第41話 ルルアリア、ガラテアと出会う
「さて、と……」
アルバスを結界に閉じ込めたルルアリアは訓練室の外でつぶやく。
結界が解除されるまでの二時間。ルルアリアはどうするか頭を悩ませる。
(部屋に戻るのも退屈ですし、かと言って庭の手入れは終わってしまいましたからやることがありませんね……。どうしましょうか?)
ルルアリアは悩みながら廊下を歩く。
ルルアリアは王女という立場ゆえにあまり外を出歩けるような人物ではない。
それに加えて、ルルアリアが声を取り戻した事実は王城内に留められている。市井では未だにルルアリアは声を失ったまま。故に貴族などが出入りするような区画にも行けないため、ルルアリアの行動範囲はかなり狭い。
ルルアリアの行動の自由が許されているのは王城の中でも、王城で勤務する騎士や魔法使い、王族、宰相がいる区画のみ。それ以外は貴族や一般人が出入りする区画になるため、ルルアリアは行くことができない。
限られた区画の中では出来ることも限られており、ルルアリアは中庭で土いじりをするか、魔法の勉強を進めることしかしない。
(でも結界魔法を使っている今、他の魔法を使うことが出来ないんですよね)
ルルアリアは今、結界魔法を使っているデメリットとして他の魔法が使えない状態にある。この状態では魔法の勉強をしたところで実践的な練習が出来ない。
(少し……ぶらつきますか。アルバス様に助けてもらってからの数日間で新人の騎士とかが入ったと聞きますし、その様子を見に行く的な意味でも)
王族の護衛騎士選抜が先日あり、それで選ばれた騎士が王城内で訓練していることを、ルルアリアは思い出す。
小兄様の護衛とはいえ、自分が行けば少しは激励になるだろう……。そう考えたルルアリアは大規模訓練場へと足を伸ばす。
「いいか新米ども! お前たちには徹底的に基礎を叩きこむ!! 体術、剣術、魔法を高水準で使いこなしてこその護衛騎士だ! かかれ!」
「……おお、久しぶりに見ましたが壮観ですねこれは」
大規模訓練場に入ったルルアリアの目に入ってきたのは訓練教官の姿と訓練を開始する騎士たちの姿であった。
魔力操作を含めた体術訓練から始まり、各々の得意武器を伸ばす訓練、魔法訓練などが行われていく。
ルルアリアはそれを壁際のベンチに腰掛けて眺めていた。
「いいですね……私もあんな風に動いてみたいものです」
ルルアリアの瞳に宿った感情は憧憬。
時空属性は希少属性の中でもさらに希少な属性である。それこそアルバスの操る音属性と同じくらいに。
アルバスの音属性は攻防、支援、妨害、幅広い魔法が使えるのが特徴であるのに対し、ルルアリアの時空属性は特殊な物が多い。
決して戦闘向きとはいえない属性であるのと、王女という立場ゆえにルルアリアは戦闘訓練をしたことがない。
肉体をとにかく動かしたいルルアリアにとっては、こう言う戦闘訓練をする人は憧れの対象であった。
「ルルアリア王女様。来ていらしたのですか」
「ええ。少しお時間ができた物でして。皆さん、とっても頑張っているようで頼もしい限りです」
声をかけてきた訓練教官に向かってルルアリアはニコリと笑いながらそう返す。
「ええ、この職について二十年以上経ちますが、これほどの逸材が集まったのは二十年前以来ですね」
「二十年前といえば王国黄金期の……?」
「はい。現ギルドマスターのエレノア・ヴィ・フローレンシアを始めとした百年に一度の天才児が集まった世代。貴方の父上も、前線で活躍されていたのですよ」
「ええ、沢山聞きました。けれど、父はこうも言ってました。自分では手が届かない化け物がうじゃうじゃいたと」
ルルアリアは父——国王の言葉を思い出す。
二十年前。王国が今よりもずっと力が弱かった時、百年に一度と言われるような天才児達が集まったことがある。
王国は数々の武功を立てて、人間界でも二番目の大国に押し上げたのがその世代。王国黄金期。
「そういえばグレイフィールドの息子がルルアリア王女様の元におられると聞いたのですが」
