第52話 「先輩は、私にとって──」
「……お久しぶりです、鵠沼先輩」
「お、おう」
「怪我の具合はもう良いんですか?」
「へ? 良い、けど……それがなに──」
「なら結構です。では、この後少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
俺の言葉を遮るようにして、琴ヶ浜が質問してくる。
いや、質問というよりも命令に近いニュアンスだった。どうやら俺に選択肢はないらしい。
なんだか話が読めないが、それでも「わかった」と俺が頷くと、琴ヶ浜も頷き返してくる。
「ありがとうございます。では、速やかに食器を片付けて私について来るように」
それだけ言うと、琴ヶ浜は再び人混みをぬって一足先に食堂を去って行ってしまった。
──「鬼の風紀委員」直々の呼び出しか……。
──きっとこのあと風紀委員室にでも連れていかれて、厳罰に処されるんだぜ。
──あのトゲ頭……終わったな。
一部始終を見ていたギャラリーたちが、またぞろヒソヒソとやりはじめる。
おい、やめろ。恐ろしい事を言うんじゃない。
「……行くかぁ」
野次馬たちの縁起でもない憶測に一抹の不安を覚えつつ、俺も琴ヶ浜を追って学食の喧騒を後にした。
※ ※ ※ ※
そうして琴ヶ浜に連れてこられたのは、風紀委員室……ではなく、本校舎の屋上だった。
学園の敷地のほぼ中心に位置する建物の屋上とあって、ここからは学園内の各所が一望できる。
この時間ならいつも五、六組くらいのグループがここで弁当を囲んでいるのだが、今日はみんな学食に行っているようで、俺と琴ヶ浜の貸し切り状態だ。
そんな本校舎屋上に設置された、一脚のベンチで。
「はい、先輩。お口を開けてください」
「……えっと、琴ヶ浜さん?」
「早くしないと落としてしまいます。ほら、あ~ん」
「いや、だからむぐっ!?」
俺はなぜか、琴ヶ浜に手作りの弁当を振舞われていた。
しかもさっきから頑なに弁当箱を手放そうとせず、いちいち手ずから俺に食べさせようとしてくるのだ。
今も俺の口が開いた瞬間を狙って卵焼きをねじ込んできた。わけがわからない。
「どう、ですか? 美味しいですか?」
「むぐむぐ……うん、まぁ、めちゃくちゃ美味いけどさ」
「そ、そうですかっ。なら、良かったです」
俺の答えに、琴ヶ浜が照れたようにはにかむ。
「先輩、いつも学食だけだとルピナスでまかないを食べるまで我慢できなさそうだったので。少しでもお腹の足しになればと、今日は試しに先輩の分のお弁当も作ってみたのですが……やっぱり、持ってきて大正解でしたね」
「な、なるほど。そりゃまぁ、たしかにありがたいけれども……」
何やら楽しそうな琴ヶ浜とは反対に、俺は急に始まったほんわかランチタイムに動揺を隠し切れない。
ある意味、風紀委員室に連行されるよりも怖いんですけど。
「というか、こんな所で俺とゆっくり昼飯食ってて大丈夫なのか? 校内パトロールの途中だったんじゃ……」
「いえ。私も昼食をとる時間がありますし、いつも昼休み終了の十分前には巡回を切り上げていますので。ご心配には及びません」
「そ、そうか……あ~、それで、琴ヶ浜? 何か俺に用事があったんじゃないのか?」
俺が切り出すと、焼き鮭を掴んだ箸を片手ににじり寄って来ていた琴ヶ浜がハッとする。
「……すみません。先輩が美味しそうに食べてくれるのが楽しくて、すっかり本題を忘れてしまっていました」
ガクっ……まぁ、いいけどさ。
「で、本題ってのは何なの?」
「はい。まずは、無事に療養を終えて復帰したこと、おめでとうございます」
俺に弁当を食べさせる手を一旦休め、琴ヶ浜が居住まいを正して頭を下げる。
「それと、今回の一件の『その後』についてご報告を、と思いまして」
「というと、俺が学校を休んでる間のことだな?」
頷き、琴ヶ浜が語り始める。
俺が屋上から転落したあの事件のあと、風紀委員会と生徒指導室の主導によって、事の顛末はきっちりと調べ上げられた。
学園上層部にも報告がなされ、事件の翌日には特別棟屋上の扉に新しく鍵が掛けられたほか、改めて全校集会での注意喚起も行われたそうだ。
そして、事件の発端となった一年生の和田という生徒を含めた三人の女子生徒には、もちろん厳しい処罰が下されたという。
勝手に立ち入り禁止の特別棟屋上を使っていたことや、軽率な行動によって他の生徒を危険にさらしたことについて、親族を学校に呼び出しての面談及び厳重注意。加えて、数日間の自宅謹慎処分と
