【書籍化】外れ属性『音属性』は魔法を無詠唱で発動できる唯一無二の属性でした~声を失った王女に音属性魔法で声を与えたら、王女に溺愛されていた件。え?実家が没落した?僕実家を追放されたので知りません~

路紬

第1話  アルバス、追放される

「アルバス! お前には失望したぞ! お前を追放する!!」


 怒り狂った父は僕に罵声を浴びせる。


 父の執務室には怒る父と僕、そして怒られる僕の姿を見てニヤニヤと笑うアイザック。


 僕——アルバス・グレイフィールドは『女神の儀』という晴れやかな日に、グレイフィールド家を追放されるのだ。



***



「期待しているぞアルバス! お前は生まれつき大量の魔力も持ち、魔法の覚えも早い! ここに四大属性が上乗せされればお前はきっと大成する!!」


「はい! 必ずや四大属性を取得し優れた魔法使いになってみせます!」


「お前はグレイフィールド家の後継者に相応しい! 期待しているぞ!」


 十六歳のある日。僕と父のザカリー、そして弟のアイザックと共に僕らは『女神の儀』に来ていた。


「チッ! 兄貴ばっかりいいように言われてよ。気に食わないぜ」

「おいアイザック。お前はそれだから駄目なのだ。魔力は並、魔法の才能も並。精々属性は複数発現させてくれよ。ハズレ属性なんて発現させた日には実の子であっても追放しなくてはならないからな!」


 弟のアイザックは僕が父から贔屓されているのが気に食わないのだろう。分かりやすく舌打ちして、それを見た父から怒られる。


 僕とアイザックは異母兄弟という奴だ。


 僕は魔法の才能に恵まれたが、アイザックは魔法の才能が並だった。魔法の名家グレイフィールド家では優れた魔法の才能が要求される。アイザックは父から冷遇されていた。


「まあまあアイザック。共に四大属性を発現させて、グレイフィールド家のために頑張ろうよ。ね?」

「はん。次期当主はいいよなそんなことが言えて」


 アイザックをなだめようとしたけど、あんまり効果はなかった。


「これより女神の儀を開始する! 参加者よ前へ!」


 女神の儀を担当する神父が参加者へ開始を告げる。


 『女神の儀』は魔力の属性を発現させる特殊な儀式だ。女神の儀で属性が発現するまでは無属性の魔法しか使えない。


 父の言う四大属性とは火、水、風、土の四つだ。多種多様な魔法がある中で、この四大属性の魔法が多くを占める。


 この四大属性を持っているか否かで魔法使いとして大成するかどうかが決まる。逆にこの四大属性以外の魔法は、世間一般的にはハズレと言われているのだ。


「次の者前へ」


 神父の言葉を聞いて、僕は前に出る。


 四大属性の内少なくとも二つ、出来れば四つ全て発現することを願って僕は女神の儀に挑む。


 目を瞑り祈りを捧げる。この時見えた色やイメージできたものが発現する属性と言われている。


 僕が見えたものは……多くの波紋だ。大小様々な波紋が現れては消えていくイメージ。


 パッと結びつけることは出来なかったが、波紋を連想させる四大属性は水、もしくは水を揺らす風あたりだ。どちらか、もしくはどっちも発現していることを願って僕は目を開ける。


 次の瞬間、僕がどんな運命を辿るのか知らぬまま。


「アルバス・グレイフィールドの属性は音です!」


「お、音……? 水とか風ではなくて?」


 音属性なんて聞いたこともない。


 音を操る魔法は風属性に沢山あるけど、それとは別の何かなのか?


