第32話 アルバス、アイザックと決着をつける

魔力増強ブーステッドマナ+貫通魔法ペネトレイトマジック


『収束、圧縮、我が内側で荒ぶり、その力を高めよ』


 魔法の重ねがけと詠唱が同時に響く。


 僕は残された魔力を振り絞り、魔法を発動させていく。全てはたった一撃のためだけに。


過負荷魔法オーバーロードマジック+限界突破リミットブレイク


『輝け、輝け、輝け。我が魔力を糧に焔よ、輝き照らせ』


 多数の魔法を重ねがけする度、意識が飛びかける。全身から力が抜けていくのを感じながらも、必死に堪えてアイザックを見据える。


 アイザックもまた呪いと魔力を増大させている。アイザックの身体の前で集まる炎。凄まじい魔力だ。この一撃だけはエレインやエレノアにだって届きうる物となるだろう。


 今から僕はその魔法に挑む。文字通り、僕の使える全てを使って。


魔力暴走バーンアップマナ


『焔よ、全てを照らし、飲み込む王となれ』


 魔法の重ねがけと詠唱が終わる。


 一度、僕らの周りから音が消えて、次の瞬間、僕らの魔力がこれ以上なく荒ぶる。


 アイザックは右手を空に向かってあげる。アイザックの目の前にあった炎は巨大な火球となっていた。それを見て、僕もまた構える。


 言葉も合図も必要なかった。僕らは同時に魔法を発動する。


爆音波バーストサウンドッッ!!!!」


煌炎熱波プロミネンスブラストッッ!!』


 炎と音が僕らの間でぶつかる。


 数多の魔法を重ねがけして、ようやく僕が少しだけ押している。しかし、僕の魔力は残り少ない。重ねがけした魔法と、爆音波を長時間維持できないのだ。


「ハハッ! 兄貴ィ! 俺の方が一歩上だ!!」


 魔力の消費に合わせて押し返される僕の魔法。


 やはり魔道具で出力を強化されたアイザックの前では僕の魔法は押し返されていく一方だ。


 このまま爆音波を維持すればジリ貧で僕が負ける。かといって解除すればアイザックの魔法に焼かれる。絶体絶命とはまさにこのことだ。


 でも、そんな中だからこそ、僕は勝機を見出す。


「……フンッ!!」


 僕はその場で足踏みをする。次の瞬間、爆音波は解除されて、僕とアイザック、二人の身体が別々の方向に吹き飛ぶ。


 僕は右に、アイザックは左に。それぞれの身体が吹き飛んだ結果、アイザックの魔法が誰もいない空間を穿つ。


「……ッ! これは!?」


 アイザックは突然のことに驚く。


 完全無詠唱の衝撃音。魔力の消費や威力や精度の不安定さというデメリットは目立つが、それ以上に詠唱なしで即時発動が出来て、かつ発動を悟らせないという大きなメリットが存在している。


 魔力の消費は改善できなかった。しかし威力に関しては無属性魔法の重ねがけによって解決している。呪いによる防御を貫通したのも、無属性魔法の重ねがけがあったからだ。


衝撃音ショックサウンド!」


 僕は走りながらアイザックに向けて衝撃音を放つ。アイザックは右手に呪いと魔力を収束させ、衝撃音を手で弾く。


「さっき兄貴に出来たということはさあ!! 俺にも出来るっていうことだよなあ!?」


 見えない音をヤマカンで弾くなんて馬鹿げている!!


