第2話 鬼の風紀委員
ネクタイの色からして、少女はこの春に入学してきたばかりの一年生らしい。
前下がりに切り揃えられた、ボブカットの黒髪。
目鼻立ちはくっきりと整っていて、ややつりあがった目尻が凛とした印象を与えている。背丈は同年代の女子よりもやや低めで華奢な体型だけど、それでも出るところはしっかり出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。
校内ですれ違えば、百人の男子が百人とも振り返るであろう、クール系美少女。
そんな漫画の中の住人みたいに容姿端麗な女の子が、右手に持った携帯ゲーム機のようなブツを左手で指差しながら、泣きわめく男子生徒たちに冷たい視線を向けていた。
「……誰だ? あのどう見てもタダ者じゃなさそうな新入生は」
「はぁ? 剣の字お前、まさか
モグリもいい所だ、とモリタクが眉をひそめる。
そう言われても、知らないものは知らないんだからしょうがないだろ。
こっちはバイト探しに必死だったもんで、学内のトレンドやニュースにはいまいち疎いんだよ。
「有名人なのか?」
「かなりのな。何しろ百船学園『
「よんか……あんだって?」
俺が首を傾げると、モリタクはやたら真面目くさった表情で語り始める。
「うちの学校、ぶっちゃけこの辺りの他校と比べても女子のレベルが総じて高い。そんな中でも今の百船でトップクラスとされている四大美人のことさ。偶然にも全員の名前に『ヶ』が入っていることから、誰が呼んだか『四ヶ嬢』ってな」
「随分詳しいんだな……ホント、毎度どっからそんな情報を仕入れてくるのやら」
「ふっ、当然だ。学園内の美人美少女のデータ収集は俺のライフワークだからな」
いや褒めてねーよ。断じて褒めてはいねーよ。やめろそのドヤ顔。
「それに、琴ヶ浜は今年の新一年生の首席入学者。その上こないだのクラス対抗新歓スポーツ大会じゃ、自クラスを全11クラス中の堂々1位に導いた立役者って話だ」
「へぇ、そりゃすごい」
「しかもほら、見てみろよ」
モリタクに促されて、俺は再び渦中の少女、琴ヶ浜を見やる。
「それ、こないだ買ったばかりなんだ! 何でもするから、それだけはご勘弁を!」
「使いっぱしりでも何でもします! 靴だって舐めます! いや、舐めさせてください!」
「あ、てめぇ! ドサマギでなに図々しいこと言ってやがるこの変態が!」
「うるせぇ! 大体お前が音量調節ミスらなきゃこんな事には……!」
ついには仲間同士で
けれど琴ヶ浜は少しもたじろぐ様子もなく、相変わらず氷のように冷たい声で淡々と言葉を
「学業に関係のない物、ましてやゲーム機などを学校内に持ち込むのは明確な校則違反です。風紀委員として、到底見逃せる行為ではありません」
ちらりと、俺は琴ヶ浜の半袖ブラウスに目を落とす。
白いシャツの二の腕部分では、なるほどたしかに「風紀委員会」と印字された赤い腕章が揺れていた。
「規定通り、これらは風紀委員会が没収、その後生徒指導の先生に引き渡します。先輩方の処遇は、追って生徒指導室から通達があるでしょう。……では、失礼いたします」
「「「ノォォォォォウッ! 俺のス〇ッチぃぃぃぃぃぃっ!」」」
くずおれる男子生徒たちに
う、うわぁ……自業自得とはいえ、えげつねぇなオイ。
つーか、仮にも先輩男子相手によくやるわ。
「この世で一番嫌いな四字熟語は『年功序列』です」とか言いそうだ。
「いやぁ、今日もキレキレだったね、『鬼の風紀委員』」
「あの子から見逃してもらおうなんて、あの男子たちもバカだよね」
「でも、ちょっと羨ましいかも……俺もあんな冷たい目で見下ろされてぇ~」
「わかる。どうせ摘発されるなら、ハゲたおっさんじゃなくてあんな美少女がいいよな」
食堂内に、再びいつもの昼休みの喧騒が戻ってくる。
一部始終を目撃していた生徒らの間では、彼女への賞賛やら羨望の声が飛び交っていた。
「彼女、入学早々に風紀委員会のトップから直々にスカウトされたらしい。それからはもうずっとあの調子さ。校則違反や風紀の乱れは絶対見逃さず、相手が先輩だろうと誰だろうとお構いなし。口で言っても聞かないやつには容赦なく実力行使をするってんで、
モリタクの解説に耳を傾けながら、俺は肩を竦める。
「聞けば聞くほどタダ者じゃないな」
「ああ。成績優秀、文武両道で風紀委員としても大活躍。加えてあのクールビューティーな性格と高校生離れした抜群のスタイルだ。有名になるなって方が無理な話さ」
「なるほど。そりゃ、さぞかし人気者なんだろうな」
いやはや、俺なんかとはまったく別世界に住む人間だ。もはや同じ学校に通っているというだけで奇跡みたいなもんじゃないか?