「アルバス様のことですね。それがどうかされましたか?」
「魔法の天才、グレイフィールドの神童。彼の実力と、今回の選抜の主席である彼女、どちらが優れているのか気になりまして」
「彼女……?」
ルルアリアがそう言いながら大規模訓練場の中央に視線を向けた時だ。
——雷鳴が迸る。
瞬きの間に繰り出される八つの斬撃。それが訓練用に作られた三体の巨大ゴーレムを斬り裂く。
「ガラテア・ナイトレイ。王国一の武家貴族、ナイトレイ家の跡取りにして、現役の騎士にも劣らない剣術と魔法の心得がある少女です」
「ガラテア……ガラテア……って……!?」
どこかで聞いたことがある名だと思い、ルルアリアはその名前を反復させる。そして、すぐに思い出す。
アルバスが一度だけ英雄祭に行ったきっかけの少女。確かその名前もガラテアだったはずだと。
「少し彼女とお話がしたいですね。よろしいでしょうか?」
「ええ、ちょうど訓練が終わります」
それを聞いたルルアリアはガラテアの元へ駆け寄る。
「少しよろしいですか? ガラテア様」
「貴女は……ルルアリア王女様!? 私に一体どんな御用で……?」
ガラテアは背筋を伸ばして、緊張した面持ちでルルアリアの言葉に応える。ルルアリアはそんなガラテアを見て、小さく笑う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。同年代の女子同士、お話しいたしませんか?」
「同年代の女子……。ですが、私とルルアリア王女様とでは身分も違いますし、それに共通の話題なんて……」
「ありますよひとつだけ」
戸惑うガラテアに対して間髪入れずに放ったルルアリアの言葉。ガラテアはその言葉に首を傾げる。
「それは……?」
「それはですね……っ!?」
ルルアリアがアルバスの名前を出そうとした瞬間だ。
ルルアリアは突如逆流してきた魔力に膝をつく。ガラテアはその様子のルルアリアを見て慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!? ルルアリア王女様!!」
そんなガラテアの心配する声すらも意に介さないほど、ルルアリアは魔力が逆流してきた原因を探って、そしてすぐに答えを出す。
(結界の強制解除!? まだ二時間も経っていないはず!!)
結界魔法や付与魔法みたいな効果が持続する魔法を、効果時間が切れることではなく、効果時間中に何らかの原因で解除すると、魔力は本人に還元される。
ルルアリアは訓練室に仕掛けた結界の気配が消えていることを察知して気がつく。結界が解除されたと。
(しかし何故!? 結界魔法を解除できるのは、結界が耐え切れないほどの魔法行使か、別の結界で上書きされることだけ……。どちらもアルバス様が持ち得ない物のはず……)
アルバスの最大火力である爆音波。それを以ってしても、結界を破壊するのは不可能。
かと言ってアルバスは結界魔法が使えるわけではない。今まで結界を見たことがないアルバスには……。
(まさか……数時間の内にそれが出来る魔法を会得したというのですか!? 彼は!!)
すぐに確認する必要があった。訓練室の中で何が起きたのかを。
魔力が逆流した時は思わず膝をついたルルアリアだったが、体調が悪いわけではない。すぐに動けることをルルアリアは確信する。
「申し訳ございませんガラテア様。急用ができました。私はこれで失礼させていただきますね」
「あ、ちょっ……!」
ガラテアの声を振り切ってルルアリアは駆け足で訓練室に向かう。
その道中での出来事だ。
耳をつんざくような爆音と共に、魔力の奔流が迸る。次の瞬間、数メートル先で訓練室の扉が弾け飛んだ。
「やば……、加減間違えるとこんな風になるのかこれ。この有様、王女様になんて説明すればいいんだろ……」
そう言いながらアルバスが訓練室の外に出るのをルルアリアは目にしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます