第23話 アイザック、ガラテアに敗北する
「アルバスが追放された……? そ、それはどういうことなんだ?」
冷たい空気を纏っていたガラテアの声が震える。明らかに驚いて、動揺していた。
それを見てなのか、アイザックはニヤリと笑う。
「ああ、そうだよ! あいつは音属性なんていうハズレ属性を引いて、親父から直々に追放されたんだよ!! ギャハハハ!!」
ガラテアは信じられないような瞳でザカリーを見る。ザカリーはアイザックの発言に膝をついていた。
それを見て、全てを察したガラテア。アイザックの言葉に嘘なんてないと。
「1200万ゴルド。これがなんの数字か分かっているか?」
「……は? なんだよそれ。うちの月当たりの稼ぎなんか?」
ガラテアは拳をギュッと握りしめて、顔を上げる。その表情には珍しく、怒りが滲み出ていた。
「これは! お前の父であるザカリー・グレイフィールドが、アルバスのためと言ってナイトレイ家から借りていた金額だ!! ザカリー殿! 彼の言葉は一体どういうことか!?」
「は、はあ? なんだよそれ……知らねえぞ」
ガラテアが見せた怒りの声に周囲の貴族達は怖気付く。ガラテアは普段冷静沈着な貴族令嬢を振る舞っているから、こんな風に声を荒げる姿を誰も見たことがないのだろう。
ガラテアのギッとした鋭い視線は、本職の騎士ですら警戒するほど鋭い物であった。当然ザカリーはビクッと全身を震わせている。
「ち……ちがいますガラテア様! こここ、これはですね……」
言い訳をしようにも言葉が出てこないザカリー。そんなザカリーの肩をポンと叩く人がいた。
「ふむ、もしも息子さんの言葉が真実であるなら、それは一大事だザカリー君。いつの時期にもよるが、君はつい先日までそう言って、我々から借りたね」
「な、ナイトレイ卿」
身長190は超えるであろう大柄でかつ筋骨隆々な男、ガラテアの父ナイトレイ卿はいつもと変わらないような口調でそう言った。
「ち、ちがいます! そう! 旅! アルバスは次期当主になるため、知見を深める旅に行きましてねえ」
「はあ? 父上何言ってるんだよ! 次期当主は役立たずで無能な兄貴じゃなくて、俺にしてくれるって言ったじゃねえか!! あれは嘘だったのか!?」
「だ、黙れぇ!! お前は余計なことを言うんじゃない!」
アイザックとザカリーのやりとりを見て、はあとため息をつくナイトレイ卿。ナイトレイ卿はガシリとザカリーの腕を掴む。
「ここではあれだ。みなの迷惑になる。二人でゆっくりと聞かせてもらおうじゃないかザカリー」
「ま、待ってくださいナイトレイ卿……!! 本当に……本当にこれは誤解なんです! 話せばわかります、ですからその手を……」
「今からその話をしにいこうと言っているんだ。少し長くなるかもしれないがね」
ナイトレイ卿はザカリーを引きずって、どこかへと行ってしまう。
そんな中アイザックは不機嫌そうに舌打ちをする。
「チッ……。ここでも兄貴兄貴の名前かよ! あいつのどこがいいって言うんだ! 俺の方が優れている。あんな笑ってばかりで無能な奴のどこがいいんだか」
「き、貴様ァ!! その言葉を取り消せ!!」
ガラテアは胸ぐらを掴み、力ずくでアイザックを引き寄せる。その表情は怒りが限界を超えている物であった。
「オイオイ、何そんなに必死で怒ってるんだよ。俺は本当のことを言っただけだぜ?」
「アルバスがどれだけ弟のことを想っていたのか知らず……よくそんな舐めた口を……!!」
ガラテアの怒りが頂点に達しようとした時、二人の間に割って入る男がいた。
王族騎士団の団長だ。フルフェイスの重装鎧が目を惹く。
「そこまでだ。これ以上は選抜に支障が出る。もしこれ以上やりあうというのなら、二次試験の模擬戦にて争ってもらう」
団長の言葉に手を離すガラテア。睨み合う二人。最初に口を開いたのはアイザックだった。
「いいぜ。しかしよぉ、この俺にあんだけ酷いことを言ったんだ。負けたら、どうなるか分かってるよな? アァ!?」
「万に一つもお前に負けるつもりはない。私が勝った時には取り消してもらうぞ、アルバスへの言葉を」
***
王族騎士団選抜。第二の選抜は参加者同士の模擬戦であった。
武器は模擬戦用の物。魔法は騎士団が規定した殺傷力が一定以下の物のみ使用可能となっている。
模擬戦は直接的な戦いというのもあって、水面下で行われる貴族同士の争いも激化する。
そんな中、一番注目を集めたのはこの二人の模擬戦。アイザックとガラテアの模擬戦だった。
ガラテアの武器は刀身が長い太刀を模した物。
対するアイザックの武器は刀身が短く取り回しにすぐれたショートソードを模した物だ。
「それではアイザック・グレイフィールドとガラテア・ナイトレイの模擬戦を開始する。両者構え! 始め!!」
模擬戦が開始する。二人は同時に魔法の詠唱をする。
『魔力よ、肉体に力を。
「まずは俺の剣技で圧倒してやるぜ!!」
「御託はいい、さっさとかかってこい」
ガラテアの言葉にアイザックは剣を構える。全身の力の入りようからして、ガラテアの言葉にキレている様子だ。
「そんな口を叩けるのも今のうちだ。行くぜウオオオオオ!!!」
ガンガンガンガン! と木製の武器がぶつかり合う。アイザックの剣技は攻撃重視で、身体能力任せに激しい攻撃を叩きつけるというもの。
そんな攻撃をガラテアは最低限の動きで全て弾いていた。
