第17話 おしゃまガールとの遭遇
そんなひと悶着の末に俺がやってきたのは、自宅から十分ほど歩いた場所にある港湾沿いのホームセンターだった。
日用雑貨や家具類はもちろん、アパレルショップや書店やフードコートなんかもあり、さながらちょっとしたデパートだ。
そして、ここの地下一階にあるスーパーが、我が家の最寄りのスーパーだった。
「さて、と。ちゃっちゃと買うもん買って帰りますかね」
Tシャツの襟首をパタパタやりつつ、自動ドアを通って施設内へ。
建物の中はいい感じに空調が利いていて、汗と湿気でベタついた肌がひんやりと乾いていく。
さすがに休日の昼日中とあって、客足は多い。
正面入り口を入ってすぐの吹き抜け広場だけでも、買い物を楽しむマダムたちや、団らんする家族連れ、それに混じってちらほらと学生っぽいグループの姿もある。
忙しく行き交うその人の波をぬって、俺は広場の端にある地下行きの階段へと向かった。
中央のエスカレーターより、こちらの方がすぐに飲料売り場の近くに下りられるのだ。
雑踏から抜け、あまり人気のないその階段を下りていく。
すると。
「──だから、嫌だって言ってるじゃん!」
「そんなこと言わずにさぁ、ちょっとくらい付き合ってくれよ」
ちょうど一階と地下一階の間の踊り場の辺りから、何やら言い争う声が聞こえてきた。
思わず足を止めて様子を窺うと、声の主は若い男女の二人組だった。
男の方は俺と同じか少し上くらいの年齢だろうか。派手な茶髪のロン毛に、耳にはピアスを付けている。見るからに典型的なパリピっぽい男だ。
そして、そんなロン毛男に壁際まで追い詰められて迫られているのは、小柄な少女だった。声の調子や、まだあどけなさが残る顔立ちを見るに、年は十三、四といったところだろう。
編み込みの入ったクセのある肩までの栗毛に、猫耳のようなものがくっついたフード付きのパーカーとミニスカート。足には黒タイツを履いている。ちょっと背伸びした女子中学生、といった感じか。こちらもこちらで見るからに今時っぽい女の子だ。
「ヒマしてるんでしょ? なら俺と二人でさ、パーッとどっか遊びに行こうよ」
「ウザい。シーナ、しつこい人って嫌いなの。いい加減どっか行ってくれないかなぁ?」
どうやらロン毛男が栗毛の少女をナンパしている最中のようだった。
少女の方は、心底鬱陶しそうな顔。いわゆる萌え袖の状態になっている右手を「しっ、しっ」と虫でも追い払うように振っている。
外野から見ていても、脈ナシなのは一目瞭然だった。
「まぁまぁ。そう恥ずかしがらないでよ、シーナちゃん。あ、もしかしてお金ないとか? なら今日は全部俺が奢るからさ。それならいいだろ? はい、決定~」
一方ロン毛男はというと、少女の素っ気ない態度をまるで意に介さず、なおも彼女に言い寄っている。嫌がられているなどとは微塵も思っていない様子だ。
うーむ、こりゃ長引きそうだな。こっちは早く地下一階に行きたいんですが……。
「ああもう、ほんっとしつこい! いい加減に……あっ」
どうしたもんか、と遠巻きに様子を窺っていた俺は、そこでこちらに気付いたらしい少女とパチリと目が合ってしまった。
と、思ったら。
「……センパイ!」
「へ?」
何を思ったか、なんと少女がロン毛の脇をすり抜けて一目散に俺の方へと駆け寄ってきた。
そしてあろうことか、そのまま俺の背後に隠れるようにして回り込んでくる。
「ごめんなさい、センパイ! 待ち合わせの時間、もう過ぎちゃってました、よね……?」
「は?」
先輩? 待ち合わせ?
い、いきなり何を言ってるんだこの子は?
まるで以前からの親しい仲ですみたいな顔で、少女が潤んだ瞳で俺の腕を掴んでくる。
なかなかに
「ちょ、ちょっと待てって。君、誰かと人違いしてるんじゃあ……?」
「でも、わざわざ迎えに来てくれて嬉しかったです! えへへ」
言うが早いか、再び俺にすり寄ってきた少女が、もじもじと身をよじらせながら人懐っこくはにかむ。
実に可愛らしい仕草だが、いまいち話が読めない俺としては、ひたすら困惑するしかない。
「いや、だから俺は君のことなんて知らな──」
「お、おい! 誰だよお前は?」
と、それまで茫然と立ち尽くしていたロン毛が我に返り、
「だ、誰だよと言われましても……」
ただの通りすがりの買い物客ですが?
そう答えようとしたところで、
顔を向けた俺にさりげなく目配せしてくるのは、「話を合わせろ」ってことだろうか?
……はぁ、しょうがない。
マジで困ってるみたいだし、ここはひとまず乗っておいてやるか。
「あ~……悪い。俺のツレが何かしたか?」
少女を庇うような体勢で一歩前に出て、俺はロン毛男と対峙した。
特に威嚇したり睨みつけたりしたつもりは無かったのだが、
「な、なんだよ、ヤンキーの女だったのかよ……けっ、やってらんねー」
そんな捨て台詞を残して、すごすごと踊り場から去って行ってしまった。
ふんっ。こんな人畜無害な男をつかまえてヤンキーとは、失敬なロン毛だな。
「……ふぅ、良かった〜。やっと諦めてくれたよ〜!」
ロン毛男の姿が見えなくなったところで、俺のわき腹に張り付いていた栗毛の少女が薄い胸を撫で下ろす。
それからくるりと身を翻して俺の正面に立つと、少々はニッコリと微笑んだ。
「いやぁ、急に巻き込んじゃってごめんね? でもお陰で助かったよ~! ありがとね、ヤンキーのおにーさん!」
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