第2章 俺の後輩が鬼教官で厳しい
第6話 バイト開始!
「おお~……け、結構、似合ってるんじゃないか?」
面接から数日が経った日の放課後。
俺はルピナス店内のスタッフルームで真新しい制服に袖を通していた。
今日はいよいよ初出勤日である。
慣れない手つきで身支度を整え、スタッフルームに備え付けられた姿見で制服姿の自分の全身を確認する。
制服と言っても、上に黒いシャツを着て腰に前掛けを付けるだけで、下は制服のまま。靴もいつものローテクスニーカーのままと、だいぶカジュアルな格好である。
それでもこうして着替えれば、やはりいつもとは違う自分になったようで新鮮だった。
「うしっ、いよいよ俺のバイト生活スタートだ!」
「やぁやぁ。なんだか気合入ってるみたいだねぇ、青少年?」
パンパンと頬を叩く俺の背後で、スタッフルームのドアが開く。
入ってきたのは、同じくルピナスの制服に身を包んだ若い女性スタッフだった。
「あ、
「あはは、『
「え、えっと……はい、涼子さん」
「そうそう。これからはバイト仲間なんだしね。気楽に、気楽に」
快活な笑顔を浮かべた女性、梅沢涼子さんがそう返す。
面接の日にも軽く挨拶したのだが、彼女もルピナスのアルバイトで、市内の大学に通いながらここで働いているそうだ。
後頭部でくくった長めのブロンドヘアーが目を引く、いかにもオシャレな女子大生といった雰囲気。スタイルも良いし、最初に会った時はモデルさんか何かかと思ったくらいだ。ザ・モテる女子、といった感じである。
「鵠沼くん、今日が初日なんだっけ。随分と張り切ってるみたいじゃない」
「は、はい! そりゃもう、やっとこうしてまともなバイト先にありつけましたから」
「藤恵さんから聞いたよ。バイトの面接、ことごとくダメだったんだって?」
「はは……まぁ、俺ってばこんな髪と人相だし」
俺が自嘲すると、涼子さんもおどけた口調で深々と頷いてみせる。
「うーん。たしかにその髪は、あれだね。触ったら指から血が出そう……触っていい?」
「いやそこまでツンツンしてませんよ! 多分!」
ていうか、血が出そうって思ってるならなぜ触ろうと?
伸びてきた涼子さんの手を防ぐように、俺は手に持っていた黒いキャップを目深に被る。
べつに仕事中の帽子着用のルールは無いが、藤恵さんに頼んで被らせてもらうことにしたのだ。このトゲ頭を隠して、少しでも客に威圧感を与えないようにしようという俺なりの配慮である。
「冗談、冗談! まぁ、藤恵さんが認めた人材だからね。ちょっとばかり
やんわりと微笑んだ涼子さんが、ペシペシと俺の二の腕を叩く。
「ということで、今日からよろしくね。もう聞いたかもしれないけど、今のルピナスはちょっと人手不足なんだ。特に男手。だから、鵠沼くんには期待してるよ?」
グッと顔を近づけて、パチリとウインクしてみせる涼子さん。
美人な大学生のお姉さんのそんなあざとい仕草に、思わずドキリとしてしまう。
健全な男子高校生、しかもあまり女子と喋る機会もなかった俺にはちょっと刺激が強いです、はい。
「う、うすっ。お役に立てるよう、精一杯頑張らせてもらいます!」
「うむ、よろしい! といってもまぁ、そう気張り過ぎなくても大丈夫よ。接客バイト自体初めてなら色々と大変だろうし、最初は教育係の人と一緒にゆっくりやればいいから」
「…………教育係、ですか」
スン……と目を伏せた俺の顔を、涼子さんが
「おっと? どしたの、鵠沼くん? なんだか死地に赴く兵士みたいな顔だけど」
「いや、ちょっとその、俺の教育係のことなんスけど……」
「教育係? あー、そういえば君の担当はエリナちゃんだったね」
色々と察したらしい涼子さんが苦笑する。
「うーん、そうねぇ。たしかにちょっと気難しいとこあるからね、エリナちゃんは」
そっか……やっぱり学校だけじゃなくてここでもそんな感じなのか。
バイト先では一転して気さくな性格に、なんて、そんな都合の良いことはないらしい。
まぁ、初手通報の時点で気さくもクソもないんだけども。
「でもほら、今のスタッフの中では藤恵さんの次に古株だからね、あの子。おまけに学校も一緒で歳も近いってことなら、適任といえば適任だとは思うよ」
「え? 古株って、彼女もこの春にバイト始めたばっかりだって……」
「ああ、それね。聞いてないかな? エリナちゃんって、実は藤恵さんの従妹なんだよね。正式にここのスタッフになったのはたしかに高校入学してかららしいけど、お店の手伝いは中学の時からちょくちょくしてたんだって。だから実質、うちのチーフって感じかなぁ」
なるほど。琴ヶ浜が藤恵さんのことを「姉さん」と呼んでいたのは、そういう訳か。
文武両道、容姿端麗。学校では風紀委員として活躍し、その上バイト先では大学生の先輩方もいる中でチーフを務めている、と。
つくづくスーパー女子高生だな、あいつ。
「実はアタシも新人の時はさ、エリナちゃんに教育係をやってもらったんだよね」
「マジすか! そ、その時はどんな感じだったんです?」
「うーんとねぇ」
コンコン。
と、そこで不意にスタッフルームのドアがノックされる。
「……鵠沼先輩。準備、できましたか?」
続いてドア越しに聞こえてきたのは、噂をすれば琴ヶ浜の声だ。
「そろそろ研修を始めるので、ホールに来てもらいたいのですが」
「あっ、はい。今行きます! ……すみません涼子さん。呼ばれてるんで、俺行かないと」
「はいはーい。じゃ、頑張りたまえよ、新人くん! 色々と、ね」
何やら含みのある涼子さんの言葉を背に受け、俺はスタッフルームを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます