第72話 英雄祭は混沌と堕ちていく②

「なるほどな。これで私を足止めというつもりか」


 王都上空。竜騎士エレインは魔法で滞空しつつ、目の前にいる五体の翼竜を見る。


 色とりどりの鱗と甲殻を持ち、口から吐き出す吐息に火や水、風、土、雷が混ざっている翼竜たち。


 エレインはそれを見据えながらゆっくりと剣を抜く。


「だが少し舐めすぎだぞネームレス……いや、トリスメギストス。これでは足止めにも……っ!?」


『そうさ、知っているさ。だからこそ君には切り札を使う』


 トリスメギストスの声と共に不気味な魔力が空を満たす。空は瞬く間に赤く染まり、翼竜の頭上に黒い孔が生まれる。


「これは……魔界の門!!」


『ご名答。グレイフィールド領でいい記録が取れてね。それを元にして作り出した私の魔法さ』


 エレインは驚きはしない。話に聞くトリスメギストス。ルルアリアに呪いをかけ、アイザック・グレイフィールドを唆し、グレイフィールド領に魔族を呼び込んだ魔法使い。


 彼ならそれくらいのことはやってのけるだろうと。魔界の門から現れるは魔族。背丈こそ違えど、皆全身に鎧を着込み、兜で顔を覆い隠している。


 大槍や大剣、弓、大斧。持つ武器は様々、しかもエレインがグレイフィールド領で戦った下級魔族とは比べ物にならない魔力を放っている。


「魔王様とトリスメギストス殿との契約通り、竜騎士エレインの処刑を執行する」


「覚悟しろ竜騎士。よもや忘れたとは言わせん。一年前、我らの空を蹂躙したお前のことを」


「お前を倒し、今度こそ人間界侵攻の足掛かりとする。この空は我らの空だ」


 エレインに向けられるのは憎悪と怒りの感情。エレインは兜の下で目を閉じ、そっと一年前のことを思い出す。


 そう、一年前。エレインがまだ竜騎士とも、黒い宝石ブラックダイヤモンドとも言われる前のこと。


 彼女はある戦いをきっかけに英雄となった。その時、無数の翼竜と無数の竜を駆る魔族と戦ったのだ。彼らはその生き残りだろう。


「侵略者が随分と偉そうに。何度来たって同じだ。ここは私たちの空。そして、私は竜騎士。君らに負ける通りなどない」


「ヒィィィィヤッハアアア!!! 何か知らねえけどヨォ!! お前を殺せばいいんだろう!? 一番槍は俺がもらうぜ!!」


「おいよせ! 無闇に突っ込むなやられるぞ!」


 火の翼竜を駆る中級魔族がエレインの元に超高速で突っ込む。エレインは静かにゆっくりとした動作で両手を前に突き出す。


『火よ、全てを噛み砕く顎となれ。火噛砲かごうほう


「……へ?」


 刹那、宙に生まれる巨大な炎の竜の顎。火の翼竜は火を操る以上、火への耐性が強い。それは乗っている中級魔族も同じ。火属性魔法のエキスパートである彼は確かに火属性への耐性はあるだろう。


