第一部最終章 俺の後輩がクーチョロで可愛い
第51話 島とうがらしが目に染みるぜ……
一週間ぶりに登校してみれば、季節はちょうど七月に移り変わったところだった。
敷地面積がやたら広いのと、学食にやたら力を入れていることに定評のある我らが百船学園では、毎月一日の昼休みは食堂で日本各地のご当地グルメが提供される。
ちなみに今月のメニューは、沖縄名物「ソーキそば」だ。
調味料ブースにはなんと
で、このご当地グルメを目当てに普段は弁当勢の生徒らも殺到するので、月初めの学食はいつにも増して大繁盛となる。
なにせ空席が見つからず、教室まで持って帰って食べる奴もいるほどだ。
……いるほど、なのだが。
「ねぇ。ほら、あそこの席の……」
「ああ、知ってる。あれだろ、特別棟の屋上から落ちたって……」
「他の不良生徒とケンカしてて落ちたんでしょ? 怖すぎ」
「つーか、それでなんでピンピンしてんだよ……やっぱヤバいよ、あのトゲ頭」
やはりというべきか、むしろ前にも増して、というべきか。
俺の学食での定位置、窓際十人掛けテーブルは、相も変わらずガラ空きだった。
しかも、今日に限って食欲より性欲を優先することでお馴染みの
なんでも今日は昼休みに体育館で演劇部の練習があり、その主演を演じるのが四ヶ嬢の一人だってんで、「こりゃ見逃せねーだろ」ということのようだった。
たしかうちの演劇部って、部外者が押しかけてきて困るからって練習場所も時間も完全非公開だったはずだけど……毎度のことだが、どこからそんな情報を入手してくるんだか。
とまぁ、そんなわけで周囲からの(事実と異なった)噂話をBGMに、俺は一週間ぶりに登校したそばから公開ぼっち飯をキメている真っ最中という訳だった。
……あれ? おかしいな、なぜか涙が……コーレーグース、入れすぎたかな?
「ま、待ってくれ! 悪かった、俺たちが悪かった!」
「もう持ってこないからさ! 頼むからそれだけは返してくれ!」
すでに空になったソーキそばの器を前に乾いた笑いを漏らしていると、不意に食堂の一角から騒めきが起こる。
続いて聞こえてくる、何やら悲痛な叫び声。
周囲の目が声の出所に向くのに釣られて俺も視線を走らせた。
といっても……まぁ、騒ぎの原因はおおかた見当がつくのだが。
「返しません。先輩方の手に再びこれが戻るのは、然るべき処罰を受けたその後です」
人だかりの中心には、涙ながらに何事かを懇願する数人の男子生徒たち。
よくよく見れば、たしか先々月にも同じように食堂で見た顔ぶれだった。
そして、そんな男子生徒たちの前で堂に入った仁王立ちをしているのは、案の定、我らが百船学園風紀委員会の期待の新星、「鬼の風紀委員」こと琴ヶ浜恵里奈である。
今日も今日とて、昼休みのパトロール中だったのだろう。
ついさっき男子生徒たちから没収したと思われる薄い箱のようなブツを左手で指差しながら、泣きわめく彼らに氷柱のごとく冷たい視線を向けていた。
「学業に関係のないもの、ましてゲームや漫画本などを学校内に持ち込むのは明確な校則違反です。先輩方には、以前にもそうお伝えしたはずですが?」
「え……いや、それ、漫画じゃなくてアニメのブルーレイBOX……」
「は?」
「ひぃ!? すすすみません、何でもないですぅ!」
うわぁ……えげつない。あいつのマジトーン、マジ怖い。
「いずれにしろ、違法な物品ということに変わりはないですよね? 先輩方に限った話ではありませんが……まったく、なぜ何度言われてもこの手の物を所持するのか」
おいおいおい、「違法」だの「所持」だのと真昼間から穏やかじゃないな。
「とにかくこれらは没収です。例によって風紀委員会を通して、生徒指導の先生に引き渡します。先輩方の処遇も追って通達があるでしょう。……それでは」
「「「ノォォォォォウッ!!」」」
泣き崩れる男子生徒たちにはお構いなく、琴ヶ浜はそのままクルリと踵を返す。
一週間ぶりに見ても、相変わらず見事なほどの切れ味。さすがは琴ヶ浜だ。
と、俺はすっかり事が終わった気分になっていたのだが。
「……安心してください」
立ち去ろうとしていた琴ヶ浜は、けれど再びうずくまる男子たちに声を掛けた。
きょとんとした顔をする彼らをついと見下ろし、
「校則違反、だとしても。これが先輩方にとって大事なものであることは理解しています。風紀委員会ではもちろん、生徒指導の先生にもくれぐれも丁重に保管してもらえるようにお伝えしておきます。ですから……はやく返してもらえるように、頑張ってください」
表情こそいつもの無表情ではあるものの、先ほどよりもいくらか優しげな口調で呟いた。
男子生徒たちは驚いたようにお互いに顔を見合わせ、けれど次には訓練された軍隊さながらにピシっと横一列に整列しては深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます、
「姐さんがそう言ってくれるなら、反省文だろうと何だろうと乗り越えて見せますよ!」
「俺たち、必ずキレイな体になって帰ってきますんで! 待っててください、姐さん!」
ピキッ、と。
押収品を持つ琴ヶ浜の左手に青筋が立つ。
「──『姐さん』は止めてください」
「「「は、はひぃ! すみませんでした、姐さん!」」」
一糸乱れぬ土下座をかます男子生徒たちに鬱陶しそうな一瞥をくれてから、琴ヶ浜はくるりと踵を返して歩きだした。
今度こそ一件落着といった様子で、一部始終を見ていた生徒の間でも例によって賞賛の声が飛び交う。いつも通りといえば、いつも通りの光景だ。
けど……さっきの琴ヶ浜には少々意表を突かれたな。
いつものあいつなら「違反者死すべし、慈悲はない」ってな具合に、早々に見捨てて立ち去るだけだったはずだ。
少なくとも、あんなアフターフォロー的なことをするような奴じゃなかったと思うけど。
「なぁなぁ。琴ヶ浜さんって、最近ちょっと雰囲気変わったくない?」
「わかる。たしかに相変わらず厳しい『鬼の風紀委員』ではあるんだけど……」
「最近は厳しいだけじゃないっていうか……ちょっと優しくなった?」
「本人には悪いけど、厳しいながらも人情味のある、それこそ『姐さん』って感じだよな!」
俺が小首を傾げていると、騒めきに混じってそんな声がちらほら聞こえてくる。
どうやら、俺が学校を休んでいる間に、琴ヶ浜の言動に若干の変化があったのは確からしい。
「鬼の風紀委員」に加えて、なにやら新たな称号も生まれているようだ。
「『姐さん』ねぇ……」
なんて独り言を呟いていると、先の男子生徒たちに背を向けた琴ヶ浜が、何を思ったか学食の出入り口ではなくこちらに向かって歩いてくるではありませんか!
ツカツカと歩いてくる琴ヶ浜に道を空けようと、人だかりが左右に分かれていく。
やがて、俺の座るガラガラのテーブルまでやってきた琴ヶ浜。
何事かと好奇の目を向けてくる野次馬たちを背に、不愛想な顔でこちらに軽く会釈する。
「お、おい。『鬼の風紀委員』があのトゲ頭に凸ったぞ!」
「あの二人が並ぶと、まさに『美女』と『野獣』って感じだな」
「もしかして、例の屋上落下の件で? こりゃ面白いもんが見れそうだ」
おいこら、誰が野獣だ。見世物じゃないんだぞ。
周りの奴らが「
「……お久しぶりです、鵠沼先輩」
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