第31話 アルバス、アイザックと戦う2
アイザックの呪いと魔力はどんどん強くなり、アイザックの理性はそれに応じてどんどん消えていく。
あの魔道具を使い続けていると、どこかで後戻りできなくなる。どこかで精神が完全に壊れてしまう。
魔道具は無傷のまま回収するのが望ましかった。ルルアリアの呪いと同じ物を発しているから、きっと何かの手がかりになるだろうと思ったから。
けど、それも難しい。アイザックの精神と僕の残った魔力と肉体的余裕。それら全てを考えて、僕はギリギリの勝負を強いられることになるのだから。
「
「遅え! 『火よ、燃えさかれ! 発火!!』」
僕が衝撃音を放つと同時、アイザックの魔法が僕を襲う。波状に放出された炎を前にして、僕は勢いよく飛びのいて回避する。
衝撃音はアイザックの身体に命中して、アイザックを僅か後方に吹き飛ばす。呪いによる防御も、過負荷魔法と魔法強化、二重の強化を合わせれば突破できる!
「けどこの方法だと無詠唱の強みが完全に消えているな……!」
だが、この方法は無詠唱による魔法発動までの素早さという強みが消えている。
二つの魔法を掛け合わせて使うのは、普通に詠唱して魔法を発動するくらい時間がかかる。それでも一回の詠唱にかかる時間で二つ魔法を発動していると思えば破格の速さなのだが……。
「気に食わねえ! 気に食わねえ!! 俺にダメージを与えやがって!! 気に食わねえぞ兄貴ィィ!!!」
アイザックが詠唱を開始する。僕はそれを見て地面を蹴る。
『火よ! 水よ! 風よ!!』
三属性も使う複合魔法の詠唱! これは絶対に発動させてはいけない!!
『集いて狂い、吹き荒れ、我が眼前の……』
「まだ魔法の詠唱しているのか!!
アイザックの詠唱を無効化し、隙を生み出す。その一瞬の隙に僕は次の魔法を発動する。
「
ルルアリアへの声帯付与。その経験と今まで戦いの中で得た数々の音属性魔法に対する経験と知識。それらをフルに活用する。
「
両脚への衝撃音の付与。
僕の両脚は振動を帯び、そしてその振動は衝撃波となって僕を加速する!
「なんっっっだよそれ!! 攻撃魔法のエンチャントなんて聞いたことないぞ!?」
「僕だって初めてやったよこんなの!!」
アイザックへ一瞬のうちに肉薄し、僕は衝撃音で強化された蹴りを叩き込む。その威力は凄まじく、魔力と呪い、二重のガードがあっても後方数メートルまで吹き飛んだ。
衝撃音は特殊な衝撃波を放つ魔法。これに蹴りによる威力を上乗せすることで、衝撃音の威力が倍増するとは思ってもいなかった。
「クソッ! クソクソクソッッ!! ずるいぞ兄貴ばっか!! 土壇場でそんな魔法使うなんて!!」
「魔法は積み重ねだよアイザック。君が最近手に入れた力はどれも凄まじい。三属性、僕と同等の魔力。けど後者は紛い物。君にどこかでガタが来るのは当然の結末だったんだよアイザック……」
「また!! 俺にご高説垂れるっていうのか兄貴!! 紛い物でもなあ! お前を倒すには十分なんだよ! 『火よ! 敵を飲み込め! 大発火!!』」
アイザックは立ち上がりながら魔法を発動する。先ほども使った発火の魔法の上位互換。
「範囲と威力がでかい!?」
想像を超える範囲と強さに僕は後方へ飛びのいて回避する。確かに紛い物の魔力でも、これだけ火を操れるなら僕を倒すには十分すぎるだろう。
『火よ! 集いてその力を溜め、溢れ出る業火となって放出せよ!
次は発火とは違う!! 僕に目掛けて一直線に飛んでくる火炎! 速度が早くて回避が間に合わない!!
「一か八か!
右腕部に衝撃音を集中させて付与。右腕を突き出して火炎放射を止める!
衝撃波で火炎をいくらか相殺できるものの、火と音では相性が悪い。これが水なら無傷で済んだが、音の僕では肩まで火傷を負うところで精一杯だった。
「なんでだよ! 俺の渾身だぞ!! なんでそれを片手で弾くんだよ!? なあ兄貴! 兄貴はどこまで……」
僕はこの時、てっきりアイザックにまた恨み言を言われるのかと思っていた。それを全部受け止めるつもりでいた。
だから、次の言葉に僕はどうしようもない衝撃を覚える。
「兄貴はどこまで凄えんだよ!! 俺の渾身だぜ!? 俺が使える魔法は殆ど使ったのに! 兄貴は全部超えてきやがる!! 兄貴にはわかるか!? この俺の気持ちが!!」
僕の右腕部を丸々火傷させておいて、勝手な弟だ。
けどそう言われるのも悪くない。正直、今にもぶっ倒れたい気分だけど、あと少しだけ頑張れそうな気がする。
「わかるよアイザック。僕は君に持ってない物を持っていて、君は僕に持っていない物を持っている。アイザックの気持ちは痛いほどよくわかる」
僕ら二人の才能が別たれることなく、どっちか一人のところに集まっていたら、僕らはこんなことにはならなかったはずだ。
僕にとってはアイザックの属性が、アイザックにとっては僕の才能が、喉から手が出るほど欲しい物だとしても手に入らない物だと分かっている。
こうして戦って思う。僕がアイザックの属性を使えたら、一体どんな魔法使いになったんだろうって。
この時初めて、アイザックと分かり合えた気がした。けど、一度始まった戦いはそう簡単には終わらない。
『火よ。我が身に宿る猛き炎よ』
アイザックが詠唱を開始する。僕はその詠唱を阻止しようとして、直前のところでアイザックの瞳を見てしまう。
——頼む、見ててくれよ兄貴。
狂気でもなければ、虚空を見つめる瞳でもなかった。ただ僕を見つめる真っ直ぐな瞳に、僕は詠唱破壊の手を止める。
「一回だけだ」
これから発動する魔法は正真正銘、全身全霊の魔法だろう。それは全身が察知している。
なら、僕もまた同じく全身全霊で応えなくてはならない。
「行くよアイザック」
僕に残された魔力は——。
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