「ち、父上……!!」


 僕は父の方を見る。


 父は額に青筋を立てて怒りをあらわにしていた。


 僕はこの時に気がつく。女神の儀を見ていた人たちがひそひそと話をしていたのを。小さな声だけど、僕や父に聞こえるように。


「音属性なんて聞いたことないぞ。魔法書なんて見たことない」

「四大属性でなくとも、光とか闇ならまだ芽があったのにな」

「グレイフィールドのアルバスってあれだろ? グレイフィールド卿の自慢の息子とか。まあでも、音なんて聞いたことない属性を発現したんだから人生終わりだな」

「音出す魔法なら風に沢山あるからな。出来ることは風属性の方が多いし、音属性なんてどうせ風の劣化だろ」


 グレイフィールド家は魔法の名家と言われている。


 父のザカリーは火、風、土の三つの属性を持ち、魔法使いとしても一流だ。歴代当主も複数属性を持ち、魔法で素晴らしい功績を残している。


 そんな魔法の名家から音属性なんていう聞いたこともないハズレ属性の持ち主が現れた。


 みんなは僕を哀れむ。その哀れみに一番耐えられないのは僕ではなくて、プライドの高い父だろう。


「こ、この愚か者があ!!! よりにもよって聞いたことのないハズレ属性など発現させおって!! お前にどれだけ期待をしていたのか! それを分かっているのか!?」


 大衆の面前だが、父はそれを気にせず僕を殴った。ボロ雑巾のように転がる僕を、父はこれでもかと踏みつける。


「これでは私が笑い物になるんだぞ!! 並外れた魔力! 魔法の取得の早さ! 期待させるだけ期待させておいて、ハズレ属性を引き、この私の顔に泥を塗ったな!!」


「ごめんなさい……ごめんなさい父上!!」


 父は昔から貴族たちに僕を自慢していた。人の十倍以上の魔力を持ち、魔法の取得が早い僕を誇らしげに。


 そんな僕がここ一番というところでハズレ属性を発現させた。父の怒りは最もだ。


「出ました! アイザック・グレイフィールドの属性は火、水、風の三属性です!」


 周囲の人たちに再びどよめきが起こる。


「すげえな三属性だぞ! 超レアじゃねえか!!」

「それにグレイフィール家の子供だろう? 魔法使いとして実績を収めれば王族との婚約だってあるんじゃないのか!?」

「いいや、すぐにでも婚約話は出るだろ。ザカリーは偉そうだが、事実超が付くほどのエリート。魔物退治、魔法研究の両実績も多い。そんな子が三属性持ちなんだ。王族との婚約は確実だろう」

「長男がハズレ属性の時はどうなるかと思ったが、これならグレイフィールド家の将来も安泰だな!」


 周囲の人達の反応は僕の時とは真逆だ。


 父は僕を踏みつけるのをやめて、アイザックへ駆け寄る。


「よくやった! お前は期待の息子だ!! 必ず出来ると信じていたぞ!!!」


「ありがとうございます父上!! 俺にもようやく魔法使いとしての才能が開花しました!!」


 弟のアイザックはとても嬉しそうだ。


 先ほども言ったがアイザックは魔法の才能に恵まれなかった。


 魔力の量は一般的で、基本的な魔法の取得も並。父から期待なんてされていなかった。


 だから本当に嬉しいのだろう。四大属性の内、三つも属性を発現させて、ハズレ属性を発現させた僕より上に立ったことが。


 事実、喜ぶアイザックは僕を見るなり、勝ち誇ったような表情を浮かべていたのだから。


「兄貴残念だったな。俺が今まで味わった屈辱、しっかりと味わいな」

「アイザック……!」


 僕は一度たりとてアイザックのことを見下したことはない。共に切磋琢磨する仲間だと思っていた。


 だから魔法だって教えた。僕が出来ることはアイザックに全て教えたつもりだ。いつだって僕はアイザックはリスペクトしていた。


 でもそれがすべて自己満足だったと、僕はこの後の言葉で思い知らされる。


「お前から魔法を教わるのは屈辱だった! 次々と無属性魔法を取得していくお前が気に食わなかった!! 力の差を見せつけられる度、父に冷たい視線を向けられたが、今日でそれも終わりだ!」


 十年以上溜め込んで、歪んだ劣等感。それが僕とアイザックの立場が覆ったことで解放された。


 ハズレ属性を発現させた僕はグレイフィールド家の後継者になれないだろう。

 それに対してアイザックは、グレイフィールド家の後継者になれるだろう。四大属性の中で三つも属性を発現させているから。


 僕が属性以外でアイザックより優れていても関係ない。魔法使いにとって属性こそが絶対。優れた属性を持つ人間の方が優遇されるのだ。


 それは父の反応、周囲の反応見れば明らかだろう。


「兄貴、これからどうなるか楽しみだなギャハハハ!!!」


 アイザックの言葉がただひたすら響いていた。

 



***



「どうか……どうか追放だけはやめてください。何でもします。雑用でもなんでも。地下の魔力装置には今までより多くの魔力を注ぎますから……」


 僕は父に頭を下げる。


 何も知らない貴族の長男が、独り身で追放されて生きていけるほどこの世界は甘くない。


 僕はそうだと知っていたから必死に頭を下げて許しをこう。その姿が父にとっては気に食わなかったのだろう。


「必要ないわ!! 魔力装置への魔力の供給など、人を雇えばいいだけの話! お前である必要なんてどこにもない!!」


 屋敷の地下には巨大な魔力装置が存在している。


 魔力装置は魔力を注ぐことで、電気や火、水などを簡単に生み出すことができる。また魔法の練習や研究用の時に使う魔力のストックとしての機能も持ち合わせている。


 中流階級以上であればどの家庭にも普及している生活を便利にする装置だ。


 グレイフィールド家の屋敷は大きく、人も多いため、その分消費する電気や火、水は多い。魔力装置も必然的に大きくなり、必要とされる魔力も多くなる。


 生活に必要な魔力は僕一人で全て賄っていた。僕の魔力量はそれだけ多い。


 余計な人を雇う必要がなくなったから、我が家の財政は回復したと父は昔から言っていた。


「いいか! このグレイフィールド家にお前の居場所なんてない!! アイザック! こいつに属性の価値というものを教えてやれ!」


「よろしいのですか父上!! ここで魔法を使っても!」


「ああ。外すんじゃないぞ」


 ニヤニヤと立っていたアイザックが僕の前に立つ。


「おい兄貴、お前にいいものを見せてやるよ。お前じゃ一生かけても使えない属性魔法っていうやつをな!!」


 得意げなアイザックの表情に怯えて、僕は一歩後ずさる。


『風よ、集いて渦巻き礫となって敵を撃て。風魔弾!!』


 魔力を圧縮して敵にぶつける魔法を魔弾と呼ぶ。それを風属性の魔力で行なうのが風魔弾。


 風属性の魔力の塊は僕の腹に直撃し、僕は縦方向に回転しながら床に叩きつけられる。


「ふははは! これが属性魔法っていうやつだよ兄貴! 次はどの属性でいじめられたい? いじめられたくなければ早く出ていくんだな!!」


 得意げにはしゃぐアイザック。


 魔法を使うには詠唱が必要となる。優れた魔法使いであっても、詠唱をしなければ魔法は使えない。


 魔法の詠唱は魔法書に記述されていることが多い。詠唱さえ覚えてしまえばあとは少しの努力だけで魔法を使うことができる。


 だが音属性には魔法書がない。魔法の詠唱も分からず、当然音属性の魔法は使えない。


 僕が今使えるのは無属性の魔法だけ。しかし無属性の魔法は属性魔法には決して勝てない。属性が付与された魔法の方が優れているからだ。


 だからこの場で僕がどうやってもアイザックに勝てる道理はない。


「……わかりました。今日限りで出ていきます」


「ブハハハハそれでいい!! もう二度と私の前に現れるなこの無能!」


「じゃあな兄貴!! 惨めな背中だなギャハハハ!!!」


 二人の罵倒と笑い声を背に、僕は父の執務室を出るのであった。


◇◇◇◇◇◇


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