「クソッ! クソッ! なんで俺の攻撃が当たらない!?」
「どうした? その程度か? これでアルバスを無能と呼んでいたのなら、お前の程度が知れるな」
「黙れええええええ!!! 俺の方が兄貴よりも優れているんだ!!! 無能と比べるんじゃねえええ!」
アイザックの攻撃が一層激しくなる。
攻撃ばかりで防御が疎かになっていた身体に、ガラテアの鋭い前蹴りが突き刺さり、数メートル後方へ吹き飛ぶ。
「ぐ……グハッ!? くっ……くっそぉ!! なんで俺の攻撃が当たらないんだ!!」
「ふん。得意な魔法でこればいいんじゃないか?」
「言ったなクソ女……! 俺の魔法を見せてやる!!」
プライドを刺激されたアイザックは立ち上がり魔法の詠唱を開始する。
『火よ、集いて燃焼し礫となって』
『雷よ、敵を穿て。雷光』
アイザックの詠唱が終わるよりも早く、ガラテアの魔法が発動する。
雷の光線がアイザックの肩に直撃し、アイザックはその場に倒れ伏す。
「いてぇ!? いてぇよお!!! なんだよこれ!! 俺の魔法がどうして!?」
「詠唱を途中で遮られたら、誰しも魔法を発動出来ない。簡単な魔法程度にそんな長い詠唱を唱えているようでは、アルバスの足元に遠く及ばないな」
「な、なんだと!? あいつは無能なんだ! 四大属性を授かることなく、音属性なんていうハズレ中のハズレを引いた! そんな奴の足元に、四大属性を三つも持つ俺が及ばないだと!? 馬鹿を言うな!!」
「なるほど、現にお前はそのハズレ属性の雷属性の魔法で転がっていたじゃないか。その程度の実力で、ハズレ属性だからと人を笑うなんて浅ましいにも程がないか?」
アイザックは信じられないような表情でガラテアを見る。
たしかにガラテアが使った雷光は四大属性の魔法ではない。ハズレ属性と呼ばれる雷属性の魔法だ。
「お……お前もハズレ属性なのか?」
「さあな。お前に話すことなんてこれ以上ない。取り消すか、立ち上がるか、選べ」
ガラテアの視線にアイザックは怯える。
だがそれ以上に、アイザックの心の中で渦巻いていた物が一つある。
それはハズレ属性に負けたという悔しさであった。今まで四大属性を授かって、自分はエリートだと思い込んでいたところに、馬鹿にしていたハズレ属性に負けようとしている。
こんな屈辱的なことは他にあるだろうか?
「俺はあんな兄貴とは違う! ハズレ属性のお前ともだ!! 俺は! 俺は偉大な魔法使いになる器なんだア! お前程度のハズレ属性が俺を見下ろすな!!」
アイザックは立ち上がり、詠唱を開始する。
『火よ、怨嗟の火よ、我が痛み、我が苦痛を糧とし敵を燃やす紫炎となれ! 怨炎弾!!』
アイザックの魔法を見たガラテアがそっと右手を空高くあげる。彼女もまた詠唱する。
『雷よ、我が指先に集い敵を穿て。雷光穿』
雷一閃。アイザックの紫炎を貫き、ガラテアの魔法はアイザックの顔の真横を通り過ぎていく。雷が髪の毛を僅かに焦がしていた。
「この俺の魔法が負けた!? こんなハズレ属性の魔法なんかに!?」
「もう分かったんじゃないか? さあ、どうする? これ以上は時間の無駄だと思うが」
アイザックは拳を握りしめて、わなわなと振るわせる。その後。
「だ、誰が認めるか! これは間違いだ!! 俺はハズレ属性に負けるわけないんだアアアア!!!」
アイザックは無謀にも特攻する。勝負の行方は分かりきったことだろう。
数分後、アイザックはガラテアの魔法と剣技を何度も受けて地面に転がっていた。
「いたいたいたいたいたい!! こんなの聞いてねえ!!! なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!!! おかしいだろ!!?」
「はあ……アルバスの弟とは思えないなお前」
「黙れ黙れ黙れ!! くそっいてぇ! 覚えとけよお前! 絶対に……絶対に見返してやるからな! クソ兄貴も同じように!!」
地面に転がっていたアイザックは痛みの中で立ち上がり、走って逃げていく。それはガラテアは呆れて物が言えないのかはあとため息をつく。
「あんなやつに謝ってもらうことなんて到底無理か。仕方ない。早くアルバスを探さないとな……」
この数時間後。アルバスが報告のために王城に来ていたこと、その時ガラテアが手続きのために王城にいたことを、二人とも知らなかった。
***
クソッ! クソッ!
なんで俺がハズレ属性なんかに負けなくちゃならないんだ!!
おかしいだろ!? 俺は四大属性を三つも授かって全てが上手く行くはずだったのに!!
父から冷遇されていた。俺には兄貴ほどの才能がなかったから! 女神の儀でようやく兄貴を追い越したと思ったのに!! クソッ! 兄貴の影が消えねえ!! 俺の中から消えねえ!!
「随分と困っているみたいじゃないか。そんなボロボロになってしまって、何かあったのかい?」
走って、走って、走った先に俺はそんな声を聞く。
男か女か分からない中世的な顔つき。ゆったりとした身体つきがわからないような服装。
そいつは俺に手を伸ばす。
「何、この出会いも何かの因果だ。困っているんだろう? なら私が君の悩みを解決させてあげようじゃないか」
ニヤリと笑ったそいつの顔。
その時、僅かに見えた首元の縫い目。
俺はそいつに全てを話していた。
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