俺の後輩がクーチョロでかわいい ~バイト先では先輩なクールで厳しい後輩美少女、俺と二人きりの時だけ甘々でチョロい~

福田週人(旧:ベン・ジロー)@書籍発売中

第一部 プロローグ

プロローグ

 昼食時で賑わうカフェテリアの一角で、その女の子はひときわ衆目しゅうもくを集めていた。

 大きめの半袖ロングTシャツに、下はデニムパンツ、靴はスニーカー。特別目を引くような服装ではなく、どちらかと言えば素朴な装いだ。

 それでも道行く人々の多くがその女の子に振り向くのは、やはり彼女が人並み以上に整った容姿をしていたからだろう。


 サラサラとしたボブカットの黒髪に、長いまつ毛と切れ長の瞳が印象的な小さな顔。身長はやや小柄で華奢な体型だけど、それでもシルエットには遠目でもわかるくらいしっかりと凹凸がある。


「新進気鋭のアイドル」とか「某有名雑誌の読者モデル」と言われても全く驚かないほどのクール系美少女。

 俺みたいな一介の男子高校生には、まぁ一生縁がなさそうなタイプの少女だ。


「うぉ……あの子、めっちゃ可愛いな!」

「え、なに、芸能人? なんかのロケか?」


 カフェテリアのあちこちからそんな声が聞こえてくるが、当の本人はまったく意に介さない様子で、ちょうど受け取った料理のトレーを持ってツカツカと歩き出す。


「ねぇねぇ、キミ高校生?」

「可愛いねぇ。一人? それともお友達と来てるのかな?」


 当然、そんな彼女に思い切って声を掛ける連中も現れたのだが。


「──用件が無いのであれば、いちいち引き止めないでいただけますか? 煩わしいです」


 底冷えするような冷たい声と射殺さんばかりの鋭い眼光で、彼女は寄ってくる男どもをバッサバッサと切り捨てていった。

 もはや塩対応を通り越して、近づけばこちらが怪我をする「トゲ対応」だ。


「……うわぁ、ガード硬すぎんだろ。おっかねぇ」

「やっぱあのレベルの子だと、それこそ芸能人クラスしか相手にしないんだろうな」


 周囲からのそんなヒソヒソ声にも、少女は相変わらずのクールな無表情を崩さず、脇目も降らずに足早に歩を進める。

 そして。


「お待たせしました、先輩!」 


 どんな男にも見向きもしない高嶺の花。

 俺みたいな一般人には一生縁がなさそうなタイプの人間。 

 誰に対しても素っ気ない、いっそ冷酷とすら言えるほどにクールで凛とした、どこか浮世離れした雰囲気のその美少女──琴ヶ浜ことがはま恵里奈えりな

 そんな彼女が、先ほどまでとは打って変わって人懐っこい笑みを浮かべて座ったのは……。


「お、おう。気にするな……琴ヶ浜」


 なぜか、同じくカフェテリアの端で一部始終を眺めていた俺が座るテーブルだった。

 ……いやまぁ、「なぜか」も何も、今日の俺たちは休日を利用して一緒に遊びに出かけている仲であるからして、食事を共にするのも当然の流れではあるのだが。


「すみません。お店の列が予想以上に混雑していて……」

「いや、大丈夫。俺も席に戻ってきたのは五分くらい前だしな」

「そうですか? それならよかったです」


 ほっ、と豊かな胸を撫で下ろした琴ヶ浜は、再びにこにこと笑顔を浮かべると。


「じゃあ、いただきましょうか」


 言うが早いか、自分の椅子を俺のすぐ真横にまで持って来る。

 次には運んできたオムライスをスプーンで一掬いし、それを俺の目と鼻の先まで持ってきた。


「はい、先輩。あ~ん」

「ちょっ、待て待て! 何してる!」

「何って、見ればわかるじゃないですか。今日はせっかくこうして二人でお出かけしてるんですから、食事の時間も目いっぱい満喫しないともったいないですよ。だからほら、お互いに食べさせあいっこしましょう、先輩?」

