第11話 アルバス、竜騎士の素顔と本名を知る

 声帯付与の練習を始めてから数日が経過した。


 声帯付与の魔法はほぼ完璧に使えると言ってもいいだろう。不安なところが一つあるとすれば、それは人間相手にはまだ使ったことがないというところ。


 数日間の練習中に何度か自分に声帯付与の魔法を使ったことはあった。しかし、魔力が気持ち減る程度で、それ以外に変わったところはなかったのだ。


「人間の声を付与する魔法だから当然といえば当然なんだけど……」


 知り合いが少ないから、他人にかける機会が無かったのは残念だけど、魔物や動物にかける勢いでかければきっと大丈夫なはずだ。


 ちなみにこの数日間、王女を治療できる人は現れなかった。依然として、王女の声は失われたまま。


 僕は可能な限りの準備をして、王城へと向かおうと、宿を出る。その時だ。


「君は……トレインの時の冒険者じゃないか。息災だったかい?」


 ふと聞き覚えのある声に、僕は足を止める。


 長い青髪を後頭部で縛り、紅玉のような赤色の瞳が目を引く美少女。僕と同年代か、一個下くらいだろうか? 小さな背丈と相まって、少し幼く見える。


 ……こんな知り合い、僕にいたか? いやでも声は聞いたことあるし……うーん。


「すみません……。どこかで会ったことありましたっけ?」


「ん? ああそうか。あの時は戦闘中だったからな。これを被ればわかるか?」


 彼女は目を閉じて、そっと呟くように詠唱する。


『魔力よ、我が鎧を顕現させよ。魔力換装!』


 一瞬にして彼女の姿が変わる。僕はその変わった姿を見て、彼女が何者なのかようやく理解する。


「あ……その鎧、竜騎士さんですか!?」


「そう。普段はこの姿だから、知り合い以外、君みたいな反応を示すことを忘れていたよ」


 竜騎士は肩をすくめながらいうと、鎧の姿から私服へと姿を変える。


 しかし、一瞬で鎧に換装する魔法か……何属性の魔法なのか検討もつかない。いや、無属性に同じようなものがあった気も……。


「後、この時の私は竜騎士ではなく、エレインと呼んでくれ」


「じゃあエレインさん……。僕のことはアルバスでお願いします」


「そうか、ではアルバス君と呼ばせてもらうよ。見た感じ、同年代だからさん付けは不要なのに」


 エレインはどこか残念そうに言うけど、エレインが大人びた雰囲気と話し方だから自然とかしこまってしまうのだ。


「アルバス君は今日は冒険者稼業かい?」


「いえ、王城に行こうかと」


 僕の言葉を聞いて、エレインはほう、と興味深そうに口にする。


「アルバス君も王女様の治療に名乗りを上げるとは驚きだ。治療が難航しているという。何かあるのかい?」


「大した物では……。ただ、僕の属性であればもしかしたらと思って」


「なるほど、属性魔法か。ふむ、予定もないことだし王城まで着いて行ってもいいかな?」


 エレインは僕の顔を覗き込みながらそう聞く。


 僕としては断る理由はない。ただちょっと、緊張はするけど……。


「大丈夫ですよ」


「ふふふではお言葉に甘えて着いていくとしよう。アルバス君には興味があったんだ。まだまだ話したいこともあってね」


 エレインは嬉しそうに微笑む。けど、僕がエレインもとい竜騎士に興味を持たれることなんてしたのかな?


「竜騎士に興味を持ってもらえるなんて光栄ですけど、僕何かやりましたっけ?」


「ギルマスの言う通りだな君。動きが止まったとはいえ、トレインの真正面に突っ込んでいくなんて、勇気と無謀を履き違えているような行為だぞ?

 アルバス君の場合、それで本当に止めてしまったからさらにすごいのだが」


「無謀……でしたかね?」


「ああ、空から見ていたが私も冷や冷やしたくらいにな」


 無謀だったんだあれ。確かにまあ、僕だけだったもんなあそこに突っ込んで行ったの。


「そういえば僕が突っ込む前、爆撃みたいに魔法が降り注ぎましたけど、あれはエレインさんが?」


「あああれか。私の魔法だ。本来ならあの魔法でトレインを殲滅する予定だったんだがな、アルバス君の魔法のおかげでかなり楽できたよ」


「それは良かったです。まあけど、あの後エレインさんが助けてくれなかったら、僕どうなっていたか分かりませんけど」


 トレインの大方を倒すことが出来たけど、あの後ジャイアントグリズリーに襲われて間一髪のところで助けられている。


 エレインが間一髪のところで来てくれなかったらと思うと肝が冷えるばかりだ。


「君ならあそこからなんとか出来たと思うが……見えてきたな、こっちだアルバス君」


 エレインはスタタタと前に駆け出す。エレインが駆け出した先は王城前の大広場であった。そこは多くの人でごった返している。


 その人達の中に見覚えのあるような顔がいた気がするけど……気のせいだろうか?


「私にできることは何もないが、君の応援くらいはするよ。君はトレインを止めた英雄だ。きっと、できるさ」


「できるかどうかはともかく、自分のベストを尽くします。ここまでありがとうございましたっ!」


 エレインから激励の言葉までもらってしまった。ここまで一緒にいてくれたことでさえ、夢のような時間だったというのに、激励の言葉までもらえるなんて……本当に夢みたいだ。


 声帯付与の魔法を練習したんだ。きっと王女様の力になれるはず、僕はそう思いながら王城へと歩き出す。


 

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