第4話 通報だけはやめて!?

「な、なんで、こんなところに……?」


 俺が尋ねると、琴ヶ浜が疑わしそうに目を細める。


「それはこちらのセリフです。ここで何をしているのか、と聞いているんですよ。勝手にこんな所まで入り込んだうえに、先ほどはうちの店長の写真を食い入るように眺めて……気持ち悪い」


「変質者は死ね」と言わんばかりの目をした鬼の風紀委員どのは、なんといつの間にか右手に持っていたスマホで「110」とダイヤルし始めたではありませんか!


「待て待て! 違う、違うから! 別に怪しい者じゃないから! 通報はやめて!」

「あなたの主張は関係ありません。怪しいかどうかはこちらが判断することですので」

「誤解だって! 俺は今日この店にバイトの面接に来ただけの、ほんとそれだけのしがない高校生なの! なんなら店長の藤恵さんに確認してもらったっていいから!」


 たしかに髪型とか目付きとか色々怪しいし悪人っぽく見えるかもしれないけど、こちとらいたって善良な一般市民なんですよマジで。信じて。


「私だけでなく藤恵姉さんの名前まで……私たちの名前を把握していることといい、さっきの写真への食いつきようといい、もしかしてあなた、ストーカーの類ですか?」

「面接で本人から聞いただけだって! そ、それにさっきの写真だって、そりゃたしかに食い入るようには見てたかもだけど、別に藤恵さんを見ていたわけじゃ……」

「ストップ。それ以上近寄らないでください」


 琴ヶ浜はじりじりと俺から距離を取り、両手で自分の体をかき抱いての防御態勢。めちゃくちゃ警戒されてしまっているようだ。

 彼女の細く白い指が、スマホの通話開始ボタンにあてがわれる。

 マジで通報テルする五秒前って感じだ。


「わ、わかった! なら証拠を見せる!」


 もはやなりふり構っていられないと、俺は学生カバンに手を突っ込む。

 取り出した一枚の紙を、「勝訴」の垂れ幕をかかげる弁護士よろしく突き出した。


「ほ、ほらこれ! 今日持ってきた俺の履歴書のコピーだ!」

「履歴書……?」


 さすがに物的証拠を出されては無視もできないと思ったらしい。

 琴ヶ浜は相変わらず警戒しつつ、ひとまずスマホから指を離してくれた。


「……なるほど。面接に来たというのは、確かなようですね」

「あ、ああ! わかってくれたか?」

「ええ、まぁ一応は。まだその履歴書がカモフラージュである可能性も否定できませんが、とりあえずあなたが不審人物であるという疑いは晴らすことにします」

「は、はは……」


 めちゃくちゃ疑ってるじゃん。全然警戒レベル下げてないじゃん。

 予備として持っていた履歴書のコピーをしまいつつ、俺は乾いた笑い声を漏らす。

 疑り深いのはもともとの性格なのか、それとも風紀委員としてのさがなのか。

 後ろめたいことなんて何もないはずなのに、なぜか彼女を前にすると無駄にビクビクしてしまう。この子、やっぱ怖い。


「それで? 変質者でもストーカーでもないのなら、あなたは一体どちら様なのでしょうか。その制服、百船ももふね学園の生徒とお見受けしますが?」

「え? あ、ああ、そうだな」


 そういえば自己紹介がまだだったか。

 ポリポリと頬をかきつつ、俺は軽く頭を下げた。


「今度ここでバイトすることになった、百船学園二年の鵠沼剣介、です。よろしく」


 あまりよろしくしたくないけど……などとは口に出さず、俺は手短に名乗る。

 瞬間、琴ヶ浜はそれまでの険しい表情から一転して、驚いたように目を見開いた。


「…………けん、すけ?」


 思わず、といった風に琴ヶ浜の口から言葉が漏れる。


「は、はぁ。剣介、だけど……それが何か?」


 そう聞き返しても、琴ヶ浜はなぜかじぃっと俺の顔を見つめるばかりだ。

 なになに? なにその幽霊にでも出くわしたような表情。

 俺そんなにおかしなこと言ったかな? っていうか、全然動かないんだけどこの子。

 マジでおっかないから急に黙るのやめてくれません?


「あの、琴ヶ浜さん? おーい?」


 いい加減じれったくなって、俺は彼女の眼前でひらひらと手を振ってみる。

 はっと我に返った様子で、琴ヶ浜がコホンと咳払いをした。


「……失礼しました。ともかく、藤恵姉さんが選んだというならひとまず問題はなさそうですね。そういうことなら」


 そう言って、すぐにまたいつもの凛とした表情に戻る。


「もうご存じではあるようですが……改めて、百船学園一年生で、この春からここでアルバイトスタッフをしている琴ヶ浜恵里奈です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 琴ヶ浜がペコリと礼儀正しくお辞儀する。

 さすがは風紀委員といったところか、細かい所作からも真面目な性格がにじみ出ているな。


(それにしても……一体どんな確率だっての)


 バイト探しを始めて苦節一年とちょっと。

 実に十九件もの店の門を叩いては断られ続けた末にやっと、やっと辿り着いたバイト先に。

 まさか、あの琴ヶ浜恵里奈がいるなんて。

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