第8章 俺の後輩は自分に厳しい
第47話 夢の中で
夢を見た気がした。
俺は硬い床の上に、仰向けになって倒れている。
体中に鈍い痛みが走っていて、金縛りにあったみたいに指一本も動かない。
だけど、目だけはしっかり開いていて。寝転がる俺のすぐ隣で泣きながら何かを叫んでいる、幼い女の子の顔を見上げている。
そんな夢だ。
おいおい、そんなに泣きじゃくってどうしたんだ。
何があったのかは知らないけど、もう泣くな。
お前が泣いてる顔を見てると、なんでか俺まで悲しくて泣きそうになってくる。
なんだか妙に見覚えのあるその女の子に、俺は軋む体に鞭を打って手を伸ばす。
それでも、やっぱり体はまんじりとも動きそうになかったが、代わりにどこからともなく「声」が聞こえてきた。
〈──ボクはずっと、あの子のそばにいてあげたかった〉
蚊の鳴くような、今にも消え入りそうなその「声」は言った。
〈──けど、それはできなかった。そのせいで、あの子には悲しい思いをさせてしまった〉
どうしてだ。
ずっと一緒にいたかったんなら、そうしてやればよかったじゃないか。
俺は少しムッとして、「声」にむけてそう言い返す。
〈──そうだね。でも、いつかはお別れしないといけない。ずっとなんて、本当はないんだ〉
そいつは寂しそうに、とても寂しそうにそう言った。
〈──ボクとあの子では、生きている時間の流れが違うから〉
なんだよ、それ……なら、こいつはどうなるんだ。
お前がいなくなって、悲しくて、寂しくて、泣いているこいつを……誰が笑顔にしてやるんだよ。
〈──それは〉
瞬間、不意に視界が眩いばかりの白光に包まれ、俺は思わずギュッと目を細めた。
〈──そろそろ、時間みたいだね〉
段々と意識が遠くなっていく中で、「声」の言葉も遥か遠くに離れていくように感じた。
おい、待て。まだ話は終わってないんだぞ。
〈──大丈……。あの子……もう、…………見つけているから〉
やがて、途切れ途切れなその言葉を最後に、それきり「声」も、女の子の泣きじゃくる声も、何もかもが聞こえなくなっていき。
そして──気付いた時には、俺は病院の柔らかいベッドの上に横たわっていた。
※ ※ ※ ※
「バッカで~」
病室に入ってきた姉貴の第一声である。
いつものようなだらし
コツコツとヒールの音を鳴らして近づいてきた姉貴が、ベッドのサイドテーブルにビニール袋を放る。
中には飲み物だの何だの見舞品らしきものが雑多に詰め込まれていた。
「はぁ……それが怪我して病院に運ばれた実の弟にかける言葉なんですかね?」
俺がジト目で抗議すると、姉貴は「はっ」と鼻で笑い飛ばしてのたもうた。
「大げさね。怪我って言ったって、せいぜい五~六メートルの高さから落ちて背中を打撲しただけじゃない。そんなもんかすり傷と同じよ、同じ」
「同じなわけあるか! 五~六メートルからの落下だぞ? 結構な大事だよ!」
「あによぅ、我が弟ながらなっさけないわねぇ。地上ウン十メートルのビルからアサルトライフル一丁でスカイダイビングするくらい、朝飯前にやってのけなきゃ男じゃないわよ」
「ゲームだよね? それ姉貴がやってるゲームの世界での話だよね!?」
姉貴の中の男の基準は一体どうなってるんだ。
そんなんだからロクに彼氏もできないんだよ。……口には出さないけど。
「いちいち細かい
「おいこらそこ、残念がるな」
ふと窓の外を見れば、辺りはもうすっかり薄暗くなっていた。
病室の時計を確認すると、時刻は午後七時ごろ。
(そうか……あれからまだ一時間くらいしか経ってないのか)
まだ少し痛む背中をさすりながら、俺はさっきまでの出来事を思い返す。
今日の夕方、つまりは俺が特別棟の屋上に駆けつけてからのことだ。
俺が感じていた嫌な予感は、幸か不幸か見事に的中していたらしい。
琴ヶ浜がなぜか鉄柵の向こうへ落ちそうになっているのを見た時は、さすがに肝を冷やしたものだ。
それでも咄嗟にあれだけ動けたことは、自分で自分を褒めてやりたい。お陰で間一髪間に合ったしな。
いやぁ、あの時ほど自分の俊足に感謝した瞬間はなかったね、ジッサイ。
……それで勢い余って自分の方が落ちちまったってのは、なんとも締まらない話だけれども。
「あんた、せいぜい私に感謝しなさいよね。お母さんたちが出張中ですぐに帰ってこれないから、代わりに私が病院の手続きとか
「うっ……それについてはマジでありがとうゴザイマス……」
「ここに来るのだって、わざわざ大学の講義を自主休講して駆けつけたんだから。これで私の単位まで落ちたら、どう責任取ってくれるのかしらねぇ?」
あの、すみません。それ微妙に笑えないっすよ、姉貴……。
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