第45話 違反行為は見過ごせません

 何もやましい事が無ければ、服装や携帯端末使用についての厳重注意で済ませる。

 そうでなければ事情聴取と事実確認を行ったのち、生徒指導の先生に引き継ぐ。

 大丈夫。バイトの時間には間に合うはずだ。

 いつもよりギリギリになってしまうかもしれないけど、それでも、ここで彼女たちを見て見ぬふりはできない。


 三人組を追いかけて、私は特別棟に足を踏み入れた。

 食堂の前を通り過ぎ、二階へと上がっていく彼女たちの後に続く。


(あそこって……特別棟の、屋上?)


 果たして、女子三人組が向かったのは二階にある階段をさらに上った先。

 生徒の立ち入りが禁止されている、特別棟屋上へと出る扉だった。

 しかも、どうやら扉をロックしていた南京錠は壊れてしまっているらしく、少女たちは難なく扉の向こうへと消えていく。

 状況から見て、彼女たちがこの場所を私的に利用しているのは明白だった。


 この時点で一度引き返して、先生なり照ヶ崎委員長なりにその後の対応を任せるという手もあった。

 けれどそれは、バイトを理由に風紀委員の仕事を丸投げするようで、私にはどうしても無責任なことのように思えたのだ。

 だから……。


「そこで何をしているのでしょうか?」


 せめて自分ができる所まではやろう。

 そう思い、私は扉を押し開けて屋上へと足を踏み入れた。


「え、なに……って、うわ」

「げっ、またかよ」


 案の定、三人組は夕陽に照らされた屋上の一角で話し込んだり飲食をしたりと、随分と寛いでいるようだった。

 その様子からも、日常的にこの場所を訪れていることが窺える。

 それでもこちらの姿を認めるなり、途端に三人が三人とも顔をしかめた。


「サイアク……なんで『鬼の風紀委員』がこんなトコ来るんだよ」


 ひと際派手な格好の和田さんが心底鬱陶しそうに吐き捨てる。

 私は構わず繰り返した。


「質問しているのはこちらです。あなたたちはここで一体なにをしているのですか?」

「あ~もう、うるっさいなぁ。ウチらがここで何してようとアンタには関係なくない?」


 もとより言い訳するつもりもないらしい。

 開き直るような和田さんの言葉に、他の二人も「それな」「ほっとけよ」と同調する。どうやらグループのリーダー格は彼女のようだ。


「関係の問題ではなく校則の問題です。特別棟の屋上は生徒の立ち入りが禁止されています。たとえ鍵が破損していようと、無断で侵入するのは明確な違反行為です」


 加えて、本校舎の屋上とは違い、ここには転落防止用のフェンスなども設置されていない。外周を腰の高さほどの鉄柵で囲まれているだけだ。

 校則のことを抜きにしても、危険性を考慮すれば無暗むやみに立ち入るべき場所ではない。


「速やかに解散し、この場から撤収してください」


 苦い顔を浮かべる彼女たちに、私はいつものように淡々と告げた。

 もちろん、中にはこんな注意喚起だけでは素直に従わない生徒もいる。

 特に集団で違反行為を行う者たちにはそういった傾向が顕著で、彼女たちもその例に漏れなかったらしい。


「うわ、コイツめんどくさ。ほっとけって言ってんじゃん」

「全然話通じないんですけど。なにそのAIみたいな喋り方、キモ」

「……えっとぉ、一組のコトガハマ? さんだっけ?」


 威嚇するようにこちらを睨みつけていた和田さんが私のすぐ目の前まで近づいてくる。

 身長差の関係からこちらを見下ろすような格好で、


「あんさぁ……前から思ってたけど、アンタちょっと調子に乗ってるんじゃないの?」


 苛立ちをはらんだ低い声で、彼女は言った。


「学年主席でスポーツ万能な優等生で? おまけに美人だの『鬼の風紀委員』だの何だのって持てはやされて、入学したばっかでもう男子からも女子からもモテモテ? アハハ、そっかそっか。そりゃあ調子にも乗っちゃうよね……けどさぁ」


 ギラリと瞳の奥を光らせて、和田さんは更に顔を近づけてくる。


「──気にいらないんだよね。アンタのその、周りの人間全て見下してるみたいな態度が」

「見下していません。私はただ、風紀委員としてあなたたちの違反行為を……っ!」


 不意に襟首を掴まれる。

 彼女の長い爪が首元を掠め、私は痛みに言葉を途切れさせた。


「そういうとこだって言ってんの。風紀委員だか何だか知らないけどさぁ、他人のことにいちいち首突っ込んできて、偉そうなんだよアンタ。何様のつもり? 言っとくけど、みんながみんなアンタに尻尾振って、アンタの言いなりになると思ったら大間違いだから」


 ため込んでいた鬱憤うっぷんを晴らすように、和田さんは恨みつらみをまくし立てる。

 今までにも、違反行為をとがめた生徒にこうして反抗されることは何度もあった。

 けれど、ここまではっきりとした嫌悪や敵意を向けられたのは初めてのことだった。


「帰れよ。この女王さま気取りの高飛車女」


 この様子ではもう、私が何を言っても聞き入れてはくれないだろう。


「……あなたが私にどのような不満を抱いているのかは理解しました」


 ひとしきり罵声を浴びせられたところで、私は襟元を掴む和田さんの手を引きはがす。


「ですが、それと今回の違反行為とは何の関係もありません。私に不満があろうとなかろうと、あなたたちも帆港学園の生徒である以上は、この学校の校則に従っていただきます」


 口で言っても聞き入れてもらえないのなら仕方がない。

 乱れた襟を正し、私は毅然きぜんとした態度で勧告した。


「もし従えないというのであれば、風紀委員会および生徒指導室に報告のうえ、強制的に退去させていただくだけです。クラス担任の教師や、ご両親にも連絡が行くことでしょう」


「両親に連絡」という言葉に、三人が僅かに動揺する素振りを見せる。

 横柄な態度や強い言葉で自分を大きく見せていても、彼女たちだってまだまだ私と同じ子どもだということだろう。

 何しろ、ついこのあいだまでは中学生だったのだから。


「では、私はこれで。報告がありますので失礼します」

「は、はぁ? ちょ、待っ……!」


 この場ですべきことは全てやった。あとは委員長を通して教師に報告して引き継げば、この一件での私の役目は終わりだ。


(……結構、時間かかっちゃったな)


 ちらりと時計に目をやって嘆息する。

 今すぐ出発すれば最悪でもシフト開始ギリギリにはお店に着けるかもしれないけど……一応、藤枝姉さんに連絡しておかないと。

 たじろぐ三人にくるりと背を向け、私は屋上の出入り口に向かって歩き出す。

 だが。


「ふざけんな! なに勝手に話終わった感じ出してんの?」


 一歩、二歩と踏み出したところで、私の右肩を和田さんの手が乱暴に掴んだ。


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