第33話 俺は最低のクズ野郎です……
それからのシフト中も、琴ヶ浜はいつものように教育係として厳しく俺を監督しつつ、二人でいる時はいつも以上に甘々な態度で俺を構ってきた。
そりゃあ、俺だって琴ヶ浜ほどの美少女に甘やかされるというのは悪い気はしない。
むしろシチュエーションだけを見れば、今まで彼女に近づいては切り捨てられた数多の男たちに、嫉妬で呪い殺されてもおかしくないレベルだろう。
けど……今までのことがそうだったように、琴ヶ浜のそんな態度も、やっぱり俺が「ケンスケ」に似ているからなんだろうか。
例えばもし、俺が全然「ケンスケ」と似てなかったらどうなっていたんだろう。
もしそうだったら、他の奴らと同様に、あいつはやっぱり俺なんかには見向きもしなかったんだろうか。
あの可愛い笑顔も、手作りの弁当も、無邪気にはしゃぐ姿も、ほろ苦くてひんやり冷たいコーヒー氷の味も。
その全部は
そんなことを考えると、なんだかちょっと複雑な気分になってしまい……今は琴ヶ浜からの優しい言葉や笑顔を素直に喜べない俺がいた。
「……お疲れ様でした~」
モヤモヤとした気持ちのままシフトを終え、俺はそそくさと店の裏口を出る。
そのまま商店街の表通りに出たところで、誰かが足早に俺を追いかけてきた。
「先輩、待って」
呼ばれて振り返ると、案の定そこには琴ヶ浜がいた。
その手には、例によって差し入れの入った紙袋を抱えている。
「お疲れ、琴ヶ浜。どうしたんだ?」
「どうしたって、お弁当です。また忘れていましたよ」
「あ~……そっか。ごめん、またうっかりしてたよ」
嘘だ。
今回はうっかりじゃない。
なんとなく、今日は琴ヶ浜の差し入れを受け取る気分にはなれなかったんだ。
「もう。せっかくこうして余り物を詰めて……いえ、作ったんですから、ちゃんと食べてください」
言って、少し不機嫌そうに琴ヶ浜が差し出したそれを。
けれど俺はやんわり押し戻した。
「いや。今日は大丈夫だよ」
「え?」
まさか突き返されるとは思わなかったのか、琴ヶ浜が虚を突かれたように目を丸くする。
「大丈夫、って……どうしてですか?」
「それは……いや、ほら。実は今日、家に親が帰ってきててさ。さっき『晩飯作ってる』って連絡あったんだ。だから、今日は弁当無くても大丈夫、ってわけで……」
咄嗟にそれらしい言い訳をすると、琴ヶ浜はまだ少し驚いたような表情を浮かべつつ、
「そう、ですか……なら、今日は仕方ないですね」
とても、とても残念そうに俯いた。
紙袋を抱えた細腕に、僅かに力が込められる。
そんな彼女の姿にいよいよ罪悪感でいたたまれなくなり、
「あ、ああ、悪いな。だから、弁当はまだ今度お願いするよ……それじゃ」
ロクに琴ヶ浜の顔も見れないまま、俺は逃げるようにしてその場を後にした。
※ ※ ※ ※
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
「おいおい。随分と長いため息だな、剣の字」
翌日の昼休み。
俺は食堂の十人掛けテーブル(ガラガラ)の隅っこで、盛大に腑抜けていた。
「そんなにため息ついたって、お前にゃもともと逃げるほどの幸せも残ってないだろうに」
対面に座るモリタクのそんないつもの皮肉も、今の俺の耳にはほとんど入らない。
「……俺は、どうしようもないクズ野郎です」
「はぁ?」
「……人の親切を素直に受け取れない、ひん曲がった根性の持ち主です。髪型も目付きも人相も悪い上に性格も悪い……そんな救えない最低野郎なんです。そんな最低野郎が誰かに好かれるなんて勘違いもいいとこだったんです。マジ調子に乗ってすみませんでした……」
「なにそのネガティブすぎる
「別に……ただの自己紹介だよ」
はぁ、なんであんなことしちまったかなぁ……。
昨晩の愚行を思い返し、俺は後悔と自己嫌悪で頭を抱える。
たしかに、琴ヶ浜が俺に抱いていた感情は期待していたものではなかった。
それどころか、あえて乱暴な言い方をすれば、あいつは多分、俺を死んだペットの「代わり」にしていたのだ。
今まで散々こちらに気があるような紛らわしい素振りを見せておいて、いざ蓋を開けてみた結果がコレでしたでは、さすがに文句の一つも言いたくなるのが人情ってもんだ。
それでも……これまで琴ヶ浜が俺に色々としてくれたのは事実だし、実際にあいつのお陰で助かったことなんていくらでもある。
昨日の弁当だって、あいつがわざわざ手間と時間をかけて俺のために用意してくれたことに変わりはない。
それなのに、あんな風に変な嘘吐いて、鬱陶しがって……。
あんなの、ただの八つ当たりだ。
「はぁ…………あとで謝らねぇとな、昨日の事」
「謝る? 誰にだ?」
「なんでもない、独り言だ。……わり、先に教室戻ってるわ」
キョトンとするモリタクを残し、俺はすでに空になった食器を片付けて食堂を後にする。
特別棟を出て本校舎一階に入れば、思い思いに昼休みを過ごす生徒たちで廊下や中庭は賑やかだった。
午後の授業までは、まだ十分くらいはあるか。
「……あいつ、今日もパトロールしてんのかな」
何とはなしにそんなことを呟きながら、一人教室を目指して歩いていると。
「──おや? 君は……」
校舎二階へと続く階段の踊り場で、ちょうど降りてきた一人の女子生徒と鉢合わせる。
見上げた先では、三年生である証の緑色のネクタイと、カラスの
「やぁ、こんにちは」
妙に耳に心地いい落ち着いた声で、彼女は軽く会釈をする。
女子高生、というよりはむしろ「女学生」という表現の方が似合っているような、ミステリアスな空気を纏う美人。
誰あろう、百船学園風紀委員長の
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