第34話 アルバス、上級魔族を蹂躙する
「この魔力は……アルバス君なのか?」
グレイフィールド領内。エレインは魔族と戦いながら、その魔力を全身で感じ取る。
アルバスの魔力はトレインの時とデスナイトとの戦いの時に感じ取っている。だからこそ、エレインはその違和感に気がつく。
魔力の量も質もアルバスと似通っているが、アルバスとは思えないほど圧倒的な、尋常ではない魔力だと、エレインは思った。
「余所見してる暇があるのか!? オンナァ!!」
エレインの隙をついたと思った魔族は、次の瞬間には首から上が消失していた。エレインの目にも止まらぬ高速の突きによって、頭が消し飛んだのだ。
エレインは仮面の中から残った魔族を見る。
残った魔族は五人。彼らの魔力を全て合わせても、アルバスの今発している魔力には及ばないだろう。
アルバスの身に何が起きたのか、それを早く確かめなければならない。グレイフィールド領内、否、結界を通り越して外まで広がっていく魔力の方が、魔族よりも遥かに異常事態だ。
ここで魔族に構っている時間などない。
「退けお前ら」
エレインの声が一段と低くなる。次の瞬間、エレインの剣に付与されていた炎が色を変える。紅と蒼の二色に。
「忙しいんだ、早くそこを通してもらう」
王国最強の冒険者。竜騎士。
彼女が見せた本気に、魔族達は一斉に構えた。
*****
バラムは目の前に立っているアルバスに底知れない恐怖を覚えていた。
「なんだそれは……! なんだその魔力は……!! 貴様一体何者だ!?」
バラムは叫ぶ。アルバスに向かって。
その叫びに応えるように、ごうっと風が吹き荒れた。一瞬遅れて、ギィィィンという甲高い音と共に周囲にあった物が粉砕されていく。
アルバスは先ほどまでとは明らかに様子が違っていた。殆ど残っていなかったはずの魔力は、今となっては底すら見えない物になっている。
白い髪はバラムの真紅の髪よりも鮮明で、濃い赤に変化していた。
「……すぞ」
アルバスが口を開く。
次の瞬間、アルバスから大量の衝撃波が吹き荒れる。バラムはそれを魔力でガードするが、余りにも強い衝撃波に幾つかの骨が粉々に粉砕された。
「……ガッ!? ば、馬鹿な!! 人間風情がこの俺に手傷を負わせるだと!? いや、そ、それよりもだ!!」
バラムはここで確信する。
齢二十にも満たない少年、魔力量だけではなく魔法の威力さえも、自分では足元にも及ばないだろうという事実に。
最初、アルバスとエレインがここに来た時、バラムは脅威になるのはエレインただ一人だけだと思っていた。アルバスのことなんか歯牙にも掛けなかったのだ。
しかし、今はどうだろうか?
底知れない魔力、魔族の防御を軽々しく貫通し、無詠唱で解き放たれる魔法、死にかけのうさぎが今となっては龍にも思えてしまう。
「み、認めんぞ!! 俺が人間に屈することなど!!」
上級魔族としての誇りがバラムを動かす。バラムは魔法の詠唱を開始する。
『死霊の騎士よ! 今汝らに戦場の愉悦と戦果をくれてやろう。いざ冥府より参れ。
地面に黒い穴が二つ。そこから這い出るようにデスナイトが二体現れる。
バラムは立て続けに魔法を詠唱する。
『闇よ、呪いよ! 彼らに力を与え給え!
一つの詠唱で二つの魔法を発動する高等技術。上級魔族ならばこれくらい簡単なことだ。
デスナイトの全身に闇属性と呪縛属性、二つの属性が付与されて強化される。
それはアルバスとエレインが鉱山で戦ったデスナイト、それよりも僅かに強い。それが二体もいる。
「デスナイト行け!! 奴の首を叩き落とせ!!」
デスナイト達が駆け出す。アルバスに目掛けて。
それに対してアルバスは幽鬼のようなゆっくりとした足取りだった。一歩、二歩と進み、デスナイトの間合いへと入っていく。
「自分から間合いに入るとは馬鹿め! そのまま死ねぇ!!」
デスナイト達が騎士剣を振り上げる。その瞬間だ。アルバスは顔を上げ、たった一言。
「じゃま」
言葉が終わる頃、そこにデスナイトの姿は存在しなかった。骨どころか、デスナイトが纏っていた鎧や剣、盾まで一瞬のうちに、超音波振動で跡形もなく消滅したのだ。
「俺の……エンチャントだぞ? アンデットでも上位のデスナイトを一言? いや、そもそもなんであいつは詠唱していないんだ!?」
詠唱は魔族であってもしなくちゃならない。
詠唱どころか魔法名すら唱えず、魔法を発動するのは上級魔族、否それよりも上の存在ですら不可能だ。
それを目の前の少年はやってのけた。無詠唱だというのに、魔法の威力や精度、何もかもを弱体化させずに。
バラムは恐怖のあまり一歩下がる。その時、バラムは気がついた。自分が人間相手に一歩下がったということに。そして、いつもの口調が崩れはじめていることに。
「この俺が人間に下がる!? ありえん!! 俺は上級魔族だ!! こんなやつに覚える恐怖などない!!」
バラムは魔力をさらにたぎらせる。そして、魔法ではない、一部の魔族や一部の種族にしか使えない奥義を口にする。
「魔力解放!!
