第43話 走れ剣介

「おっす、剣の字。何してんだ、こんなとこで。お前たしか今日はバイト……って、風紀委員長!?」


 のほほんとした顔で近づいて来たモリタクが、俺の横に立っていた照ヶ崎先輩に気付いて瞠目どうもくする。


「やぁ、こんにちは。ええと、君は?」

「え、あ、俺!? 俺ですか!? えっと、二年のもりたくおみ、っス。剣の字、あ、いや! こちらの鵠沼剣介クンの友人でして、へへ……!」


 憧れの風紀委員長を前にしてテンションがおかしくなったのか、しきりにオーバーなジェスチャーを交えながらぎこちなく自己紹介をするモリタク。

 挙動不審にもほどがある。


「へへへ……おい、どうなってんだ剣の字」


 俺の首に腕を回してくるりと先輩に背を向けたモリタクが、ヒソヒソ声で詰め寄ってきた。


「なんでお前が『四ヶ嬢』筆頭にして麗しき風紀委員長サマである照ヶ崎先輩と一緒にいるんだよ! はっ、お前まさか……とうとう誰かヤっちまったのか!?」

「ちがうわ! 人聞きの悪い事を言うな! つーか、お前の方こそこんな時間まで学校で何してんだよ。帰宅部だろ?」

「何をしてたか、だと? ハッ、知れたこと! 俺が帰宅部やってんのはな、放課後の『ライフワーク』のために決まってるだろうが」

「はぁ?」


 何を言ってるんだこのアホは?


「俺が『百船学園女子白書.xlsx』のアップグレードのために、日々学園内の女子生徒たちを観察してるのは知ってるだろ? 今日はチア部が小体育館で練習する日だからな。こっそり忍び込んで練習風景を覗いてたんだよ。いやぁ、今年の新入部員は粒ぞろいだぜ?」


 知らねぇよ。

 なんだ百船学園女子白書って。

 お前がそんなもん作ってることも、放課後にそんなバカなことやってることも今はじめて知ったよ。


「けど、すぐに部員の女の子たちに見つかってな。不審者扱いして追っかけてきたから、ほとぼりが冷めるまでやり過ごそうと思って本校舎の屋上に隠れてたんだけど……」

「隠れてたんだけど?」

「ああ。そのまま居眠りしちまって、気付いたらこんな時間でした」

「お前……お前ほんと、バカだなぁ……」


 なんだか一気に力が抜けてしまい、俺は思わずその場に座り込みたくなった。

 こっちは必死こいて人探ししてる真っ最中だっていうのに。

 温度差で風邪引きそうだよ。


「コホン。……あー、すまない。ちょっといいかな?」


 きょとんとした顔で俺たちの背中を見つめていた照ヶ崎先輩が咳払いする。

 そうだった。今はこんなバカの相手をしている場合じゃない。


「すみません、先輩。今すぐこいつ追っ払うんで、しばしお待ちを」

「ああ、待って鵠沼くん。彼にも話を聞いてみて構わないかな?」

「こいつにですか? いやあの、このアホに聞いたところで何も知らないと思いますよ?」


 だって覗きと居眠りしかしてなかったみたいだし。


「念のためだよ。今は些細なことでも情報が欲しいところだからね」

「まぁ……そうですね」

「お、おい? 何の話だ?」


 首を傾げるモリタクに、照ヶ崎先輩が端的に説明する。


「うん。実は、風紀委員会一年生の琴ヶ浜恵里奈くんの居場所を探していてね。というのも彼女、先ほどから電話にも出ないし、家にもバイト先にもいないそうで、ようとして消息が知れないんだ。君、学校内のどこかで彼女を見かけたりはしなかったかな?」

「琴ヶ浜って、あの『鬼の風紀委員』の?」


 照ヶ崎先輩が頷くと、モリタクが「あ~」と言って腕を組む。


「そっか。じゃあやっぱりは琴ヶ浜だったのか」

「ほら。照ヶ崎先輩、やっぱりこいつは何も知らな……って、ええ!?」


 予想外の答えに面食らい、俺は胸倉を掴む勢いでモリタクに詰めよった。


「ど、どういうことだ? お前、どこかであいつを見かけたのか!」

「へ? あ、ああ。というか、なんでお前がそんなに必死なん……」

「いいから! 教えてくれ、モリタク!」

「……森戸くん、と言ったね。どこで彼女を見かけたのかな?」


 照ヶ崎先輩までもが真剣な表情で問うてくるのに、さすがにただ事じゃないと思ったらしい。

 困惑気味にパチクリと目を瞬かせながら、それでもモリタクはポツポツと答えた。


「え、えっと、俺さっきまで本校舎の屋上にいたんですよ。あそこって、東のフェンスからだとちょうど特別棟の屋上が見下ろせるんですよね。んで、さっき帰り際に何か話し声が聞こえると思ってそっちを見たら、彼女らしき女子がいるのを見ました」

「特別棟の屋上に?」


 モリタクの言う通り、特別棟は本校舎の東に位置している。三階建てである本校舎の屋上からは、たしかに二階建ての特別棟の屋上がよく見下ろせるだろう。


「な、なんだってそんな所に。何か用事でもあったのか?」

「いや、特別棟屋上は生徒の立ち入りが禁止されているエリアだ。彼女が自主的におとなうとは考えにくい。それに、そもそも屋上への扉は南京錠で施錠されていたはずだけれど……」


 バイトの時間に遅刻し、家にも店にも連絡すらせず、校内の立ち入り禁止区域に侵入。

 そんなこと、あいつが自分の意志でやるはずがない。

 はずがないにもほどがある。


「……話し声が聞こえた、って言ったよな?」


 なぜだかわからないが、俺は猛烈に嫌な予感がして、確かめるようにモリタクに尋ねる。


「屋上には、のか?」


 虫の知らせ、というやつだろうか。

 このままでは琴ヶ浜の身に何か良くないことが起こるんじゃないか。

 そんな漠然とした不安を、けれどはっきりと感じている自分がいて。


「お、おう。なんか、三人くらいの女子と一緒にいたぜ。いたっていうか、なんだかその三人と言い争ってるみたいな感じで……って、おい? 剣の字!?」


 モリタクの返答を聞くが早いか、俺は特別棟を目指して脱兎のごとく走り出していた。

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