第1章 俺の後輩がクールで怖い

第1話 俺の顔、そんなに怖いですか?

──さかのぼること数か月前の、5月下旬。


「だぁー、くそっ! また落ちた!」


 スマホに届いたメールを読むなり、俺こと鵠沼くげぬま剣介けんすけはダンッとテーブルに突っ伏した。

 昼食を食べに来た生徒たちでごった返す、広い学生食堂の片隅。

 ちょうど近くを通りがかった下級生らしき女子生徒たちが思い思いに小さく叫び、サーっと俺から距離を取る。


「……びっくりした~」

「な、なにあの人、顔怖っ!」

「絶対ヤバい人だよ」


 などとヒソヒソやっているが、こっちはそれどころではない。

 ヤバいのはこのメールの内容だ。


「ちくしょう……なんでどこも俺を雇ってくれないんだよぉ」


 俺はすがるような思いで、もう一度メール本文を読み返す。

 が、現実は非常なり。何度読み返しても、メールには「厳正なる審査の結果うちではお前は雇わねーよ」というむねの文面しかなかった。

 まったくもって泣けてくる。


「よぉ、けん。もしかしてお前、まぁたダメだったんか? バイトの面接」


 突っ伏したままむせび泣いていると、対面にニヤケづらを浮かべた男子が腰を下ろす。


「『今回こそは絶対受かってみせる!』って、あんだけ息巻いてたクセになぁ」

「……ほっといてくれ、モリタク。今はお前の軽口に付き合う気力もないんだ」

「なんだなんだ、今日はまた一段とすさんでるみたいだな」


 やれやれと肩を竦める悪友、森戸もりと拓臣たくおみに顔だけを向けて、俺は愚痴をこぼした。


「だって、これでだぞ? そりゃすさみもするっての」


 去年の春にこの私立百船ももふね学園に入学してから、はや一年とちょっと。

 入学と同時に意気揚々と始めたバイト探しだったが、一件、また一件と不採用が続き……気付けば今回で十九連敗だ。


 これだけ聞くと、よほど素行に問題がある人間か、あるいはよほどのバカなのかと思われてしまうだろう。

 だが、俺はべつにチンピラでも救いようのないバカでもない。

 たしかに成績は中の下だし、授業中の居眠りや課題のすっぽかしもしばしばだ。

 が、それ以外は性格も生活態度もいたって平凡な、どこにでもいる男子高校生Aなのだ。


「そんな『普通』が学生服を着て歩いているような俺の、一体どこがダメなんだよ……」


 俺が唇を尖らせるなり、モリタクがハンっ、と鼻を鳴らす。


「おいおい剣の字よ。それはひょっとして『ツッコミ待ち』ってやつか?」

「どういう意味だコラ」


 ご冗談を、とでも言いたげな悪友の物言いに、ムッとして顔を上げる。

 眼前の大盛りカレーを頬張りつつ、モリタクはビシッと人差し指を向けてきた。


「そりゃお前、面接で落とされる理由なんてソレしかねぇだろ。なぁ……『ヘッジホッグ』?」

「やめろぉぉ! その忌まわしいあだ名で俺を呼ぶなぁ!」


 思わず両耳を塞いで食堂の天井を仰ぐ不審者……というか俺の叫び声に、またぞろ周囲の何人かがそそくさと俺から距離を取った。


「別にいいじゃんか。俺はカッコいいと思うぜ、ヘッジホッグ」

「呼ぶなっつってんのに!」


 勘弁してくれ……ヘッジホッグハリネズミ、なんて、俺にとっちゃ忌み名以外の何でもないんだよ。

 俺は耳にやっていた両手で自分の髪を──さながらハリネズミの針のように、硬くてツンツンと尖った自分の髪をガシガシと掻きむしった。


「くそ、この髪か? わかっちゃいたけど、やっぱりこの髪が全ての元凶なのか?」


 ──ケンちゃんの髪って、硬くてトゲトゲでハリネズミみたいだね。


 子どものころから言われ続けてきたことだった。

 父親譲りの、生まれついてのツンツンヘアー。

 人並み以上に硬い髪質も合わさって「もはや武器」「生け花できそう」などと、これまでさんざっぱらネタにもされてきた。

 それだけならまだ「ちょっと変な髪型のヤツ」程度で済むのだが……。


 俺はぐるりと食堂内を見回してみる。

 昼休みもピークを迎えていよいよ満席状態だが、俺が陣取っている十人掛けの長テーブルには見事に閑古鳥かんこどりが鳴いていた。

