第38話 顔面ハーブティーは勘弁してください!

「鵠沼くんは、ルピナスではうちの恵里奈に『教育係』をしてもらっているそうね?」 


 琴ヶ浜母は柔らかな微笑を浮かべたまま、しかし目だけは笑っていないというおっかない表情を披露する。

 な、なんだ!? 俺、何か怒らせるようなことしちゃった!? どう見ても、すでに「お茶でも飲みながら世間話を」というムードじゃないんですけど!?


「その縁で、恵里奈とはずいぶんと親しくしてくれているみたいじゃない?」


 背後で「ドドドドド……」という効果音が出ていそうなほど鋭い目をして、琴ヶ浜母が確認する。

 この威圧感、さすがはあいつの母親といったところか……。


「しょ、しょうですかね? た、たしかにお宅の娘さんには、いつも仕事のこととかでお世話になってますが……ずいぶんと、というほど親しいかどうか……」


 やばい、緊張しすぎて噛んでしまった。


「そうかしら? でもあの子、自分で気付いているのかどうかわからないけど、最近はもっぱら鵠沼くんの話ばかりしているのよ?」

「え、ええっ?」


 琴ヶ浜が、俺の話を?


「そ、それはアレですか? 俺への愚痴とか、そういう……?」

「まぁ、たしかに『今日は鵠沼先輩が仕事でこんなミスをした』みたいな話もするわ。けど、その後はいつも『鵠沼先輩が~~して頑張っていた』とか『いつもより疲れているみたいだった』とか、お店での鵠沼くんの様子を、それはもう事こまかに話してくれるのよね」


 琴ヶ浜母が手元のティーカップの縁をツツーッと指でなぞる。


「だから、よほどその『鵠沼先輩』とかいう男の子を気に入ってるんだと思ったわ。あの子が家族以外の人間のことをあんなに話すなんて、珍しいもの。ようやくお友達って呼べるような仲の良い人が出来たみたいで、何よりだわ」

「は、はぁ……」


 ポリポリと頬をかく俺に、琴ヶ浜母が「ここからが本題だ」とばかりに目を細めた。


「けどね。そうは言ってもあの恵里奈と、出会ってまだ一か月くらいでもうデートをするほどの仲になるなんて……さすがにちょっと急な気もすると思うのよね。そうなると親としては、相手の男の子が一体どんな人なのか気になるじゃない?」

「で、デート!? いやいやいや、あれはそういうのではなくてですねっ」


 琴ヶ浜母の纏うオーラが、さらに一段階張り詰めたものになる。

 にも拘わらず、相変わらず表情だけは穏やかな微笑のままなもんだから恐ろしい。

 を……とんでもねぇを感じる!


「聞けば、動物園には鵠沼くんの方から誘ったそうね?」


 そうか、この人……。


「鵠沼くんは実際のところ、うちの恵里奈のことをどう思っているのかしら?」


 琴ヶ浜と同じで、一見表情が読みにくいから全然わからなかったけど。


「もし、あの子がに疎いのを良いことに、何かよこしまな下心があって言い寄っているのだとしたら……」

「こ、琴ヶ浜のお母さん!? なぜティーポットの注ぎ口を俺の頭上に!?」

「もしそうだとしたら……私も相応の使をしなくてはいけなくなるの」


「話がしたい」とか言っといて、この人最初から娘に付いた悪い虫おれを熱殺菌する気満々だ!


「ご、誤解です! 動物園に誘ったのは、なにもやましい気持ちからとかじゃなくて……!」


 どこぞの暗黒卿よろしく「コォォォォ……」とか言いながらテーブルに身を乗り出す琴ヶ浜母に、俺は必死に弁明を試みた。


「……本当に?」

「は、はいっ!」


 その甲斐あってか、彼女は疑惑の眼差しを維持しつつも、浮かせかけた腰を座面に戻す。

 ほっ、よかった。

 とりあえず顔面ハーブティーの刑は回避でき──


「たっだいま~! は~、外あっつい! ノド乾いちゃったなぁ!」


 と、そこで何者かが勢いよくリビングへと入ってきた。


「あら、お帰りなさい」


 俺の肩越しに琴ヶ浜母が挨拶を返しているのを見るに、どうやらこの家の住人らしい。

 けど……けど、この声って、まさか!


「って、あれ? 剣介くんだ! 剣介くんがいる~!」

「お、お前はっ……シーナ!?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、果たしてそこに立っていたのはいつぞやのおしゃまなJCだった。

 学校帰りなのか、今日はあの猫耳パーカーではなく制服姿だ。


「え~、なんでなんで? なんで剣介くんがうちにいるのかなぁ?」

「お、おいよせ! いきなりひっついてくんな……って、『うち』?」


 俺の首に手を回してはしゃいでいたシーナはコクリと頷く。


「そうだよ~。パパとママ、それからお姉ちゃんと私のお家だよ~」

「んなっ!?」


 じ、じゃあ、琴ヶ浜がいつも言っていた「妹」っていうのは……。


「……どういう、ことかしら?」


 ──ハッ、殺気!?


「鵠沼くん、あなた……まさか恵里奈だけでなく、この子にまで手を……?」


 悪寒を感じて振り返れば、再びティーポットを装備した琴ヶ浜母が、もはや作り笑いも忘れて鬼のような形相で俺を見下ろしていた。


「ち、違います! このあいだ買い物途中にちょっと知り合ったってだけで……ほ、ほらっ、お前からもちゃんと説明してくれ!」


 俺が援護射撃を要請すると、シーナはキョトンとした顔をしながら口を開く。


「う~ん? よくわからないけど、剣介くんとはだよ?」

「く~げ~ぬ~ま~く~ん?」

「俺をっ! 援護しろっつったんだよ!」


 だーもう! いっぺんちゃんと説明させてくれぇ!

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