第19話 女子中学生って体力無限なの?

 その後、はしゃぐシーナに連れ回される形で、俺はホムセン内をひたすら歩き回った。


 やれ「部屋に置くお洒落なアロマが欲しい」だの、「ペットショップで子犬や子猫を眺めたい」だのと、彼女のリクエストで何件もの店舗を冷やかしたあと。

 ついでにフードコートで遅めの昼食も済ませることになった。


「や~、回った回った! これで行きたかった場所は大体チェックできたかなぁ」


 満足げにそう言って、シーナはフライドポテトをつまみながらストロベリーシェイクを飲んでいる。

 対する俺はというと、人混みの中を散々歩かされたせいでヘトヘトだった。


「あはは、剣介くん大丈夫? なんかめっちゃグッタリしてるし。疲れちゃった?」

「……お前は疲れてないのかよ?」

「ぜ~んぜん? これくらいで疲れるわけないじゃん。剣介くんってば変なの~」


 ぐっ、これが若さか! 

 いや、うちの母さんや姉貴もそうだが、そもそも買い物してる時の女子っていうのはどうしてあれだけ歩き回っても全く疲れた素振りを見せないんだ?

 もうあれだろ。絶対一時的に体力ゲージが減らない仕様になってるだろ。きっとそうだ。俺は詳しいんだ。


「ほらほら剣介くん。せっかく買ってきたラーメン、伸びちゃうよ? このあとスーパーで買い物もするんでしょ? 早く食べちゃいなよ」

「へいへい」


 とまぁ、こんな具合で終始シーナのペースに引っ張られ。

 ようやく当初の目的だった自分の買い物を終えてホムセンの外に出た時には、すでに陽は西の空に傾き始めていた。


「わお、いつの間にかもうこんな時間じゃん。あはは、買い物が楽しすぎて時間が経つのもあっという間だったね」

「そうかい。俺はべつに楽しくなかったけどな」


 微笑むシーナに、俺は半眼で言い返す。

 さっさと姉貴の使いっ走りをやっつけて部屋でダラダラするつもりだったのに。

 まったく、こいつのおかげでとんだ寄り道をするハメになったもんだ。


「は~あ、何が悲しくて貴重な休日に子どものお守りをせにゃならんのだ」

「なっ? ちょっとぉ、子どもってひどくない? シーナこれでももう中二なんですけど」

「高二の俺にとっちゃ十分子どもだっつーの」


 俺の物言いが気に入らなかったのか、シーナが「むぅ~」と頬を膨らませる。

 けれどすぐにその顔に小悪魔チックな微笑をたたえると、


「……ふふふ。またまた、剣介くんったら~」


 わざとらしい猫なで声を出し、妙に艶めかしい手付きで俺の胸板に細い指を這わせる。


「いっ!? お、おい、いきなり何をっ」


 両手が重たい買い物袋で塞がっているせいで、咄嗟にはそれを振り払えない。

 予想外の不意打ちに、俺は女子中学生相手に不覚にもドギマギしてしまった。


「そんなこと言って、本当はシーナみたいな美少女とショッピングデートできて嬉しかったくせに~」

「は、はぁ? そん、そんなわけないだろ。てゆーか、そもそもデートじゃないし!」

「あ~、顔赤くなってる~! 剣介くんってば、か~わいい♪」

「くっ……」


 畜生、こんな取ってつけたような魔性の女ムーブに! 

 なまじ中学生にしちゃ整った顔立ちをしているもんだから、それなりにハマっているのがちょっとムカつく。


「お前なぁ……」

「あはは、冗談だって。剣介くんの反応が面白くて、ついからかいすぎちゃった!」


 そうしてひとくさり俺を玩具にしたシーナは、それから「う~ん」と大きく伸びをして、


「とにかく、今日は剣介くんのお陰で助かったし、買い物も目いっぱいできたし、久々にメッチャ楽しかった~。付き合ってくれて本当にありがとね、剣介くん!」


 さっきまでの小悪魔のそれではない、年相応の少女の笑みでそう言った。

 俺にとっちゃいい迷惑だったよ、とまた憎まれ口の一つでも叩こうと思っていたのだが。

 彼女のそんな無邪気な笑顔になんだか毒気を抜かれてしまい、俺は言葉を飲み込んだ。

 ……まぁ、こいつが楽しかったって言うなら、もうそれでいいか。


「じゃあシーナ、そろそろ帰るね」

「おう……って、もう一人で大丈夫か? さっきのロン毛のこともあるし、なんなら途中まで送って行こうか?」

「ううん、大丈夫! シーナの家、この近くだから」

「そっか。んじゃまぁ、気ぃ付けて帰れよ」

「は~い。それじゃ、バイバイ剣介くん! また一緒に遊ぼうね~」

「お、おう」


 いや正直もう勘弁してほしいが……近所に住んでるなら、また出くわしちまうかもな。

 頬を引きつらせる俺を尻目に、おしゃまな栗毛少女はヒラヒラと手を振って足早に去っていった。

 出会った時といい別れ際といい、まるで小さな嵐のようなやつだったなぁ。


「さて、結構遅くなっちまったけど……げっ!」


 時刻を確認しようとスマホを取り出したところで、俺は思わず顔をしかめた。

 いつの間にかチャットアプリの未読件数が三桁を超えている。

 差出人は全て姉貴で、「遅い」だの「今どこだ」だのと文言が添えられたスタンプが大量に送り付けられていた。


「……やーばい。こりゃ早く帰らないと、マジでガサ入れされちまうな」


 とはいえ、ホムセン内の快適な涼しさにすっかり慣れてしまっていた体に、この西日と蒸し暑い空気は少々ツラいものがある。おまけにこの大荷物だ。

 家までは歩いて十分ほどの距離ではあるが……こりゃ色んな意味で足が重い帰り道だぜ。


「う~、ジメジメする~……蒸しあっちぃ……」


 ああ、人間ってのはどうして移動しないと目的地にたどり着けないんだろうなぁ。

 こんだけAIだのドローンだのが発達してる時代なんだし、そろそろマジで「どこでもドア」的なサムシングが開発されてもいいんじゃなかろうか。せめて、市とか町内限定でもいいからさ。


 帰宅という行為が億劫おっくうなあまりに、思わずそんな馬鹿なことを考えながら歩いていると。


「お? あれって……」


 途中で差し掛かった、とある小さな公園。

 そこには、公園内に一つきりのベンチを占有して寝っ転がる一匹の野良猫と……。


「…………にゃー」


そう呟きながらベンチの野良猫を撫でている、エプロン姿の琴ヶ浜がいた。

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