第16話 酔っ払い姉貴め……

「う~、ジメジメする~……蒸しあっちぃ……」


 五月も終わり、いよいよ本格的な梅雨の足音が近づいてきた六月初旬の日曜日。

 今日はバイトも休みだし、ここのところの雨続きで外は蒸し暑いしで、自室でゲームでもしながら一日ダラダラする気満々だった俺は。


「缶、重ぇし……散々歩き回って足も疲れたし……」


 ジュースの缶やら菓子やらでパンパンのビニール袋を担ぎながら、西日の差す街中をひた歩いていた。

 家にたどり着くまでは、まだしばらくかかりそうだ。


「くそっ。せっかくの休日だってのに、なんで俺がこんなことを……」


 吹き出す汗をTシャツの裾で拭うその動作すら面倒くさい。

 まったく、思い返せば今日は大変な一日だった。


 ※ ※ ※ ※


 遡ること数時間前──


「お酒切れちゃったぁ~! 剣介、買ってこい♪」


 部屋の扉をぶち壊す勢いで蹴り開けて侵入してきたモンスターのせいで、俺のダラダラな休日は唐突に終わりを告げた。


「なんでだよ。自分で行けよ。つーか、真昼間から飲んでんじゃねぇよ」

「だって~、今日あっついんだも~ん。飲まなきゃやってらんないわよぅ」

「いつも飲んでるくせに……そもそも俺、未成年だし。買いたくても買えないっつーの」

「じゃあなんか炭酸! 炭酸でいいから買ってきて? 買ってこ~い~よぉ~!」


 うわっ、酔っ払いめんどくせぇ!

 断りもなく部屋に入ってきただけでは飽き足らず、いい歳こいてお菓子を買ってもらえずに駄々をこねる子どもみたいに床を転げ回る女──鵠沼盾花じゅんか


 去年の春から地元の大学に通っている、俺の四つ上の姉である。

 子どもの頃から絵に描いたようなお転婆てんばで、弟の俺はいつも玩具おもちゃにされていた。

 大学に入ってからもそれは相変わらずで、よく家で一人酒盛りをしてはこうして酔っぱらって俺に絡んでくるのだ。

 面倒くさいったらありゃしない。

 早く彼氏でも作ってそいつに相手して貰えばいいのに。


「ブーブー! 女の子に優しくない男はモテないぞ~? 一生童貞だぞ~?」

「女の子ってガラかよ、姉貴が」


 ゴンッ。


 空き缶を投げつけられた。


「痛ったぁ!? こん……のクソ姉貴! 仮にもそれが人にものを頼む奴の態度かよ!」

「人じゃないです~、弟という名の下僕だからいいんです~」

「下僕になった覚えはねぇ!」


 もういい。ハナから行く気なんざなかったけどもう絶対買いに行かないからな!


「いいからもう出てけっての。のど乾いたんなら水でも飲んでろ!」

「へぇ~、ふぅ~ん、ああそう。そういうこと言っちゃうんだ~」

「あ? なんだよ?」


 イラつく俺の前で、姉貴が不意に不敵な笑みを浮かべて見せる。

 何やら嫌な予感がしていると、次にはとんでもないことを口走った。


「そういえば……あんたの机の二番目の引き出し、なんでのかしらね?」

「ぎくっ!?」


 ば、バカな! 

 前にモリタクから借りたちょっとアダルティな感じのブツの隠し場所がバレているだと!? 

 誰にも知られないように、夜な夜なこっそり改造していたのに!


「気になるなぁ。気になるから、今度お母さんと一緒に調べてみようかなぁ」

「買ってきます! 十缶でも二十缶でも買いに行かせていただきます!」


 畜生、相変わらず弟の弱みを探すとなると獣並みの嗅覚を発揮する姉だ。

 これでもかなり巧妙に隠したつもりなのに、いつの間にそこまで調べ上げたんだか。

 なに、麻薬捜査官か何かなの? 

 クラシックの曲に乗せてショットガンをぶっ放すの?


「んふふ、よかろう! あ、ついでにツマミとお菓子も買ってきてね~、ヨロシク♡」

「くっ……ロクな死に方しねぇぞ、この性悪姉が」

「ご心配なく。少なくともあんたよりは長生きしてやるつもりだから~」


 俺の捨て台詞も柳に風と受け流し、姉貴はだらしなく着崩れたショートパンツの尻ポケットからクシャクシャの五千円札を取り出す。


「ほれ、これで買えるだけ買ってきてちょーだい。お釣り余らせちゃダメだからね~」

「……ったく、わかったよ」


 差し出されたそれをひったくるようにして受け取って、俺は渋々家を出た。

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