「いや、だとしても一人で食えるし……って無理やりねじ込もうとするな!」


 俺はスプーンを握る琴ヶ浜の手を押し返すが、強情なことにやっこさん、ちっとも諦める気配がない。

 くっ、こうなったら……。

 俺はため息と共に、つとめて真面目くさった口調で琴ヶ浜に告げた。


「……なぁ、知ってるか琴ヶ浜。実はこのカフェテリアのオムライスには、ちょっとしたジンクスがあるらしいんだ」

「え? ジンクス?」

「ああ。なんでも、ここのオムライスを男女で食べさせあいっこしようとするとな。食べさせようとした方だけが、謎の頭痛に襲われるんだそうだ」


 こてん、と首を傾げる琴ヶ浜。子犬みたいな仕草で可愛い。


「頭痛、って……それ、本当なんですか? 私、ここには今まで何度か来ていますが、そんなでたらめなジンクスがあるなんて聞いたことも……」


 琴ヶ浜は怪訝そうに眉をひそめるが、それでも段々と不安になってきたようだった。


「まさか……で、でも、言われてみれば、たしかにこめかみの辺りが少し痛むような……」

「え、マジで? いま適当に考えたジンクスなんだけど……あ」

「なっ!? やっぱりでたらめなんじゃないですかっ」


 琴ヶ浜がジトっとした目で俺を睨む。


「いやぁ、あはは。まさか本当に信じちゃうとはなぁ……って、あれ、琴ヶ浜?」


 と思ったら、今度は子どもみたいにそっぽを向いてしまった。

「もう知りません」とでも言いたげに頬を膨らませ、露骨に不機嫌アピールをしている。


「うっ……だ、騙したのは悪かったって。でも、さすがにこんな公衆の面前で食べさせあいっこってのはちょっと恥ずかしいしさ、つい」

「……ぷい」


 返事はない。どうやら本格的に拗ねてしまったらしい。


「な、なぁ、機嫌直してくれよ。えーと……そ、そうだ! お詫びってわけでもないけどさ、後でお前が食べたいって言ってた例のアレ、奢ってやるから。ほら、ここのカフェテリア限定メニューの、動物の顔のアイスとかたくさん乗ってるあの、何て言ったか……」

「『ズーパラダイス特製・スペシャルアニマルパフェ』」


 そこは即答なんだ! どんだけ食べたかったんだっつーのな……。


「そう、それ! だから、な? これで一つ、許して貰えませんでしょうかね……?」


 俺が両手を合わせると、琴ヶ浜は眉根を寄せて考え込む素振りを見せる。

 が、それでもすぐに俺の方に向き直ると。


「……ふ、ふ~ん? そうですか。ま、まぁ? そこまで言うなら仕方ないですし、不問にしてあげなくもないです。ええ、まったく仕方ありませんね」


 えぇ、あっさり~。

 ……俺が言うのもなんだけど、それでいいのか、琴ヶ浜さん?


「ふふ、楽しみですね──剣介けんすけ先輩?」


 つい先ほどまでのふくれっ面はどこへやら。琴ヶ浜のにぱっとした笑顔が、真っ直ぐに俺を見上げていた。

 普段は冷静沈着で、いつでもどこでも誰が相手でも素っ気ない態度を崩さないけど。

 やっぱりこいつは、琴ヶ浜恵里奈は、俺の前でだけはクールだけどチョロい「クーチョロ」な女の子だ。


(まさか、あの琴ヶ浜恵里菜とこんな風に話すようになるなんてなぁ)


 ちょっと前までの俺に言っても、絶対信じやしないだろう。

 人懐っこい笑顔でオムライスを頬張る琴ヶ浜を眺めながら、俺はしみじみとそんなことを思った。


 なにしろ……俺と琴ヶ浜のファーストコンタクトは、いま思い返してもものだったからな。


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