まぁ、これに関しちゃ100パーセント自業自得としか言いようがないのだが。
俺が屋上から落ちてさえいなければ、あるいはもう少し軽い処罰で済んでいたかもしれないことを思えば……うん、ちょっと悪いことをしたかもな。
「う~む、逆ギレして仕返しとかしてこなきゃ良いけどなぁ。嫌だなぁ」
「それは……きっと大丈夫ですよ」
俺の懸念に、琴ヶ浜はフルフルと首を左右に振った。
「この前、謹慎が明けて登校してきた和田さんが、わざわざ私のクラスまで謝罪に来たんです。『この前はムカついてて、うちもやりすぎた』って。大勢の大人に怒られて懲りた、というのもあると思いますが、もともと根は素直でいい子だったみたいです。だからきっと、そんなことにはならないと思いますよ」
「へぇ、なら大丈夫か」
なんだ。意外と律儀なところもあるんじゃないか。
「はい。あと『今度、いくつか可愛いストラップ持ってきたげる。お詫び、ってわけでもないけどさ』とも言っていましたね」
「……なんならちょっと仲良くなっちゃってるしよ」
「ふふ。まぁ、私はこれが気に入っていますので、付け替えることはないと思いますけど」
琴ヶ浜はおもむろにスカートのポケットに手を入れる。
中から取り出したのは、例のハリネズミのストラップ。
琴ヶ浜が、そしてついでに俺が身を
もはやただのガシャポンの景品というには、バックストーリーが強すぎる。
「本当は……この子にも少しだけ、ケンスケの影を重ねていました」
不意に、琴ヶ浜がポツリと
「あの子が死んでしまってからもう一年も経つのに、まだ完全には立ち直れなくて。それで、先輩をあの子の生まれ変わりのように思っていただけでなく、こんな小さなストラップにまで……私、本当に意気地なしでしたよね」
手のひらの上の小さなハリネズミを指で突きながら、自嘲するように笑う琴ヶ浜。
「先輩、前に言っていましたよね? 『琴ヶ浜は俺のことすげぇ甘やかしてくれるよな』って」
「うっ!? そ、そんなことも、言いましたね……?」
改めて言葉にされるとめちゃハズいけど。
「たしかにそうかもしれません。けど、甘えていたのは私も同じなんです。本当は自分勝手だって、良くないことだってわかっていたのに。先輩の優しさに付け込んで、甘えて、ずっと先輩のことをケンスケのように思って接していました……本当に、ごめんなさい」
ペコリと頭を下げた琴ヶ浜は「だけど」と言葉を結び、弁当を脇に置いてベンチを立った。
「……『鵠沼先輩』って」
「え?」
「あの時、先輩が屋上から落ちた時。私、『ケンスケ』じゃなくて、『鵠沼先輩』って叫んでいたんです。ケンスケが死んだ時の記憶が
たしかに、俺が親指を怪我したのを見て取り乱していたこいつは、思わずといった風に俺のことを「ケンスケ」と呼んでいた。
こいつの過去を知った今だからこそ、それは俺のことを最愛のペットの代わりのように思っていたからだとわかる。
なら、なんであの時はそうじゃなかったんだろうか。
ふと俺の頭に浮かんだ疑問には、けれどすぐに答えが提示された。
「でも、あとで思い返して気付いたんです。あの時の私は、『ケンスケの生まれ変わり』がいなくなることが怖かったんじゃない。……鵠沼先輩がいなくなるのが怖かったんだ、って」
琴ヶ浜がクルリとこちらを振り返る。
屋上に降り注ぐ真昼の日差しが暑いのか、その頬はほんのりと
「あの時にはもう、私にとって先輩は、あの子の『代わり』でも『生まれ変わり』でもなかったんです。鵠沼先輩は鵠沼先輩です。アルバイト先の後輩で、学校の先輩で、とても大切な友達……いえ、きっともう、それ以上に大切な存在なんだと思います」
ボォォォォォォォ────。
琴ヶ浜が一息に思いの
二度、三度と繰り返されるそれをどこか遠くに聞きながら、俺はポカンと口を開けていた。
「鵠沼先輩」
俺の名前を呟き、琴ヶ浜が一歩近づいてきたところで我に返る。
ま、待ってくれ。突然のカミングアウトに頭が追い付いていかない。
たしかに俺はこいつに言った。「俺はケンスケの代わりにはなれない」と。
そして、こいつもそれに納得して、受け止めてくれた。
だから俺は、これからは純粋に一人の先輩後輩、一人の友人としてこいつのそばにいようと、そう決めていた。
でも、琴ヶ浜はそうじゃないという。
「それ以上」だと、そう言っている。
なら……なら、それって、つまり……。
「先輩は、私にとって──」
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