第48話 トゲ頭に感謝するとはな……
その後、ひとくさり俺をネチネチといびった姉貴は、最後に「さっさと治して帰って来なさいよ」と言い残して病室を去っていった。
ウザったらしいのは相変わらずだったが……まぁ、あのガサツな女が見舞い品まで持参して駆けつけてきたのだ。あれでもなんだかんだで心配していたんだろう。
実際、当の俺だって完全に宙に放り出された時はもうダメかと思った。
良くて一生病院暮らし、悪けりゃ即死。骨折で済めば万々歳くらいに思っていたのだ。
病院の先生の説明によれば、二階の屋上という比較的低い場所からの落下だったこと。頭ではなく背中から落ちたこと。何より、落下地点が柔らかい花壇のド真ん中だったこと。
そんないくつかのラッキーが重なったお陰で、俺の命に別状はないということだった。
ちなみに、幸いにして頭部へのダメージがほとんど無かったことについては
「その硬くてツンツンした髪の毛がクッションになったんじゃね?(要約)」
だそうだ。
まさかこの髪型に感謝する日が来るとは……ちょっと複雑な気分ではある。
「いやはや。花壇に力なく横たわる君を見た時は、私も久々に背筋が寒くなったよ」
ありがたいことに、俺の見舞いに来てくれたのは姉貴だけではなかった。
姉貴と入れ替わるようにして病室にやってきた照ヶ崎先輩は、俺が救急車で運ばれる際、現場に居合わせた教師と一緒に付き添ってくれたらしい。
聞けば、救急車到着までの応急手当を行ったのも彼女だそうで、あとで救急隊員に応対したというナースのお姉さんに話を聞いたところ、実に的確な処置がされていて驚いたという。
「なに、風紀委員としてのごく一般的なスキルだよ」
なんて言っていたが、もしかしたら俺が想像している風紀委員と彼女の考えている「風紀委員」はちょっと違うのかもしれない。
あの人、本当に何者なんだろう……。
それから一応、付き添いの教師と連れ立ってモリタクも病室に顔を出した。
こんな時でもいつものように皮肉めいたことばかり言ってきてムカついたが……まぁ、「入院中の暇つぶしに」とオススメの漫画だの何だのを置いていってくれたことに免じて許してやろう。
※ ※ ※ ※
「鵠沼くん、大丈夫? 高い所から落ちたって聞いて、私、もう心配で心配で……」
「屋上からダイブとは、キミもなかなかの上級者だねぇ。でもまあ、無事で良かったよ」
そして、そろそろ面会時間終了も迫ってきたころには、藤恵さんたちも来てくれた。俺が病院送りになったという
「すみません。心配かけてしまって……お店にも、迷惑かけちゃったみたいだし」
「ううん、いいのよ。鵠沼くんが無事だったなら、それが一番なんだから」
そんな優しい言葉をかけながら、俺の手を両手でギュッと握ってくれる藤恵さん。
うわ、泣きそう。落下の痛みでは全く緩まなかった涙腺が
相変わらず、藤恵さんのこの包容力はある意味とんでもない兵器やで。
「むしろ、鵠沼くんには感謝してもしきれないくらいよ。あなたがいなかったら、今ごろあの子は……私の大切な
考えるだけでも恐ろしいのか、藤恵さんは嫌な想像をかき消すように頭を振った。
「鵠沼くん。改めて、ありがとう。……恵里奈ちゃんのこと、助けてくれて」
「い、いえ。俺なんかホント、考えなしに突っ走っただけで……」
「でも、そのせいで鵠沼くんには大怪我をさせてしまった。仮にも従業員の、それも高校生の身を預かる立場として、本当に不甲斐ないわ。ご両親に何と謝罪すればいいか……」
「そ、そんな、藤恵さんのせいなんかじゃないですって!」
今回の件は完全に俺が自分で招いた結果だ。
俺がもっと早く屋上に駆けつけていれば、あるいはもっと上手くあいつを引き上げられたら、きっと二人とも怪我なんかせずに解決できたはずなんだから。
それに、何より。
「俺があいつを助けたくてやった事です。そのために負った怪我なんですから、後悔はまったくしてません。女の子助けてできた怪我なんて、俺にとってはむしろ勲章ですよ」
「鵠沼くん……」
「お~、ここぞとばかりにカッコつけるじゃん、青少年?」
「へへへ……つっても打撲なんで、傷なんかは残らないと思いますけどね」
う~ん、我ながらクサい台詞を吐いてしまった。
きっと屋上から落ちてそのまま入院、という非日常的なイベントのせいで、若干テンションがおかしくなっているんだろう。
けど、お陰で藤恵さんの暗かった表情もいくらか明るくなってくれた。空気を読んだ涼子さんも、冗談めかしたことを言って場を和ませてくれた。
「それでその、あいつは……琴ヶ浜は、どんな様子ですか?」
「それは……」
「う~ん、そうねぇ」
俺の問いに、藤恵さんと涼子さんは互いに難しい顔を見合わせる。
「まさか、やっぱりあいつもどこか怪我を!?」
「ま、待って、違うの。あの子は無事よ。鵠沼くんのお陰でね。ただ……」
「ただ?」
何か言いかけて口を噤んだ藤恵さんは、ベッド横の丸イスから立ち上がる。
「……そうね。やっぱり、直接話をした方が良いと思う」
そう言って病室の扉を開けると、廊下に向かって声を掛けた。
「ほら、もうすぐ面会時間も終わっちゃうわ。……ずっと心配していたんでしょう?」
やんわりとした藤恵さんの呼びかけ。
一分ほどの間があって、やがてゆっくりと病室に入って来たその人物のことが。
「……え?」
俺には一瞬、誰なのか分からなかった。
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