第10話 アイザック、自慢の魔法を不発し、逆恨みをする。

 俺はアイザック・グレイフィールド。


 不出来な兄貴、アルバスとは違って、四大属性の内、三つも属性を授かった魔法使いのエリート中のエリートだ。


 そんな俺は今、王都にある王城に来ている。


「王女様の治療に来たアイザック・グレイフィールドだ」


「お待ちしておりましたアイザック様。ザカリー様よりお話は聞いております。こちらへ」


 そう、俺は今、声を失ったという王女の治療に来ているのだ!!


 兄貴がグレイフィールド家を追放されたのとほぼ同時期。王都にいる王女様が声を失い、治療できる人を探していると聞いた。


 治療すれば国王様から莫大な報酬が約束されている。それに王女様は絶世の美少女らしい。そんな王女様を治療すれば、俺は王女から感謝されまくり、あわよくば王族にだってなれるだろう。いや、きっとそうに違いない!


 だから俺は数日間、屋敷の地下にある書庫にこもって魔法の勉強に打ち込んだ。そして、グレイフィールド家に伝わるという水属性魔法の秘技に俺は到達したのだ!!


 そこいらの凡百の魔法使いとは違う! 俺は魔法の名家グレイフィールド家の次期当主! 使える魔法の質というのが他の魔法使いとは違うのだよ!!!


「こちらですアイザック様。この中に王女様がおられます」


「おう、ご苦労。さてさて、王女様はどんな可愛い子ちゃんなのかな〜〜っと、流石に言葉遣いだけは気をつけないとな」


 流石にまだまだ早いよなへへへ。こういう言葉遣いは親しくなってからだ。


 王女様がいるという部屋に入る。その部屋の奥に王女様はいた。


 スラリと細くもメリハリのある身体、背中まで伸びた青くも僅かに紫がかった髪。瞳は銀に輝いている。


 それはとてもとても、俺好みの女だった。声が聞けないのは残念だけど、なーに、すぐにその声を聞いてやるぜ。


「先ずは王女様の治療に名乗り上げたこと、感謝いたします。それを踏まえた上で言わせてもらいます。少しでも害意があるとこちらが判断した場合、即刻実力行使させていただきます。それはよろしいですか?」


 近くに控えている使用人が表情一つ崩さず、俺に言った。


 こいつは俺好みじゃねえいけすかねえ男だ。無表情で崩れることのない姿勢。何もかもを見透かされているような鋭い眼光が気に食わねえ。


 まあさっさと俺の力を示して、こいつのいけすかねえ表情を崩してやるぜ。


「そんなつもりはありませんぜ。さて、魔法を使ってもいいか?」


「……王女様がよろしいのであれば」


 王女がコクリとうなずく。どうやら準備はできているみたいだ。早速、グレイフィールド家、秘伝の魔法を見せてやるぜ。


『水の精霊達よ。グレイフィールドの名において命ずる。我が手に集いて、かの物に清流の如き澄んだ命を与えよ。生命の清流クリア・エリクシル!!』


 グレイフィールド家秘伝の魔法。生命の清流。これは水属性の魔力を、生命力に変換して相手を治療する魔法だ。


 これは生命力、人の魂に効果が及ぶ魔法だ。ただの回復魔法とは違い、治療できる範囲に限りがない。


 成功さえしてしまえばどんな傷やどんな病も治療できるグレイフィールド家の秘伝!! これで俺も王族の仲間入りに……ぐへへへへ!!


「…………私が見たところ不発のように見えますが」


 使用人が口を開く。おいおい不発だって? これだから凡才は!!!


「不発? そんなはずはないだろう! 俺は魔法を詠唱して魔法名も言った! 魔法は発動しているはずだろう?」


「ですが、王女様の声が戻った様子はありません。魔力が足りなくて魔法が発動出来なかったように見えましたが」


 王女様がふるふると首を横に振っている!? な、な、なにー!? 俺の魔法が本当に不発したというのか!?


「そんなはずはない!! もう一度だ! もう一度!!」


 俺はもう一度詠唱して、魔法を発動する。


 ……が、王女は静かに首を横に振るだけだった。


 そ、そ、そんなはずはない!! 優秀な俺が魔法を不発するなどありえない!!!


「い、インチキだ!! わざと声を出していないんだろう!? 俺を貶めるために!!」


 そうだ、そうに違いない。グレイフィールド家の次期当主である俺を貶めるために、こいつは声を出していないんだ!


 本当は心の奥で俺のことを笑っていやがるんだ! 舐めた女め!!!


「王女様を侮辱するのか? その言葉がどういう意味を持っているのか理解して言っているのか?」


「本当のことを言っているんだ!! こんなに多くの人が治療しようとして、治療できないなんてあり得ない!!! インチキだ……これはインチキなんだ!! 最初からこいつは声を失ってなんかいない!!! 俺は騙されたんだ!! 秘伝の魔法を使ったのに効果がない? そんなはずはないんだアアアア!!!」


 魔法の天才と呼ばれた兄貴を超えたんだ俺は! 優れた属性を得たことで、俺は天才を超えたんだ!!!


 そんな俺が失敗なんかするはずがない!!


「話にならんな。つまみ出せ!」


 外で待機していた騎士が入ってきて俺の両腕を掴む。


「やめろ! 離せ!! 俺は間違っていない!! 権力で揉み消すのか!? 汚い奴らめ!! 覚えておけ!! 必ず、お前らの不正を暴いてやるからな!!!」


 力ずくで俺は王城の外に投げ出される。どいつもこいつも俺のことを見下しやがって……!!!


 俺は間違っていない! 俺の魔法は正しい!! 俺の魔法が不発するわけがない!!


 必ず不正の事実を突き止めてやる!!! そうだ俺は魔法の天才を超えた男! これで歴史を変えてやるんだ!!


「こっちだアルバス君」


 ふと、聞こえてきた言葉が俺の頭を冷たくする。頭に登っていた血がスゥーと引いていくのがわかる。


 アルバス……? なんで兄貴の名前をここで!? 追放された兄貴が王城に来るはずがないだろう!!!


 そう思い、周りを見渡すと王城に入っていく兄貴と仲良さそうに話す美少女を見てしまう。兄貴があんな可愛い女の子と一緒に?


「う、ウソだ……アハハ、兄貴が王城に? それも見たことない美少女と一緒に? なんでだ! 俺がこんな惨めな思いをしているのに、あいつだけ……許さん!!! 許さんぞ!!!」


 兄貴のせいだ。全て兄貴のせいなんだ!!


 兄貴が仕組んだんだ! 俺がここに来るとどこかで聞きつけて、裏で手を回していたんだ!! そうに違いない!!


 こうなったら復讐だ……! 兄貴に復讐してやる!!!


「待っていろ兄貴! お前がグレイフィールドの名前を使って、色々やってること後悔させてやるからな!!! お父様にもちくってやるからなー!!!!」



 

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