 しかし、そんな耐性など彼女の魔法の前では塵に等しい。


 彼女の火噛砲は一切の抵抗も、悲鳴すら上げることを許さず、翼竜と中級魔族を飲み込み灰に変えてしまう。


「翼竜は確かに火属性への耐性が高い魔物だ。しかしそれがどうした? 君たち程度で私の魔法を対策しようなど夢を見過ぎだ」


「油断するな! 下手に近付かず陣形を組め! 遠距離で一気に畳み掛ける!!」



 その言葉と共にエレインの姿が消える。次の瞬間には一人の中級魔族と翼竜がバラバラになり、炎で灰になるまで燃やし尽くされる。


「君たちの動きなど止まって見えるぞ」


「そうか。ではこれはどうかな?」


 響いた声は中級魔族のものではない。


 空中にいくつもの赤黒い棘が展開される。エレインはそれを反射で斬り落とそうとするが、寸前のところで剣を止める。


 本能がそれを止めたのだ。エレインは飛行し、棘と距離を取りつつ、現れた人影を見る。


「竜騎士様! 彼はもう詠唱を終えています! 気をつけてください!!」


「魔法の発動時間中か!」


「その通り。やはり君はアルバス・グレイフィールドに匹敵するほどの危険因子だ。一押しは欲しいね」


 スカルワイバーンとトリスメギストス。そして拘束されたルルアリア。


 ルルアリアが敵の手に落ちているのを見て、幾つものの予想を張り巡らせるエレイン。アルバスの敗北、アルバスの死亡など。


 しかしすぐに思考を切り替えて、彼女は魔族と棘、そしてトリスメギストスを見据える。


 棘には強力な呪いが仕込まれている。命中はおろか、迎撃のために触れるのすら危険だろう。


 追尾するそれを相手にしながら、魔族たちと戦うのは流石にエレインとしても厳しいものがある。エレインは高速で飛び、両手を前に突き出して詠唱を開始する。


『天火、白い丘、世界の卵、涯てとの境界』


「特殊詠唱か! この魔法を正面から喰らうのは美味しくないね」


『ギリャアアア!!!』


 トリスメギストスの言葉に応じてスカルワイバーンが咆哮を上げながら飛行を開始する。


「回避運動! やばい魔法がくるぞ!!」


『竜華の火炎』


 刹那、魔法は解き放たれる。蒼色の火球。それは花びらのように拡散し、棘や魔族、トリスメギストスを燃やし尽くそうと暴れ回る。


 かすっただけで棘は燃え尽き、同じく中級魔族もかすっただけで全身が蒼い炎に包まれて灰になっていく。


 中級魔族と翼竜は全て、悲鳴すら……否何が起きたのか判断する余裕もなく燃やし尽くされる。


 残るのはトリスメギストス。しかし、トリスメギストスを囲うように無数の蝗が展開されてトリスメギストスを炎から守る。


「やはり用意して正解だったよ。アルバス・グレイフィールドさえ足止めしてしまえばこれは有効になると踏んでいてね。実際その通りで助かったよ」


「……そうか、物量による防御、妨害、攻撃を備えた群体型の魔物。確かにアルバス君の爆音波ならすぐに解決するな」


 ここでエレインはアルバスの生存を確信する。足止めと言っている以上、王城にさえ辿り着ければ、アルバスを解き放つ手段があるということだ。


「これが空を覆い隠し、我々をも覆い隠す。君に追ってこれるかな? その姿の状態で」


「いいや。私でなくとも良い。私と実力が離れているアルバス君を随分と警戒しているみたいだな。この状況は苦し紛れの一手だろう?」


 エレインの言葉が突き刺さったのか、トリスメギストスの顔から笑みが消える。


 トリスメギストスはエレインのことをアルバスに匹敵する危険因子だと言った。


 しかし普通に考えればその評価は逆であるはず。アルバスがエレインに匹敵する危険因子と評するのが普通だろう。


 何故なら冒険者として、魔法使いとして、格上なのはエレイン。アルバスとエレインでは互いの実力に大きな差がある。


 それはトリスメギストスも知るところだろう。なら何故同列に扱ったのか。


 恐らくその理由は……。


「お前は用意できなかった。アルバス君に対する決定的な対策を。天敵を前にして、自ら姿を現し、自らの手札を切ることでしかお前はアルバス君を止められなかったんだ」


「……さあね。それは君の憶測だろう? いいさ、どのみち苦し紛れとはいえ、流れは私の方にある。この流れに乗るだけさ、私はね」


 そう言って今度こそ完全に気配が消えてしまう。エレインはそっと目を閉じた後、両手の剣の炎をより強める。


「少しは先輩らしいところを見せるべきか。アルバス君の解放からだな」


 そう口にしてエレインは王城へと飛行を開始するのであった。


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