第35話 アルバス、王城で目を覚ます

「……知ってる天井だ」


 ゆっくりと目を開けて、僕は呟く。


 この天井はつい最近にも見た光景だ。これは王城の天井だ。数日前にルルアリアに魔法を使った時、同じ景色を見たはず。


 というか、なんだか頭がぼんやりとしている。なんで僕は王城で寝ているんだっけ? そもそも、僕ってなんで寝ているんだ? 人間だから寝るときはあるけど、こんな頭がぼんやりするほど寝ることなんて久しぶりだ。


 いや、そもそもなんで王城で寝ているんだ僕は? ……って、ん? 少し待てよ? 王城? 


「なんで僕、王城に……っ!? っで、イデデデデデ!!!!?」


 飛び起きようとして、全身が悲鳴をあげる。き、筋肉痛!? 全身が!? そんなことある!?


「何この痛み!? なんで全身ガガガガ!!!」

「失礼しますアルバス様……って、大丈夫ですか!?」


 僕が全身の筋肉痛に悶えていると、偶々部屋に入ってきたルルアリアが僕を見つけて駆け寄ってくる。


「ダメですよ! 今のアルバス様は絶対安静なのですから!!」


「ぜ、絶対安静……? 僕の体に何が起きたっていうんですか?」


 ルルアリアがそう言うので、僕は起きあがろうとはせずにベッドに寝る。ルルアリアはベッドの脇にある椅子に腰掛けながら話し始める。


「アルバス様、やはり記憶が混濁しているようですね。少し長くなりますが、一から説明してもよろしいでしょうか?」


「お願いしますルルアリア王女様」


 ルルアリアから僕がここに寝ている経緯を聞く。


 端的に言うと僕が上級魔族を圧倒したらしい。魔族を殲滅し終えたエレインが見たのは、ぶっ倒れている僕とアイザック、そして息の根が止まった上級魔族だったとのこと。


 その後、グレイフィールド領の結界が解かれて、エレノアの手配もあって僕とアイザックは王城へ。そこで治療受けて、数日間寝込んでいたらしい。


「ほんんんんんとうに心配したんですからね! 二人揃って血塗れ、数日間目を覚さなかったんですから!!」


「本当にごめんなさい……。もしかして超怒ってます?」


「当たり前じゃないですか!! あんな危険な場所で無茶して……死んだら元も子もないんですよ!? それに見てくださいこれ!!」


 ルルアリアは僕の隣のベッドを指さす。窓際にあるもう一つのベッド。白い布団は丁寧に畳まれて、誰も使っていない印象を受ける……。


「そこにアルバス様の弟、アイザック・グレイフィールドが寝ていました」


「え……アイザックが?」


 僕と同室で寝ていた?


 いやいや、それよりもアイザックの方が僕よりも遥かに重傷だったはず。なのに、なんで誰もいないみたいなふうなんだ?


「アイザック・グレイフィールドはアルバス様と違い、治療は簡単でした。傷は深いものの、本人自身に魔力が残っていましたから。

 昨日のことです。アイザック・グレイフィールドは忽然と姿を消しました。二通の手紙をベッドに残して」


 ルルアリアから手紙を渡される。僕はそれを開く。たしかにアイザックの字で、僕宛に書かれた手紙だ。


 中身はこう書いてあった。


『悪かった。またいつか』


 そんな簡単な文。それを見た時、思わず一筋の涙が僕の頬を伝った。


「もう一通は魔道具についてです。アイザック・グレイフィールドは魔道具が誰から手渡された物なのかを記していました」


「と言うことはつまり……その手渡した人というのが」


「はい。私に呪いをかけた人物、もしくはそれに繋がる人でしょう」


 感傷に浸っている暇ではない。


 ルルアリアの呪い。それに繋がる明確な手がかりがようやく掴めたのだ。


「手紙にはなんと?」


「アイザック・グレイフィールドに魔道具を渡した人間はこう名乗ったようです。三重に偉大なる者トリスメギストスと」


 トリスメギストス。そいつがアイザックに魔道具を渡して、アイザックを狂わせた人間の名前……!


「この名前について何か掴んでいるんですか?」


「いえ。これ以上は何も……。調査しているみたいですが、まだ何も成果は出ていないようです」


 ルルアリアの表情が曇る。


 だが、黒幕、黒幕側の人間の名前が知れたのは大きい。大きな前進といってもいいだろう。


「まあ、私が怒っているのはこれらのことくらいです。アイザック・グレイフィールドは行方が掴めないのが少し不安ですが……」


「大丈夫ですよ。半分しか血が繋がってないとは言え、アイザックは僕の弟です。何も心配するようなことはありません」


 アイザックが姿を消した。


 思うところがあったのだろう。僕に対して、今までの自分に対して。


 けれど、戦いの中でアイザックのこと、少しは知れた気がする。だから大丈夫。それにまたいつかと言ったんだ。また会える日は来るはずだ。


「信頼されているのですね。少し羨ましいです」


 そう言うルルアリアの表情は少し儚げで、言葉通り、僕を羨んでいる様子だった。


「話がズレてしまいましたが、アルバス様について色々とお話しないといけないですね。ここ数日で大きく状況が変わりましたので」


 ルルアリアはそう話を切り出す。

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