第6章 俺の後輩の家族が濃い
第32話 俺が「可愛い」……だと!?
「…………ペット、かぁ」
琴ヶ浜と二人で野毛谷動物園に行った翌日の月曜日。
ルピナスのスタッフルームでモソモソとまかないメシを食べながら、俺は昨日の帰りのバスの中、琴ヶ浜から聞いた話を思い出す。
琴ヶ浜は俺に気があるのかもしれない──というのは、結論から言えばやっぱり俺の勘違いだった。とはいえ、これに関しては十分に予想していた事なので幸いそこまでダメージはない。
俺みたいな悪人面の冴えない男があんな美少女に見
……いや、強がってないよ? ホントだよ?
「けどなぁ……さすがにこのパターンは予想外すぎるだろ」
そう。あいつがちょっと大げさなくらいに俺を甘やかしたり、
かといって、教育係としての責任感や親心しか無かった、というわけでもない。
細かい事情までは聞いていないが、なんでも琴ヶ浜は中学生の時に一匹のハリネズミを飼っていて、しかし、ちょうど一年前くらいに怪我が原因で死んでしまったらしい。
で、そのハリネズミくんの名前がなんと俺と同じく「ケンスケ」といい、しかも見た目とか雰囲気とかも俺とそっくりなんだという。
ずっと隠してきた古い傷跡を見せるような顔で、昨日、琴ヶ浜は俺にそう打ち明けた。
要するに、琴ヶ浜は俺のことを「可愛いペット」のように思っていたというわけである。
あいつの今までの俺に対する態度の理由も、これでようやく
「そっかぁ、ペットかぁ……」
いやまぁ、別に嫌われているというわけじゃないようだし、そういう扱いが嫌というわけでもないけど………ないんだけども……。
「はぁ~……なんだかなぁ」
部屋に入ってきたのは、噂をすれば琴ヶ浜だった。
「失礼します、先輩」
「お、おう。どうした?」
「ああ、いえ。そろそろ休憩時間が終わりますので、呼びに来ました」
言われて壁の時計を見ると、たしかにぼちぼち仕事に戻る時間だった。
しまった、考え事をしていたせいでまだ全然食事が片付いてない。
「そ、そっか、わかった。ちょっと待ってくれ、今急いで食っちゃうから」
俺は皿に残っていた料理を手早く腹に納めて席を立った。
「ごちそうさまでした……さて、と」
「あ、先輩。待ってください」
空いた皿を持ってスタッフルームを出ようとすると、琴ヶ浜に呼び止められる。
「口元にソースが付いたままですよ」
「え、マジ?」
「それと、シャツの第一ボタンもほつれて外れかかっています。その状態でお客さんの前に出るつもりですか?」
「うっ、スミマセン……」
「まったく……本当にしょうがない人ですね」
琴ヶ浜はため息交じりに「少しじっとしていて下さい」と言うと、エプロンのポケットから取り出したナプキンで俺の口元を拭った。
それからグイッと俺の懐に入り込み、シャツの襟もとに手を添える。身長差の関係で、琴ヶ浜の頭がちょうどすぐ見下ろす位置までやってきた。
お、おお。なんか琴ヶ浜の髪、めっちゃフローラルな良い香りがする。
ていうか、こうして身だしなみを整えて貰うのって、なんだか新婚夫婦のやり取りみたいでかなり照れ臭いな……。
「ん……これでよし。綺麗になりました」
内心ドキドキだった俺の襟元を整え、琴ヶ浜は満足げに頷いた。
「わ、悪い。ありがとな」
「身だしなみのチェックはホールスタッフの基本です。お手洗いや休憩から戻る時などは、忘れずに確認するようにしてください」
ビシッと俺をたしなめた彼女は、それからどこか遠い目をして、少し寂しそうに微笑んだ。
「でも……先輩のそういうところも、ケンスケによく似ています」
「あ、ああ……そう、なんだ?」
「はい。あの子もよくあちこちのトゲに食べカスやおがくずを付けていました」
昨日、俺に一通りの事情を打ち明けたことで色々と吹っ切れたのだろうか。
今日の琴ヶ浜は相変わらず
「さっきの先輩、ちょっと可愛かったです」
「か、かわっ……!?」
こんな風に、面と向かって「可愛い」だの「お茶目」だのと言ってくるようになったのだ。
生まれてこのかた「怖い」とか「不良」とか言われたことはいくらでもあるが、「可愛い」などと言われたことなんかまず無かったので、正直どう反応すればいいのかわからない。
「か、からかうなっての……」
「? 別に、からかっているつもりはありませんが?」
そしてこの真顔である。
琴ヶ浜のやつ、なんだかこの前までと比べて随分距離が近くなっているような……?
「先輩? どうかしましたか?」
「え? あ、いや、何でもないよ。それより、早くホールに戻らないとな」
コテン、と小首を傾げる琴ヶ浜に誤魔化すようにそう言って、俺はスタッフルームを後にした。
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