達する数秒前。スカルワイバーンが口を大きく開き、魔力を収束させる。
「撃て」
『ギルルルルルルアアアア!!!!』
トリスメギストスの命令と共にザイールと同等の魔力の奔流が解き放たれる。ぶつかり合う二つの魔力。
二つの魔力は弾け飛び、相殺し合う。トリスメギストスはその様子を見て、ニヤリと口元を歪ませた。
「やるじゃないか。まさか君がここまでの魔法使いだとは思っていなかったよ」
「まだだ……! いつ俺の手札がこれだけだと言った? 魔弾解放:
四方に飛んでいた魔弾。
ザイールは魔砲と共に仕込んでいた。四発の魔弾を。そしてザイールの言葉と共にそれは解き放たれる。
トリスメギストスを囲うように発動する射出壁。トリスメギストスは笑みを崩さないまま、袖口を射出壁へと向ける。
袖口から勢いよく飛び出してきたのはルルアリアを拘束している魔物と同じ、黒いムカデ型の魔物。それは瞬く間に四方の射出壁を砕いてしまう。
「……召喚と使役魔法か!」
「ほう、詳しいじゃないか。だが、その様子だと私の属性がなにか見当はついていないみたいだね」
召喚と使役。この二つの魔法は主に無属性に分類される。魔物との契約や召喚は属性を使わずとも使用できる。
これだけではトリスメギストスの属性を絞り込むことは不可能。ルルアリアを救うか、トリスメギストスの属性を明かす……それがザイールの目的。
「君程度に私の属性を見せるわけないだろう。ただの天才なだけの君に」
「言ってろ。俺はルルアリアを取り返す!」
魔弾で牽制しつつ、ザイールは探っていた。トリスメギストスの隙を。
一つ大きな隙さえ見つけられれば、トリスメギストスからルルアリアを取り戻せる。ザイールはその隙ができるのを待つ。
だが、トリスメギストスはそのザイールの予想を超えてくる。
「君の相手はそうだなこれがいいだろう」
瞬間、トリスメギストスの背後から無数の蝗が出現する。蝗の一体一体が通常ではあり得ないほど大きく、またトリスメギストスの魔力によって強化されている。
魔弾では蝗を一撃で殺しきれず、トリスメギストスとルルアリアの姿は蝗の群によって消えていく。
「待て! トリスメギストス!!」
「そう言われて待つとでも? じゃあね第一王子。君は指を咥えて見ているといい。君の妹が属性を奪われたその後の世界を」
「大兄様!! 私のことは心配なさらず! どうか今はこの状況を……!!」
ルルアリアの声が最後まで紡がれることはない。無数の羽音と魔力にかき消され、気配すら消えてしまう。
無数の蝗がザイールへと襲いかかる……!
「……邪魔をするな!
ザイールは魔獣を構え直し、自ら蝗たちの元へと突っ込んでいく!
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