第42話 全然見つからない!
「ハァ、ハァ……ゼェ……!」
出勤途中に何かトラブルに巻き込まれた可能性を考えて、俺は学校からルピナスまでのルートを逆走しながら琴ヶ浜を探すことにした。
ルピナスの制服から再び学生服に着替えて店を飛び出し、商店街を裏路地に至るまで探索し、駅前広場の人通りに目を凝らし、臨海公園を隅々まで走り回り……。
「み、見つからない……」
そうして必死に探し回ったものの、結局琴ヶ浜を見つけることはできないまま、気付けば俺はもう学校近くまでたどり着いてしまっていた。
「必ず見つける!」なんて威勢のいいことを言っておいてコレとは、我ながら情けない。
「……ここまで来たら、一応学校にも行ってみるか」
乱れた呼吸を整えつつ、俺は再び走り出した。
もしかしたら、今頃は照ヶ崎先輩が何かしら足取りを掴んでいるかもしれない。
淡い期待を胸に見慣れた登校ルートを行き過ぎる。
ややもしない内に百船学園の正門が見えてきた。
「あれ? あそこにいるのって……」
よく見ると、正門脇の守衛室の前に誰かが立っている。
さらに近づくと、噂をすれば照ヶ崎先輩だ。守衛のおじさんの一人と何事かを話している姿が見て取れた。
「照ヶ崎先輩!」
走り寄る俺に気付いた彼女が、守衛さんとの会話を切り上げて振り返る。
「鵠沼くん? どうしたんだい? お店にいたはずじゃあ」
「いやその、やっぱり心配で……ハァ、ハァ……スタッフを代表して、琴ヶ浜を探しに……」
「そうか。それでそんなに汗だくというわけだね」
驚きの表情を浮かべるのも束の間、先輩は「使うかい?」と金の刺繍の入った黒いハンカチを差し出してくれる。
が、なにやら高級感漂うそれでムサい男の汚い汗を拭うのも
「い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「しかし、君がここまで来たということは、道中で恵里奈くんは見つからなかったんだね」
「はい。まぁ、俺が見落としてるだけかもですが……先輩の方はどうでしたか?」
落ち着いたところで、俺たちはお互いにこれまでの捜索状況を共有した。
「私もあれから何度か恵里奈くんに電話をしてみたのだけれど、やはり繋がらなくてね。だから、せめて誰かしら下校する彼女の姿を見た者がいないかと、校内に残っている生徒や教師らに聞き込みを行っていたんだ。残念ながら、まだ目撃情報は得られていないけれどね」
「ただ」と、先輩は守衛室に視線を向ける。
「先ほど守衛さんにも話を聞いてみたところ、妙な証言をしていてね。今日はまだ、恵里奈くんがこの正門を通り過ぎるところを見ていないと言うんだ」
「え? でも、もうとっくに下校したんじゃなかったんですか?」
「私もそう思っていた。けれど、常に正門を見張っている彼が見ていないというのなら間違いないのだろう。まさか、今日に限って彼女がわざわざ裏門から出たとも考えにくい」
たしかに、他の一般生徒ならいざ知らず、琴ヶ浜は学校内でもかなりの有名人だ。
ただでさえ目立つあいつを、すでに帰宅部連中の人通りも落ち着いたであろう時間帯の正門で見逃すのは、むしろ至難の業と言ってもいい。
自宅やルピナスとは正反対の方角にある裏門を使う、なんて無意味なことをするとも思えない。
そして、俺が探した限りでは学校から店までのルートにもいなかった。
となれば、ほかに考えられる可能性としては……。
「あいつ、ひょっとしてまだ学校内のどこかにいるのでは?」
「そうだね。君がここに来てくれたことで、ますますその線が濃厚になった気がするよ」
「あ、でも、先輩の聞き込みではまだ目撃証言は……」
「たしかに有力な情報はなかった。けれど、それは逆に言えばそれだけ目撃されにくい場所、人目につかない場所にいる可能性がある、とも言える」
「人目につかない場所、ですか?」
というと、パッと思いつくのは校舎の裏あたりだろうか。
それとも部室棟の地下? あとは体育倉庫に、旧校舎に……ダメだ。学校内と言っても候補が多すぎて絞り込めない。
だいたいこの学校、やたらと敷地面積広すぎなんだよな。そこは、さすがに一学年に十クラス以上あるマンモス校といったところか。
キーン、コーン、カーン、コーン──
「ちょうど六時、か……」
夕方の学園内に響き渡ったチャイムに、照ヶ崎先輩が手元の時計に目を落とす。
決定的な手がかりも無いまま時間だけが過ぎていく現状が歯がゆかった。
どうしたもんか……。
「あん? なんだなんだ、剣の字じゃねぇか」
頭を抱えて唸っていると、不意に耳慣れた声で呼ばわれる。
振り返れば、そこにいたのは案の定、モリタクだった。
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