 時々「あ、ここ空いてんじゃん」と近づいてくる奴らも、俺の顔を見るなりサッと目を逸らして立ち去っていく。


「はは。お前がいると席取りに苦労しなくて助かってるよ」

「うるせーよ……はぁ、俺ってそんなに怖い顔してんのかな……」


 俺の場合はツンツンヘアーに加えて、これまた生まれつきの三白眼にサメみたいなギザギザの歯と、髪型だけでなく人相まで刺々とげとげしいものだから性質たちが悪い。

 おかげで周囲の人間からは、どうにも「不良」だとか「危ないやつ」などといった不本意な第一印象を抱かれてしまっているらしい。

 世知せちがらい。この外見のせいで、人生の半分以上は損をしている自信がある。


「だーから言っただろ? ファミレスだのカフェだの、なんつーの? そういう爽やか~で小綺麗な感じのバイトはお前とは絶望的に相性が悪いんだよ。小遣いを稼ぎたいだけなら、何もそういう系に絞らなくてもいいんじゃないか?」

「余計なお世話だ。相性が悪いからこそ、そういう所でバイトして、少しでもこの不良っぽいイメージを無くそうとしてるんだろうが」

「めげないやっちゃな。どうしてそんな茨の道を進んでまで金を稼ぎたいんだか。借金か? ギャンブルか? それとも慰謝料か?」

「アホか、そんなわけないだろ」


 まるで俺が何らかの軽犯罪にでも手を染めたみたいじゃねぇか、人聞きの悪い。

 

「買いたい物があるんだよ」

「へぇ。何を買いたいんだ?」

「キャンピングカー」

「……は?」

「だから、キャンピングカー」


 ざっとネットで調べただけだが、単純な購入費用だけで言えば、安いものでも二百万円くらいはするらしい。

 それに運転免許取得のための費用や雑費をあわせれば、約二百五十万弱といったところか。

 バイトで月に十五万円稼げるとして、単純計算で十七、八か月分の給料を貯金しないと届かない額だ。


「はぁ、キャンピングカーねぇ。そんなもん買ってどうすんだよ」

「そりゃお前、決まってんだろ。高校卒業したらさっさと免許とってだな、そんでもってそいつに乗って日本中を旅行するんだ」


 昼間は気の向くままにドライブし、日が暮れてきたら道の駅やキャンプ場で車中泊。自由気ままな一人旅だ。

 各地のご当地グルメに舌鼓を打ち、名湯秘湯で疲れを癒す。

 そんでもって、ある日旅先で小麦色の肌が眩しい美人な女の子との素敵な出会いがあったりして……。


「ふっ、どうだモリタク。これぞ男のロマンって感じだろ。夢が広がるよな?」

「お、おう。そうか」


 俺がドヤ顔を浮かべると、モリタクがニヤケ面を引きつらせる。


「そりゃまた……令和の男子高校生が抱くにしちゃ、なかなかおっさん臭い夢だな」

「おっさん!? い、いいだろ別に!」

「はは。ま、いいんじゃねーの? お前が稼ぐ金なんだ、好きに使えばいいさ」


 モリタクはひらひらと手を振った。


「何にしても、そもそも肝心のバイト先が見つからなきゃ話にならんだろ。十九件って、さすがにもうこの辺のめぼしい店は回っちまったんじゃないか? 何かアテはあるのかよ」


 その心配はもっともだが、こちとらなかなか仕事が見つからないせいでバイト探しは慣れっこなのだ。

 こんなこともあろうかと、すでに次のターゲットは考えてある。


「それなんだけど……」


 と俺が口を開きかけたところで、不意に食堂の一角で騒めきが起こった。


「た、たのむ! 見逃してくれ!」

「ほんの出来心だったんだ! なにとぞ、なにとぞお慈悲を!」


 続いて聞こえてくる、何やら必死な様子の声。


「なんだ? 喧嘩か?」

「いや待て、ありゃあ……」


 声の出所を探して俺とモリタクが振り向いた先では、数人の男子生徒がしきりに悲痛な叫び声を上げていた。

 土下座をするやつ、祈るように両手を合わせるやつ、と態度こそまちまちだが、皆一様に何者かに許しを乞うているような雰囲気だ。

 そして──


? そんなものはありません。先輩方に与えられるのは然るべき処罰、それだけです」


 そんな彼らを含め、現在食堂中からの視線を一身に集めているのは、とある一人の女子生徒だった。

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