魔力解放。魔法とは似て非なる奥義にして異能。
生まれつき強い魔力を持つ者、数多の属性を操る者、人とは変わった得意な属性を持つ者。そんな存在達が使える、魔法を超えた幻想。それが魔力解放だ。
上級魔族。その中でも一際武闘派であるバラムは、生まれつきそれを持っていた。無存在の騎士団。バラムの周囲に、見えず、感知することができないバラムと全く同じ魔力と実力を持った分身体が複数現れる。
「お前ら人間には使うことすらできぬ奥義だ! 先ほど、お前の弟を切り裂いたのはこの技!! 先は1体だけだったが今は違うぞ!! 30の見えない分身がお前を襲う!! 覚悟しろ人間!」
間合いの外側なのにアイザックを切り裂いたのは、バラムによって生み出された分身だ。バラムは常に1体は分身を維持しており、敵に合わせてその分身を自在に増やせる。
最も、その分身も30が限界。それ以上はバラムの腕では不可能だ。
バラムの分身が一斉に音もなく、姿もなく、アルバスに襲いかかる。
「お前がどれだけ魔力を持っていたところで所詮は人間!! そこのボロ雑巾と同じく、お前も死ぬんだよオオオ!!」
「ぼろぞうきん……?」
その言葉は絶対に言ってはいけない言葉であった。その言葉さえなければバラムの命はもう少し長かっただろう。
それはアルバスの逆鱗に触れる言葉だ。
「それは……」
バラムの分身がアルバスに殺到する。
アルバスには無論、見えていないし感じてもいない。このままでは一方的に斬り刻まれるだろう。
しかし、そうはならない。そんな現実起こりようもない。
「アイザックのことを言ったのか!!!?」
アルバスの激怒の声。それが魔法の引き金となる。
アルバスよりやや離れていたバラム本体は幸運だった。何故なら、瞬く間にして分身は消滅していたのだから。
もし、分身が見えて、感じることが出来たのなら、そこは地獄絵図だっただろう。
幸いにも魔力で作り出された存在だから、その惨状は誰にも知覚されることなく消滅する。
バラムはただ一瞬にして、自分の分身が全て消えてしまった。それを感じることしかできなかった。
「ひ、ひぃ!? お、俺の分身が……!? そんなはずはない!! あいつらは俺と同じ強さなんだぞ!!」
魔力解放、無存在の騎士団。それはバラムと同等の分身を生み出す。魔力量も魔力出力も、剣技も身体能力も戦闘経験値も、そして耐久度も全てバラム本人と同じ。
それが一瞬にして30体もやられた。つまり、バラムにはアルバスの攻撃を防ぐ手段がないということを示している。
「ぐっ……クソッ!! まだだ! まだ終わらんぞ!」
バラムは魔法の詠唱を開始する。そう、まだアルバスを殺す手段は残っている。魔法でも当てることさえできれば、アルバスを殺すのは容易い。それがバラムの判断だった。
『闇よ……ッ!?』
しかし、そんな淡い希望さえ、アルバスの前では無意味。
「みみざわりだ、おまえのこえ。
バラムは口をパクパクとさせるだけで、詠唱をすることができない。
音属性魔法、消音。普段のアルバスでは使うことができず、アルバスが知識として持っているだけの音属性の奥義。
それは詠唱破壊のさらに先にある魔法で、効果は対象から発せられる全ての音を消失させるというもの。
無論、声も消えてしまうから詠唱も無効化される。
「魔族」
アルバスの瞳がバラムを射抜く。そんな中でバラムは確かに死の恐怖を覚えた。
——ああ、俺は数秒後に死ぬ。
そう思った瞬間だ。今際の際に聞いたのは、少年の声。
「しね」
その瞬間、バラムはアルバスに関わったこと、自分がすぐに逃げるべきだったこと、そもそも人間界に来るのではなかったこと、色々な出来事を後悔しながら、その生命活動を止めた。
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