 そう叫びたいところを堪えて、僕はアイザックに肉薄する。


「この距離なら、俺の魔法の方が早え! 『火よ』」


 アイザックが詠唱を始めたその瞬間だ。


 僕の足で衝撃波が弾ける。


 地面が抉れて、一瞬のうちに僕はアイザックに肉薄する。


 もう僕の魔力は残っていない。少し前に脚に付与した衝撃音。それを最低限、辛うじて維持するためにギリギリを狙って魔法を使っていたから。


「アイザック……今回は僕の勝ちだ」


 僕は首からかけている魔道具に手を伸ばし、それを引きちぎる。


 僕はすぐさま、それを足下に投げ捨てる。


 魔道具は呪いをかける場所を見失い、効力を失う。呪いを失ったアイザックはその場に倒れて、僕も遅れてぶっ倒れる。


「兄貴……やっぱ超えることは出来なかったか」


「馬鹿言うなよ……。こんだけ僕を追い詰めて、何か少しでも違ったら、勝ってたのはアイザックの方だっていうのに」


 アイザックの言葉に僕はそう答える。


 もうこれ以上魔法は使えない。そう言えるところまで魔力と体力を使い切った。


「兄貴、俺はとんでもねえことをした。屋敷を燃やして、多くの人を傷つけて……それに俺はやばいやつに利用されただけかもしれない。これ以上生き恥を晒すのはごめんだ」


「だったらどうしてほしいのさ?」


「殺せ。俺は立派な罪人だ。兄貴に殺されるならそれでいいさ」


 アイザックの言葉に僕は押し黙る。


 僕は空を見上げるように寝転がり、耳を澄ます。まだ戦いの音は止まない。


 それを聞いて、街の惨状を見て、僕はアイザックに向けて言う。


「断る。これはアイザックの罪じゃない。僕の罪だ」


「……は? 何言ってんだよ!! 俺がやったことだぞ!? 兄貴になんの罪があるって言うんだ!」


 アイザックが声を荒げる。


「……僕は自分のことしか考えてなかった。魔法を試すこと、覚えることで必死で何も見ようとはしなかった。アイザック、君のことさえも」


 僕は思い出す。今までのことを。


「アイザックは女神の儀の時に僕に言ったよね。僕から魔法を教わるのが屈辱だったって」


「それが……なんだよ」


「僕は気がつくべきだったんだ。そう思ってるアイザックに、もっと向き合うべきだったんだ。

 アイザックと向き合わず、僕は自分のことばかりで……。長年培った歪んだ劣等感が君を狂わせた。それを生み出したのは僕だ。だからこれは僕の罪だ」


 もっと早く、アイザックの劣等感や屈辱と向き合うべきだったんだ僕は。


 僕は自分勝手に魔法を覚えて、それを教えるのが当たり前だと思ってアイザックに教えていた。少し考えれば、同年代の僕に出来て、自分に出来ないことを教えてもらうなんてこと、屈辱的って分かるはずなのに。


 歪んで溜め込んだ劣等感。行動に起こしたのはアイザックかもしれない。けど、それを生み出したのは僕なんだ。だから、元凶を生み出した僕が背負うべき罪なんだこれは。


「天才とか言われて、一番調子に乗っていたのは僕自身っていうオチさ。僕は魔法のことばかりで、それ以外が見えていなかったんだ」


 いつだって僕は魔法、魔法、魔法。


 追放された時、立ち直りが早かったのも王都に行けば音属性の魔法書があるかもしれないっていう好奇心や可能性に突き動かされていたから。


 冒険者になったのも魔法を試すため。

 ルルアリア王女を助けたのも魔法を試すため。

 

 僕はそういう人間だったって気がついた。グレイフィールドで一番歪んでいたのは誰でもない僕自身だったのだ。


「だからごめんよアイザック。君にはたくさん悪いことをした」


 これは本心。僕からアイザックに伝えたかった言葉。


 アイザックから歯を噛む音と、涙が伝う音が聞こえる。


「そんなこと言うなよ……俺が馬鹿みてえじゃねえか」


 アイザックは拳で地面を叩く。吐き出すようにアイザックは僕へと言った。


「謝るなよ……ふざけるな。俺が一番惨めじゃないか……!! なんで今更謝るんだよちくしょう……っ!!」


 その言葉も甘んじて受け入れよう。


 こんなことが2度と起こらないよう、その言葉をただ静かに受け入れよう。きっと、それが僕がアイザックに出来る最初の償いだと思うから。




「いやはや実に素晴らしい物を見せてもらった。全くもって反吐が出るぞ人間」



 馬鹿にするような声と拍手の音。


 僕らの前にとんでもない魔力の持ち主が現れた。

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