第33話 アルバス、上級魔族と邂逅する
ああくっそ最悪だ。
僕は心の中でそうぼやく。
アイザックと戦って、僕はこれ以上ないくらいに消耗していた。魔法どころか指先一本満足に動かせない。
だと言うのに目の前に現れたのは正真正銘の魔族。それもとんでもない魔力量。エレノアが言ってた上級魔族とはこいつのことだろう。
190を超えるだろう身長。それよりも長い大太刀を片手で持っている。肩まで伸びた深紅の髪が目を引く。
「力をもらったから少しはやるかと期待していたが、たかが人間一人に負けるようでは所詮人間だな」
「て、てめえは……おい! あいつはどこにいる!?」
アイザックは目の前の魔族を知っている様子だった。しかしあいつとは一体誰のことだろうか?
「ふん、我らの協力者なら既に消えた。後は好きにやれと言い残してな」
協力者……! エレインやエレノア、僕が予想した通り、魔族を呼び寄せた奴がこの裏にはいる!
そして恐らく、その協力者がアイザックに魔道具を渡した人間だろうと推測する。
そう思うと、はらわたが煮えくりかえるような気持ちになる。何だろうか……この気持ちは。
「ということで我も動くことにした。ウォーミングアップに、先ずはお前達を血祭りにあげてやろう」
魔族が大太刀を抜く。彼の髪と同じ深紅の刀身が特徴的な。
彼は大太刀を両手で構えながら名乗りを上げる。
「我は気高き、上級魔族が一人バラム! 人間どもよ恐怖せよ! 蹂躙してやろう」
名乗りと同時に解き放たれる魔力。
それは僕が今まで見てきたどんな物よりも強大で不気味な魔力だった。
僕以上の魔力量。先のアイザックを超える魔力出力。疲弊しきった僕らでは勝ち目どころか、数分後の生存すら絶望的だ。
それでも退けない……!
「なに、僕の弟に手を出そうとしているんだ……!」
「あ、兄貴!? 無茶だやめろ! 兄貴はもう立っているのですら限界じゃねえか!!」
アイザックの言う通り、立ち上がるので精一杯だ。ここから魔法なんてとてもじゃないが使えた物じゃない。
それでもやらなくちゃいけない。そんな単純な使命感だけが僕を突き動かす。
「無茶も無理も百も承知だ。それでも僕は戦わなきゃいけない。アイザックを守るために。だから絶対にここは退けない」
「な、んで……。俺がやったこと分かってるだろ兄貴ぃ!! 俺なんか見捨てて、さっさと逃げろよ!」
「さっきも言ったはずだ。あれは君の罪じゃない、僕の罪だって」
これは贖罪なんだ。
故郷をこんな風にした。魔族を呼び寄せた。多くの人を傷つけたアイザックの、そのきっかけを生み出した僕の。
ここで逃げてたら、僕はまた同じことを繰り返す。それだけは絶対にごめんだ。
「アイザック、君こそ——」
「話は済んだか?」
君こそ逃げるんだ。そう言おうと思った刹那だ。
僕の足元に血が流れる。
アイザックの胸元を十字に斬りさいた傷が出来ていたのだ。
「……ガハッ!」
アイザックは血を吐き出す。
何が起きた? この一瞬で何をやられた? いやそもそも、何でアイザックが斬られている?
そんな疑問が頭を覆い尽くし、僕が口にしたのはたった一言。
「どう……して」
「死にたがりから引導を渡してやろうと思った。それだけのことだ」
声が聞こえる。視線が声の主へと向く。
「ハハハ!! 何だその目は? この世は弱肉強食だ。我を前にして立ち上がったお前は評価してやろう。しかし、力を貰いながら無様に倒れている奴なんか、死んで当然だろう?」
「あ、兄貴……」
僕の足元から声。僕はすぐにしゃがんでアイザックを抱える。
「兄貴……悪かったよ」
「喋るなアイザック……! 静かにしていろ!」
ポーチから治療用のポーションを取り出して、次の瞬間その瓶が割れる。中に入っていたポーションが、アイザックとその周りに飛散する。
「みすみす治療をさせるとでも?」
次の瞬間には僕のポーチが器用に斬られて宙を舞う。一体なんなんださっきから!?
何が起こっているっていうんだ!?
「兄貴、俺のことは背負うな。お前はもう、グレイフィールドじゃない。馬鹿な俺たちのことなんか見捨てて、遠いところまで行っちまえよ」
アイザックの手が僕の胸に触れる。アイザックは途切れ途切れの声で詠唱を始める。
『水よ、生命を司る水よ。我らに癒しを。
治癒系魔法が発動し、僕とアイザックの傷を少しだけ治療する。
その直後、グッタリとアイザックの手が地面に落ちる。その中でアイザックは消え入りそうな声で言う。
「兄貴……頼みだ。あいつらをぶっ飛ばせ」
その言葉を最後にアイザックは意識を失う。数滴のポーションとアイザックの魔法のおかげで、かろうじてアイザックは息をしている。
はらわたが煮えくりかえるどころの騒ぎじゃない。全身の血液が今にも沸騰しそうだ。
「殺し損ねたか。弱い奴ほどこうも生きたがる。まあ良い、後から部下に渡せばあいつらも少しは我に従うようになるだろう」
背後で誰かが何かを言っている。そんな言葉がどうでも良くなるほど、僕は自分の気持ちが抑えられなくなっていた。
「それよりもだ人間。お前は強い。どうだ? 我達の同類になってみるつもりはないか? お前ならきっと上級の名を冠することができるだろう。そこの惨めな弱者と違ってな!」
その言葉が引き金となった。
僕はその言葉を最後に、自分の理性が弾け飛び、意識は闇の中に堕ちていった。
*****
その瞬間、グレイフィールド領内否、結界の外側で待機していた人々もそれを感じた。
数多いる人々、魔族の中でもそれを知っていたのはただ一人。結界の外側で待機していた冒険者ギルド、ギルドマスターエレノア・ヴィ・フローレンシアだった。
エレノアは視線を手元の資料に落とす。
「そうか、ザカリー。アルバスが、彼女の子供なんじゃな」
まるでそれは何かを懐かしむような声だった。
ごうっと吹き荒れる魔力。エレノアはその魔力に髪を揺らされながら呟く。
「初めてアルバスを見た時、似ても似つかぬと思うたが、瞳は彼女とそっくりだったなあやつ」
エレノアはアルバスと出会った時のことを思い出して、静かに笑う。性格も、顔も、髪の色も、アルバスの母親とは似つかぬところばかりだったことを。
「彼女の血が目覚めたというなら一件落着じゃな。こいつは後処理が面倒なことになりそうじゃ」
エレノアは後処理のことを考えてぼやく。
心配することはそれだけ。魔族がいる? 上級魔族も中に混じっている?
だからどうしたというのだ。あの中には王国最強の冒険者竜騎士と、王国歴代最強の女騎士の息子がいる。上級魔族程度に遅れなんて取らないだろう。
「見せておくれよアルバス。ソフィ。お主たちの力を。音属性のその深奥に存在する第二の属性の力を」
エレノアは空を仰いでそう口にする。エレノアの頭上では満月が煌々と輝いていた。
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