第18話 グイグイ来るんですけど……
「それにしてもすごいね、おにーさん! ちょっと睨んだだけで撃退しちゃうなんてさ!」
ロン毛男を前にしていた時の冷ややかな顔から一転して、パッと花が咲いたような明るい笑顔を見せる女の子。
どうやらこっちが彼女の素のようだ。
「さっすがヤンキー! カッコいいね!」
「べつに俺は大したことは……てゆーかヤンキーじゃないから!」
「え、そうなの? おにーさん顔めっちゃ怖いし、髪もトゲトゲだし、絶対そっち系だと思った~。さっきあのロン毛を脅してた時だって、チョー迫力あったし」
「……さいですか」
少女が無邪気に笑う。
悪気がないだけに、そのストレートな感想はチクチクと俺の心に突き刺さった。
別に脅したわけじゃないんだけどなぁ……。
「あいつ、さっきシーナが買い物してる時にいきなり声かけてきてね? いくら断っても『デートしようよ』って追いかけてきて、ホント困ってたんだよね。おかげでまだ全然お店も見て回れてないし、サイアクだよ~」
「なるほど。そりゃ災難だったな」
「でしょ! そりゃあシーナは可愛いし、ナンパしたくなる気持ちも分かるけどさぁ」
自分で言うかい。
まぁ、たしかに愛嬌のある顔をしてるとは思うけど。
「だから、偶然おにーさんが通りがかってくれて良かったよ! おにーさん、顔は怖くて不良っぽいけど……思った通り、やっぱり実はいい人なタイプの不良だったんだね!」
「悪かったな、怖い顔で。あと不良でもないっての。いい加減失礼だねキミも」
「もう、拗ねない、拗ねない。それよりおにーさん、お名前は?」
「えへへ~」と人懐っこい笑みを浮かべた少女が、そっぽを向く俺の顔を覗き込む。
コロコロとよく表情の変わるやつだ。
「は? なんで急にそんなこと訊くんだよ」
「そりゃ助けてくれた人の名前くらい知っておきたいジャン。ね、ね、よかったら教えてくれないかなぁ? ちなみにシーナはシーナだよ!」
ふむ。恩人の名前を知っておきたいとは、なかなか律儀なことを言う中学生だな。
まぁ、べつに知られて困るようなもんでもないし、いいんだけども。
「……剣介だ。鵠沼剣介」
俺がそう名乗ると、途端にシーナが目を瞬かせた。
「えっ、剣介? おにーさん、剣介って名前なのっ?」
「そうだけど、それがなんだよ?」
眉をひそめる俺とは反対に、シーナが若干興奮気味に俺の周りをぐるぐる歩き回る。
「へぇ! 剣介、剣介ね~! こんなトゲトゲした髪で、しかも名前が『けんすけ』。うわぁ、こんな偶然ってあるんだね! シーナびっくり~」
「はぁ? 何のことだ?」
俺が聞き返しても、シーナは「んーん、こっちの話~」と言うだけで、あとはもうしきりに興味深そうにこちらを眺めまわすばかりだった。
なんだってんだ、一体?
「よくわかんないけど、もういいか? 用も済んだみたいだし、そろそろ俺は行くからな」
じゃあな、と別れの挨拶を切り出して、俺は地下一階へと歩き出した……のだが。
「……おい、ちょっと待て」
階段を降りる俺の後ろを、なぜかトコトコとシーナが追いかけてきた。
「なんでついてくる」
「え? なんでって、そんなのシーナが剣介くんの『ツレ』だからに決まってるじゃん」
振り返った俺に、シーナはさも当然という風にそう言った。
てゆーか、さっそく名前呼びかよ。しかも「さん」じゃなくて「くん」付けだし。
「ツレってお前、そりゃあの場を乗り切るための出まかせでだな」
「だって、まだあのロン毛の人が近くにいるかもしれないでしょ? ここでおにーさんと別れたらシーナ、きっとまたあいつに捕まっちゃうよ」
「それは……まぁ、そうかもだけど」
「でしょ? だからシーナ、もうちょっと剣介くんと一緒にいる。……そ、れ、に~」
不意に悪戯っぽく笑ったシーナが、次には細っこい両腕で俺の右腕に抱き着いてきた。
「お、おい! いきなりひっついてくんな、暑苦しい」
「へへ~。シーナ、ちょっと剣介くんに興味でてきちゃったしね~。ね、いいでしょ?」
「いや、俺だってこのあとスーパーで買い物があって……」
などと渋ってはみたものの。
たしかにここでこいつをほったらかしたら、またあのロン毛に見つかって何されるかわかんないからなぁ。
「お願い剣介くん! もうちょっとだけ、シーナと一緒に、いて?」
「う、う~ん……」
すぐ見下ろす位置で、さながら捨てられた子猫のようにウルウルと瞳を揺らすシーナ。
しばらく考え込んだのちに、俺はとうとう根負けして頷いた。
「……ちょっとだけだからな」
ええい、これも乗りかかった船だ。
せめてほとぼりが冷めるまでは付き合ってやらぁ。
「ほんと!? やった! そうと決まれば早く行こっ! シーナ、いくつか行きたいお店があるんだよね~」
「ちょっと待て! 一緒にいるとは言ったけど、お前の買い物に付き合うとは一言も……」
「細かいことは気にしないの! シーナも剣介くんの買い物に付き合ってあげるんだから、剣介くんもシーナの買い物に付き合ってよね! ほらほら早く、は~や~く~!」
「……付き合ってくれなんて頼んでねぇでしょうが」
俺の抗議の声にもお構いなく、シーナは俺の腕を引っ張ってグイグイと一階の広場へと向かっていった。
どうやらこれ以上は何を言っても無駄なようだ。
やれやれ、俺はただ飲み物を買いに来ただけだっていうのに。
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