とはいえ、一生縁がなさそうな手合いであることに変わりはないんだけど。
それこそ俺が何か校則違反をしてしょっ
「実際、学年問わず男子にはすごい人気だな。彼女とお近づきになろうってやつは十や二十じゃきかない。けど、何しろ相手は『鬼の風紀委員』だからな……」
「言い寄る男どもを片っ端からソデにしてる、と?」
「ああ、そりゃもうスパッとな。たとえどんなイケメンだろうと、並みの男じゃ見向きもされないだろうな、ありゃあ。ま、そんなわけで最近じゃめっきりチャレンジャーも減ったらしいぜ。可愛いんだけど近寄りがたい、触れようものならケガしかねない……ってな」
冗談めかしてそう言って、そこでモリタクはふと思いついたように俺を指差した。
「ああ……そういう意味じゃ、あの子とお前はちょっと似てるかもな」
「はぁ? どういう意味でどこがだよ?」
何をとんちんかんな事を言っているんだ、こいつは?
片や学校中から羨望の眼差しを集める、顔面偏差値その他もろもろがハイスペックなエリートガール。
片や成績は平々凡々、外見に至っては不良品もいいところの、万年学生ニートボーイ。
人間であることぐらいしか共通点がないそんな俺たちの、一体どこが似てるっていうんだ。
「お前はビジュアル的にハリネズミで、彼女は性格的にハリネズミ、なんつってな」
「ただのこじつけじゃねーか。少しでも真面目な答えを期待した俺がバカだったよ」
「拗ねない、拗ねない。ひょっとして、案外ほんとに気が合うかも知れないぜ?」
「ないない。第一いくら美少女でも、さすがにあんなおっかない奴と関わりたくないって」
だって、あんな歩く裁判所みたいな女の子だぞ?
一緒にいたって緊張して息が詰まりっぱなしになるに決まってる。
「俺はもっとこう、優しくて、穏やかで、一緒にいるだけで安心感を与えてくれるような、そんな女の子がタイプなんだよ」
「お前とはまったく正反対な感じの?」
「そうそう。俺とはまったく正反対な感じの、ってやかましいわ!」
どうせ一緒にいるだけで威圧感を与える男だよ悪かったな。
お陰で彼女どころか友達だってほとんどいない灰色の高校生活ですよ、ええ。
「つーか、今はそんな悲しい現実にふてくされてる場合じゃないっての。バイトだよ、バイト。とにかくさっさとバイト先見つけて、バリバリ金を稼ぐんだ、俺は」
「そうは言ってもだな、その肝心のバイト先のアテはあるのか?」
「ある」
言って、俺はズボンのポケットから取り出した四つ折りのメモ用紙を卓に置いた。
そこには俺が目星を付けていた二十件のバイト先候補の名前が並び、しかしそのほとんどに二重線が引かれている。
そしてまた一つ、俺は先ほど不採用のメールを送り付けてきた一件の名前に線を引いた。
残っているのは、あと一つ。ここはたしか個人経営のカフェだったか。
なんにしろ、もう後がない。ここがダメならまた一から地味で辛い候補探しのやり直しだ。はっきり言って、それだけはもう勘弁してもらいたい。
「見てろよモリタク。これが二十度目の正直だ」
最後に残ったその候補先の名前を睨み、俺はグッと拳を握りしめた。
「今度こそものにしてやるぜ!」
「お前のそれも聞き飽きたよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます