第3話 なんであの子がバイト先に!?

 そして迎えた、面接の時。


「えっ! ……さ、採用、ですか!?」

「ええ。これから一緒に頑張りましょうね、鵠沼剣介くん」


 これまでの惨敗続きが何だったのかというくらい、俺はあっさりと採用を勝ち取っていた。

 場所は俺の家と学校との、ちょうど中間地点辺りにある商店街。

 オシャレな店構えのブティックや家具店、雑貨屋なんかが軒を連ねていて、商店街というよりは「ショッピングストリート」といった雰囲気だ。

 その一角に、今回俺が門を叩いたこのカフェ〈ルピナス〉はあった。


「いいんですか!? こんな簡単に……しかも、面接をして即採用、なんて」

「え、ええ? もちろんいいけれど」


 ちょうど客足が途切れた時間帯だったらしく、店内には人影もまばらである。

 そんな静かな店内の一角にあるテーブル席。

 俺の向かい側に座っているのは、この店の店主だという若い女性、江之浦えのうら藤恵ふじえさんだ。

 サラサラロングの黒髪を一本の太い三つ編みにし、セーターの上からエプロンをつけている。優しそうな笑顔が印象的な、包容力溢れる美人店主である。


「私、こう見えても人を見る目はあるつもりよ? 今日こうして鵠沼くんと話をして、キミが悪い子じゃないのはちゃんとわかったもの。拒む理由なんて何もないわ」


 いっそ神々しさすら感じるほどの慈愛に満ちた笑顔で、江之浦店長が俺の右手を両手で優しく包み込んだ。


「て、店長……!」


 ほろりと来た。

 今までの面接では、俺のこの外見だけで判断する人ばっかりだったけど、こうして俺自身と向き合ってくれる人だってちゃんといたんだなぁ。

 しかも、即採用とは。ああ、今までめげずに頑張ってきてよかった!


「改めて、これからよろしくお願いね、鵠沼くん」

「……っ! は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 うっし! どうだモリタクめ、今回こそものにしてやったぞ!

 と、今すぐこの場で雄たけびをあげたい衝動を鋼の精神で押さえつけ、俺は静かに喜びを噛みしめた。


「店長……いや女神様! 俺、これからここで精一杯頑張ります!」

「女神!? も、もう、鵠沼くんたら……あまり年上の女性をからかうものじゃありません」


「めっ」と言って、ほんのり顔を赤らめた店長が人差し指で俺の額をツンとつつく。


「はっ! す、すみません! 俺ってばついテンション上がっちゃって……」


 俺が我に返って飛びすさると、店長は愉快そうにクスクスと笑った。


「『藤恵さん』って、どうか気軽にそう呼んでね。女神様、はさすがにちょっと気恥ずかしいし、店長っていうのもなんだか堅苦しい感じがするし」

「あ、はい。……藤恵さん」


 ぎこちない俺の言葉に、けれど店長改め藤恵さんは満足げだった。


「うんうん。それじゃあ、諸々の書類とかは初出勤の日にまとめて持ってきてもらうとして、今日は帰る前に少しお店の中を案内するわ。他のスタッフへの挨拶回りも兼ねてね」


 たしかに、これからはここで毎日のように働くことになるんだ。

 事前に店内を散策しておいて損はない。ありがたく案内してもらおう。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「どういたしまして。じゃあ、ついてきて」


 歩き出す藤恵さんの背中を追って、俺はぐるりと店内のあちこちを見て回った。

 道中、何度か仕事中のスタッフたちと挨拶を交わしつつ、最後に案内されたのは従業員用の控え室だった。

 壁際には備品が入っていると思しき棚やロッカーが並び、中央にはポットと茶菓子の乗ったテーブルと椅子が置かれている。


「ここがスタッフルームよ。出勤前の準備とか帰り支度とか、あと休憩する時なんかはここを使ってね。あ、着替えは部屋の奥にある更衣室でお願いね」

「へぇ、結構広いんですね」

「少し前まではこれでも手狭なくらいだったのよ? スタッフの子たちの私物なんかも沢山置いてあったりして。でも、最近ちょっと人手不足だから、たしかに広く感じるわね」


 どこか寂しげに苦笑した藤恵さんが、次にはポンと手を合わせてはにかんだ。


「だから、こうして鵠沼くんがルピナスに来てくれたのは嬉しいわ。ここにあるものは基本的に自由に使ってくれて構わないから、自分の部屋だと思って寛いでね」


 健気な笑顔である。

 一体どこまで慈しみの心を持っているんだこの人は。

 カフェの店長というか、もはや孤児院の院長とかやっててもおかしくないレベルだよ。


「藤恵さん、ちょっといいですか?」


 と、そこでスタッフの一人が部屋の入口から藤恵さんを呼ぶ。


「はーい。……ごめんなさいね、鵠沼くん。そろそろ常連のお客さんたちが来る時間で」

「あ、いえ。なら俺も今日のところはそろそろおいとまします」

「ありがとう。じゃあ、帰るときは表の入り口を使ってもらっていいから」


 それだけ言うと、藤恵さんはパタパタと足音を響かせてスタッフルームを後にした。

 一人残された俺も、さて帰りますかと部屋の入り口に向かおうとして、


「ん? あれは……」


 ふと、壁に掛けられた大きめのコルクボードに気付く。

 ボードには何枚かの書類や写真が貼られていたが、俺の視線は自然とその内の一枚の写真に吸い寄せられていた。


「おお、キャブコンだ!」


 写真には、どこかの綺麗な湖畔を背景に微笑む藤恵さんの姿が写っている。

 そしてその横に、小さめのトラックほどの大きさのキャンピングカーが停まっていた。どうやらどこかのキャンプ場で撮ったものらしい。


「しかもこれ、ソーラーパネル付きのやつじゃん! うわーいいなぁ、どこのメーカーだろ。藤恵さんが持ってる車なのか? にしても、やっぱキャブコンタイプは憧れるよなぁ。でもこのレベルだと、やっぱ五~六百万以上はするんだろうか……」


 俺の予算で買えるのは、精々が二百万くらいの安いバンコンタイプだ。一人旅ならこれでも十分だが、やっぱり設備の充実度や居住スペースの広さで言えば、断然キャブコンの方が快適度は上。今は無理でも、いずれはぜひともマイキャブコンを手に入れたいものである。


 帰ろうとしていたことも忘れて、気付けば俺はコルクボードに貼られたキャンピングカーの写真を眺めるのに夢中になってしまっていた。


「──そこで何をしているんですか?」

「おわぁっ!?」


 不意に背後から氷柱つららの如く冷たく鋭い声が投げかけられる。

 すっかり写真に見入っていた俺はビクリと肩を跳ねさせて振り返った。

 果たして、凶悪犯を追い詰める刑事の眼光でこちらを睨みつけていたのは……。


「え………こ、琴ヶ浜、恵里奈!?」


 前下がりボブの黒髪をなびかせた、凛とした顔立ちの美少女。

 帆港学園の制服に身を包み、はちきれそうなブラウスの胸元には一年生の証である青いネクタイ。今はブラウスの袖には何の腕章も付けていないが、間違いない。

 学園随一のエリート少女にして、「鬼の風紀委員」。

 百人いれば百人の男子が振り返るクール系美少女、琴ヶ浜恵里奈その人だった。

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